第44話 レゾンデートル
「うふふ、ここで食べてしまおうかしら」
鋼崎祝が微笑む。
僕の全力の魔力が込もった拳を手のひらで受け、びくともしていない。
「でも残念ですね。せっかくの逢瀬ですが、邪魔者が入ったみたいです。清玄さん、尾けられましたね?」
「マジかぁ。個人要塞、化け物かよぉ」
祝と清玄が後ろに跳んで下がる。
祝が直前までいた空間を、黒く巨大な大剣が切り裂いた。”黒王刃”のコウによる斬撃だ。
「コウさん!」
「ちっ、ハガネ、お前、なんでこんなところにいやがる」
「まあまあ、吾輩の娘婿だぞ。大目に見てやれ」
コウさんの他にもプロフェッサー、静子、大地翔の三人が姿を現していた。
――ランクAハンターが四人も?
静子が呆れた声で僕を咎めた。
「せっかく捕るタイミング図ってたのに、ハガネくん、勝手に戦い始めちゃうんだもんなあ。ハガネくん、危ないところに近づくのが趣味なの? あとでお説教だからね」
「お手柔らかにお願いします……」
僕、今回は悪くなくない?と思ったが、酒に釣られて状況がややこしくなっているのは事実なので反射的に謝ってしまった。
しかし、そうか。ここでコウさんが姿を現したこと、清玄が対戦相手を殺そうとしたこと。必然、異真たち四人の正体が分かってしまった。
異真と望宙もコロッセオの中心に降り立ち、ハン連のハンターと対峙する。
「レゾンデートル……」
「そう、私たちがレゾンデートルです。これで全員では無いのですがね。今日はハガネの勧誘をしたら、すぐにお暇させて頂きますよ」
異真は丸眼鏡の位置を指で整えながら、ニコリと微笑んだ。
◇◇◇
僕たちハン連のハンターとレゾンデートルはコロッセオで対峙していた。
「うふふ、ご馳走が八人も。どれからいただきましょう?」
「おいぃ、この女、俺たちも数に入れてるぞぉ。本当に信用できるんだろうなぁ、異真!?」
「スカウトしてきたのは名井でしょう。私は知りませんよ」
ランクAハンターに囲まれた状況にあって、なおも異真たちは余裕の態度を崩さない。
僕は銀髪の女から目が離せなかった。
10年前の大規模ダンジョン災害を引き起こした女。
「あの女が……」
「駄目だよ、ハガネくん」
僕の殺気を感じ取って、幼馴染が釘を刺した。
同時に、コウさんから「時間を稼げ」のアイコンタクトが送られてくる。
僕は呼吸を整えて気持ちを落ち着かせた。
すでに僕自身の私怨で動いてよい状況では無くなっている。
戦闘の気配を感じてか、観客たちが退避しつつあった。ここを戦場にするのなら、他の人間はいないほうが都合が良い。避難が終わるまでは時間を稼いだほうが良いだろう。プロフェッサーがトリガーカードを設置する時間も欲しい。
それに、聞くべきことがあった。
「レゾンデートル。何の目的があってハンターを殺した? それであんたたちに何の得がある?」
「それを神が望んだからですよ」
異真は会話に応じる気があるようだった。
そう、異真は僕を勧誘すると言っていた。有り得ない話だが、会話することで僕をレゾンデートルに加入させようとしている。
「神が望んだ? 人殺しを?」
「ええ。神はダンジョンという試練を、そしてカードという祝福を人類に与えた。ハガネ、先ほど清玄のデバフ・アクティブスキルを受けて、違和感を覚えませんでしたか?」
【名前】精神切削
【ランク】A
【カテゴリ】アクティブスキル・切削
【効果】
対象のデッキのランダムな1枚を10分間効果無効にする。
違和感を覚えなかったといえば嘘になる。
このテキストはおかしい。モンスターはデッキを使わない。これでは、まるで。
「まるで、対人戦を想定したカードデザインだとは思いませんでしたか?」
「……」
「神が望んでいるのですよ。人と人との殺し合いをね」
「……詭弁だ。僕はカードを使用するモンスターに出会ったことがある」
そうだ、たった一度だけ。僕はランクBダンジョンでバステトに出会ったのだ。
バステトは確かに召喚カードを使用していた。
神がカードを行使したのだ。デッキを使うモンスターだって、どこかにはいるのかもしれない。この考えがほとんど願望に近いことは自覚していたが。
僕の苦しい答えを聞きながら、異真は問答を続ける。
「ならば、私のユニークカードを見ても同じことが言えますか?」
異真が指先に自身のユニークカードを浮かべた。
僕はそのテキストを読んで吐き気を覚えた。
――有り得ない。
「……えげつないな」
翔が呻いた。
神は、人を強くするために試練と祝福を与えたのでは無かったのか?
何故こんなテキストが有り得る?
【名前】遥かな地底で
【ランク】S
【カテゴリ】パッシブスキル・ユニーク・食屍鬼・神性
【効果】
人間を殺害するごとにその強さに応じた祝福を受ける。
殺人するたびに強くなるユニークカード……!
「私は、私たちは、己の存在理由を知りたいだけです。人間たちは、私たちの試練なのでしょうか? それとも、私たちこそが人間の試練ですか? 私たちに与えられたユニークカードに何の意義がある?」
異真は高らかに宣戦布告した。
「私たちは存在意義! 神々に祝福された人類よ、死力を尽くして殺し合おうではないですか!」
◇◇◇ 「名井」視点
白仮面を被ったスーツ姿の男は、空に立っていた。
ハガネたちがいるダンジョンゲートの遥か上空から、状況を静かに見守っている。
「ああ、やはり人間はいいッスねえ」
火種を蒔いて見守るのは、自ら権能を振るうのとは別種の快感がある。
準備は充分に整えた。ここからはこの混沌を見守ろうじゃないか。
何が起こるか分からないからこそ面白い。
勝利も、敗北も。
騒乱も、平穏も。
繁栄も、滅亡も。
それら全てが等しく愛しく、それら全てが等しく無価値だ。
「旧き神々共よ、この遊びを楽しもうじゃないッスか」
無貌の仮面の男は、何もかもが起き得る未来を想って哄笑した。
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