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26. 約束がある。


 訪れた屋敷の中は、とてもひっそりとしていた。僕が訪れるたびに、少しずつそこにいる人たちの気配が減っていくことをさびしく思っていたけれど。

 でも。なぜだろう。

 今日は、がらんとした屋敷の中に、さびしさだけではない、どこか温かい安堵のような空気を感じる。

 それは、僕を迎える姫の表情にも表れていた。

「大吾。ありがとう」

 温かな声で、姫が礼を言う。いつものように、姫を守るようにそばにいる青年もほほ笑んでいる。和服姿で、その端正な佇まいはずっと変わらないけれど、初めて会った頃より、ずっと眼差しが優しい。

 そういえば、僕は今に至るまで、彼の名前を知らない。訊ねたこともあるけれど、彼は、名乗るほどの者ではありません、そう言って答えなかった。

 それどころか、僕は、姫の名前も、知らないのだ。

 出会ったばかりの頃、姫と呼ぶように言われて以来、姫としか呼んでいない。

 僕がこれまで、ご用をきいた方たちは、みんな自分の名前を名乗っていたが。この屋敷の主である姫と、そのそばに仕える彼の名を知らないままだ。


 今日は、いよいよこの座敷に残っている、この2人のご用を伺おうと僕はこの屋敷にやってきたのだ。

 僕がそう口にすると、青年は黙って静かに姫を見た。姫はその目を優しく見返しながら、言った。

「私には、何も願いは、ないのだ」

 そう言って、小さなため息をつくと、

「ただ、約束があるだけなのだ」

 そう言った。

「約束?」

 僕は聞き返す。

「そう。ずっと昔にした約束。……でも、私の力はずいぶん弱くなってしまって、もうその約束も果たせるかどうか。……定かではない」

「姫……」

 切なそうに青年が姫を見つめる。

「だから、私は、このままここで静かに消え去るのを待とうと思うのだ」

「え?」

 僕と青年が、姫を同時に見た。姫が青年と僕を交互に見つめながら、

「……ただ、この者の願いは、聞いてやってほしい」

 そう言った。するとすかさず、

「私は、姫のおそばにいますから。姫が行かぬのなら、私もどこへも参りません」

 青年が頑固な口調で言った。握りしめたこぶしが、彼の意志の強さを表すかのように、しっかりと膝の上にある。

「困ったものだな……」

 姫が少しほろ苦く笑った。

 

 僕は、2人それぞれの心のうちを思った。どちらもお互いを大切に思っている。その想い故に、それぞれの心の中の本当の願いを言えないのかもしれない。

 とはいえ、このままにもしておけない。このまま、2人が、ここで魂の弱るままにまかせて、消えていくことを思うと、切なすぎる。

 安心して、笑顔で旅立っていけるように、何かできないものか……。

 僕のポケットの中で、もちまるが小さくぽてぽてと動く。何か言いたそうだ。

 そやな。ひとまず、帰ろう。

「また、来ます。だから、それまでに、2人で相談して願いごと、考えといてくださいよ」

 僕は、できるだけ軽めに言って、屋敷を出た。

いつものように、門のところから、案内役の火の玉と一緒に、僕とポケットの中のもちまるは、いつもの草地まで歩いてきた。

 もちまるが、左のポケットでぽてぽてはねている。火の玉と何かしゃべれ、ということみたいだ。

「ねえ。いつも案内ありがとう。……あなたも、ずっと姫のそばに?」

 火の玉に話しかける。いつもの青い色から、温かな緑色になって、火の玉が答える。

「はい。姫がここにいる限り、私もずっとここにいます。姫をお守りするのが私の役目ですから」

「そうなんや……。あのさ、訊いてもいいかな?」

「何でしょう?」 炎が揺らめく。

「姫のことを、知りたい。名前とかなぜここにいるのか、とか」

「どうしてそのようなことを?」 炎の色が、一瞬警戒するように、暗い赤色に変わった。

「姫の願いを叶える手伝いをしたいんや。……約束が、あるって言うてた。だから、自分はここから離れるわけにいかないって。このままここで静かに消え去るのを待つって」

「そうですか……」 炎の色が少し和らぐ。

「僕に、何ができるかわからへん。でも、このまま姫を弱っていくまま放っておきたくない。何かできることはないのかな。できるなら姫にも笑って、安心して旅立ってほしい。このまま、さびしいままではいてほしくないねん。やから」

 僕が一生懸命言うと、炎がため息のようにふわっと揺れて、優しい緑色に変わった。

「わかりました。では、そこの石の上に座って下さい。少し長い話になるかもしれません」

 そう言って、火の玉は、近くにあった、平たい大きな石を僕に指し示して、話し始めた。




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