12. どういう世界なん?
木の門を抜けると、そこは、静かな庭だった。
大きな木があちこちに立ち、その足下には、丈の低い植物が植えられている。
花をつけているものもあるけど、僕には、名前はわからない。
少し不思議なことに、純和風というより、ごく普通の、むしろ現代的な雰囲気の庭だ。
黒光りする敷石伝いに、屋敷の入り口に向かう。
戸口にたどり着くと、青い火の玉は、
「こちらからお入りください」そう言った。
火の玉の仕事は、ベルボーイのような役割なのか?
「案内、ありがとう」
僕は丁寧にお礼を言って、火の玉にほほ笑みかける。
すると、火の玉は、ぽわっと一瞬オレンジの炎になって、慌てたように、門のところに戻っていった。
いつのまにかポケットの縁から顔を出していたもちまるが、
「・・・やれやれ」 とため息交じりで言って、僕を見上げる。
「何が、やれやれ?」
「ん。いや、こっちの話や」
再び、ポケットの中に戻ったもちまるが、なにやら、ぽてぽてゆれながら、笑っている気配がする。よくわからないけど、もちまるが、どことなく寛いでいる気がして、僕も、少し気持ちが穏やかになる。
引き戸を開けようとすると、それは、勝手にするすると開いた。
自動ドア? と思ったら、開いた戸の脇で、頭を下げている小さな人影があった。
「いらっしゃいませ」
頭を下げているのは、おかっぱ頭の市松人形みたいな、和服姿の女の子だった。
「こんにちは」
僕も頭を下げる。
「大吾か?」
その子は、僕の名前を知っていた。
どう返事した方がいいのだろう。一瞬迷ったけれど、
「あなたは?」
と僕は、質問で返す。
彼女の見た目は、幼女のようだけど、目の光は、幼い子のそれではなかった。
「警戒しなくともよい。無駄だ。ここへ来た時点で、すでに、おまえは捕らわれておる」
「捕らわれていると言われて、安心して警戒を解く人間はおらんと思うけど・・・」
僕が苦笑いしながら答えると、その女の子は、言った。
「それもそうだな。わたしのことは・・・『姫』と呼べばいい」
「姫」 口に出して言ってみる。
「そうそう。で、おまえが」
「大吾でええよ」
「わかった。大吾。ついておいで」
靴のまま、土間を通って、奥に向かう。
通路脇には、所々に、ろうそくの灯りがともっている。
もちまるは、ポケットの中から、少し神妙な気配を漂わせている。
いつもより、ぽってりと重みを感じる。
少し大きくなっているのも気のせいじゃないだろう。
姫を名乗る女の子は、僕の前を足音も立てずに歩く。
やがて、行き着いたのは、小さな入り口のある部屋の前だった。
障子の前に、細長い廊下があり、土間からその廊下に上がる手前で、
履き物を脱ぐ決まりらしかった。
女の子が、草履を脱いで上がり、僕も倣った。
「来たぞ」
女の子が声をかけ、返事も待たず障子を開ける。
座敷の奥の床の間に近いところに、和服姿の青年が一人、ゆったりと座り、
その向かい側に、小学生くらいの女の子が座っている。パーカーとジーンズ姿だ。
その姿に見覚えがあった。
「あやちゃん?!」
「大ちゃん!」
思わず、お互い幼少の頃の呼び方になってしまった。
次の瞬間、あやちゃんは、しまったという顔をして、黙った。
保育園小学校と同級生だった彼女と僕は、高校で久しぶりに会ったとき、懐かしくてついうっかり、『あやちゃん』『大ちゃん』と呼びかけてしまって、周りに、つき合ってると誤解されかけた。 憧れの先輩がいる彼女は、
「先輩に誤解されたらあかんから、お互い苗字で呼ぶことにしよな」と言った。
それ以来、お互いの呼び方は、僕からは光瀬、もしくは光瀬さん、彼女からは伏見くん、になった。
でも、今、目の前にいる彼女は、懐かしい小学校時代の姿だ。
思わず、あやちゃんと呼んでしまった。 ここには先輩もいないから、そう呼んでも、たぶん大丈夫だよな。
そんなことを考えながら、僕は、座敷の奥、床の間寄りに座る青年を見る。
おそらく、この人が、和風雑貨店のイケメン店主で、この屋敷の主なのかも?
彼が言った。
「ようこそ。われらの館へ」 端正な顔のわりに、低いドスのきいた声だ。
「こんにちは。お邪魔します」
座敷に正座して、お互い頭を下げる。
彼はとても紳士的だ。・・・内心、ちょっとほっとする。
武闘派との戦いとかになったら・・・と少し不安だったけど、さしあたり、今すぐは、そういうワイルドな展開は、なさそうだ。
(でも、ここは、一体どういう世界なんだろう? )
ポケットの中で、もちまるが僕の脇腹をじわじわと押している。




