第19話 呪いの子
僕とプロフェッサーは再び、プロフェッサーの部屋に戻っていた。
シュクモにはすぐに治療をしたが、大事を取って医療室で休んでもらっている。
シュクモと同棲させようとしているのは何故か。
シュクモのユニークカードが発動しなかったのは何故か。
聞きたいことが山程あったが、それらの質問をする前にプロフェッサーは語り始めた。
「個人に与えられるユニークカードの能力は、その人物の生い立ちや願いが反映されるという説は聞いたことがあるかね?」
「いえ、初めて知りました」
随分とまあ疑わしい話だった。プロフェッサーの口から出た言葉でなければ都市伝説だと笑い飛ばしただろう。
「十年前、吾輩は呪いのユニークカードを持つ人間を欲していた。苦しんでいる呪い被災者を救うため、どうしても呪い研究を行う必要があったのだ」
十年前。呪い。生い立ちが反映されるユニークカード。呪蜘蛛。
嫌な予感がした。これはとても良くない話だ。
「待ちましょうプロフェッサー。この話は止めにしておきましょう。僕はあなたを嫌いになりたくない」
「そこで吾輩は娘に呪いの名を授け、幼い頃から呪い効果を定期的に入念に与え、そして、実際にシュクモは覚醒し、ユニークカードを得た時、」
「プロフェッサー!!!」
僕の怒りの叫びにも構わず、プロフェッサーは語り続ける。
「吾輩は激しい後悔に襲われた」
「…………」
苦々しい気持ちでいっぱいだった。
許されることではないという思いと、カード研究が実際に医療分野に貢献しているという事実が僕の中でせめぎ合う。
しかし、そもそもにして僕自身が何もかも失敗しながら、ここで生き恥を晒しているのだ。反省している他人をどうして責めることができるだろう。
「吾輩の研究が、大規模ダンジョン災害での大勢の呪い被災者を救ったのは事実である。しかし、それは、シュクモを被検体にしてでもやるべきことだったのかは分からない。シュクモのユニークカードは、触れたものに呪いを与えるパッシブスキルだ。この意味が分かるかね?」
ハンターのデッキ構築の大前提。
ユニークカードは個人が生まれついて持つ初期カードで、決してデッキから外すことは出来ない。
ひどく救いのない話だった。
シュクモは、愛しいと感じて触れた存在にさえ、呪いを与えてしまうのだ。
決して誰にも触ってはいけない不治の病。
「……どうして僕には、彼女の呪いが発動しなかったのでしょう」
「呪い耐性であろうな。貴様、ランクDダンジョンで大量の呪い耐性のテンポラリーカードを拾っているな。その蓄積が、呪いの効果時間を100%軽減している。仮説を実際に確かめる必要はあったが、あの模擬戦でそれが立証されたのである」
大量の呪い耐性カードによる効果軽減。ランクDダンジョンを潜る日々の中で、麻痺耐性や呪い耐性などのテンポラリーカードを拾っていたのは確かだ。
プロフェッサーは僕に向かって頭を下げた。
「頼む、上杉ハガネ。シュクモに人の温もりを教えてやってくれないか。共に暮らし、たまに抱きしめて、手を繋いでやってくれるだけで良い。吾輩には出来ないことを、シュクモに与えてやってくれないか。シュクモの呪いは必ず吾輩が治療する。それまでの間だけで良いのだ」
プロフェッサーの意図が、おぼろげながらようやく分かってきた。
プロフェッサーの発言には虚実が入り混じっているように感じたが、シュクモのことを考えて行動しているのは分かる。
”吾輩、貴様が来るのが楽しみすぎて一昨日の朝からこの部屋で待機していたのである!”
きっとこの人は、僕のことを調べて、最初からそのつもりで僕を呼んだのだ。
僕を念入りに過去視したのもそういうことだろう。僕を試したのだ。愛娘を預けるに足る人間なのかどうかを。
しかし、ここまで言われても、僕の気持ちは断るほうに傾いていた。だって、それは。
「やっぱり駄目です。それは、シュクモちゃんの気持ちを無視していますよ。彼女が望まないことを、僕たちが与えるのは、同じことを繰り返すことになる」
「いいえ、ハガネ様。私めは、ハガネ様さえ良ければ、一緒に暮らしたく存じます」
いつの間にか僕の真横にいたシュクモが答えた。この娘、本当に気配を消すのが上手いな。
シュクモがペタペタと素手で僕の頬を触り始める。
「本当に、ハガネ様は私めが触っても問題ないのですね。ふふ、面白い方」
シュクモの触れ合いは徐々にエスカレートしていき、全身を触ってきたり、手を繋いだり、笑顔でぎゅっと抱きしめてきたりする。
完全に僕に懐いた様子のシュクモを見て、どんどん、どんどん、嫌な気持ちになっていく。
これは完全に依存だった。
たいして話したことが無い大人に好感を抱いてしまうほど、シュクモには選択肢が無いのだ。
それでも、目の前に困っている人がいて、僕が少しでも支えることができるなら、どうにかしてあげたい。
いつか、この少女が未来に羽ばたく時のために、それまでの止り木に僕がなれるというのなら。
「プロフェッサー、あなたがシュクモちゃんを治すまでの間、僕がシュクモちゃんを預かる。それで良いんですね?」
「ああ、有り難いのである! シュクモと暮らし、シュクモと籍を入れてくれればそれでよい!」
「娘を勝手に結婚させるんじゃないよ」
◇◇◇
「そういえば、模擬戦などやらずに、こうしてシュクモちゃんに触らせるだけで良かったのでは?」
僕に抱きついてくるシュクモの青みがかった髪を撫でながら、プロフェッサーに問うた。
「ああ、上杉ハガネ、貴様の実力を見たかったのも本当なのである。東京マザータワー配下のダンジョンがきな臭い動きをしている。近々、貴様の力を借りることになる」
「きな臭い?」
不穏な発言だった。
「うむ。まだわずかではあるが、ダンジョンのモンスターが、強くなっている」
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