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27. 私が家族に


「姫と初めて会ったのは、まだわたしが9つのときです。姫は2つ下の7つ。可愛くて、ちょっとやんちゃな女の子で」

 火の玉が、思い出し笑いをするようにオレンジ色の炎が揺れる。

「木の上から、目の前に降ってきたんですよ」

「降って……?」

「そう。木登りが好きでね。お勉強から逃げ出して、木の上にかくれていたんですって。それが、初めて屋敷にやってきた私を見て、どうしても声をかけたくなって、自分が木の上にいることも忘れて。ついうっかり飛び降りちゃったんですよ」

 懐かしそうに、火の玉がクスクス笑う。


「ケガはなかったものの、みんなにびっくりされて、ひどく叱られて。私もびっくりしましたけど。でもね、私と目が合った瞬間に姫が、とびきり可愛らしい笑顔で、笑ってくれたんです。大きな口を開けて」

 可愛らしい笑顔の姫が僕の目にも浮かぶ。

「そして、私の名を知ると、すぐにその名を呼んで、私の手を引いて、遊ぼうと言ったのです」


 屋敷には、姫と同じ年頃の子どもは兄君たち以外におらず、彼らと一緒に木に登ったり、走り回ってはいたけれど、まだ幼い姫は何かと仲間はずれになることも多かったらしい。だから、姫にとって、彼女は初めての女の子の友達になった。

「私は、流行病で両親も兄たちもいっぺんに失い、引き取ってくれる身内もおらず、村の長が、姫の側仕えをする子どもを探している、という話を人づてに聞いて、私をお屋敷に連れて行ってくれたのです」


 公家といっても、その頃内情の苦しい貧しい家も多かったらしいけれど、姫の一族は、比較的裕福であったようで、屋敷で働く人たちも多く、みんな穏やかに過ごしていたようだ。姫たち一家は、家族仲もよく、いつも笑顔で笑い声の溢れる日々を過ごしていたらしい。


「幸せでしたよ。とても。……でもね、ご家族が楽しそうに笑っている姿を見ていると、思い出してしまうんです。自分の親や、兄たちの笑顔を……。懐かしくて、恋しくて。でも、もう二度と会うことのできないその姿を……」

 火の玉の炎が少し細くなる。

「……何より、もう二度と、私の名を優しく呼んでくれる母も父も兄たちもいないことが悲しくて。熱を出して寝込んだりしたときなどは、特に。心細くてさびしくて……。それでも、人前では、決して泣いてる姿は見せないようにしていたのですけれど」

 火の玉がほほ笑むように、静かに揺れた。

「あるとき、姫が私の泣いているのに気づいてしまったんです。家族が恋しくて泣いているのを知ると、私のそばに座って、言ったんです。『私が家族になる。お前の母や父や兄たちの分まで、いっぱい名前を呼んで、ずっとそばにいるから』と」

 炎の色が優しい日だまりのような光を帯びる。


「……そのとき、私も心に誓ったのです。どんなことがあっても、私は一生、この姫をお守りしよう。誰よりも温かい、この方のそばにいよう。そう思ったのです」

 

「それからは、姫のお勉強やお稽古の時も、そばに控えておりました」

 木の上から降ってくるようなお転婆な姫だったけれど、頭もよくて、何をやらせても飲み込みのいい子どもだった、と火の玉は、少し自慢するように笑って言った。

「とても字がお上手で、難しい漢文や経典の文字でも、さらさらと書いて見せて、それも、ちゃんともとの文章を覚えていて、そらで書いてみせるので、大人たちもたいそう驚いて」

「すごいね。自慢の姫なんやね」

「そうです。どこに出しても恥ずかしくない立派な、自慢の姫です」

 

 そんな姫には、幼い頃より定められた許婚者がいた。普通は、存在は知っていても、お互いの顔も知らぬまま、結婚することも多い時代だったが、屋敷で催された宴の際に、姫は、偶然その許婚者の青年に直接出会って、言葉を交わしたのだという。

「庭にいたとかげを姫が捕まえようとして、出会ったのです。とかげは逃げてしまったけれど、それは姫の初恋のはじまりでした。その方は、端正で、知的で、穏やかで優しい、それは素敵な青年でした。誰だって、彼に会えば一目で好きになってしまうと思います。……姫でなくとも」

 炎が、少し切ないような紅い色を帯びる。


「姫が15になったら、その方のもとへ嫁ぐことになっていました。姫が嫁ぐときには、私も側仕えとして、ご一緒するはずでした……」

「……するはず?」

 炎が、暗い色で揺れた。


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