表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

08『けっこうイイものをお持ちです!』

 

 ――夜が明けた。


 今日は三月二十一日。

 島津軍がここ島原に到着するのが二十二日。

 龍造寺軍の到着は二十三日。

 そして沖田畷の決戦は二十四日に起こる。


 だから今日一日が――この決戦場を自由に探索できる『最後の一日』となる。

 その大切な一日を私は、偶然遭遇した敵軍の総大将、島津家久と共に過ごす事を選んだ。


 敗北必至の龍造寺軍のために、敵の内情を探れるのではという打算もあった。

 でもそれよりも昨夜、島津四姉妹の中で、自分の立ち位置に苦しむ家久ちゃんの事情を知った私は、なぜか『このままじゃいけない』と思ったのだ。


「いやー、いい朝だねー」


「はい、とても!」


 家久ちゃんが、私の呼びかけに元気ハツラツに答えてくれる。

 引き締まった若々しい日焼けの肌が、朝日を弾く様に輝いている。

 うん、素晴らしい健康美ね。眼福、眼福!


 対して……、


「お、おばよーございまずー」


 直茂ちゃんの方は、声からして澱みきっている。

 眼鏡もズレズレだし、なんか目の下のクマも、いつもよりひどくなっている気がするわ。


 も、もしかして、ちゃんと眠れなかった?

 うわー、こっちの身分はバレてないとはいえ、敵の総大将と行動を共にするのに、直茂ちゃん反対してたからなー。

 マブダチよ、気苦労をかけてしまい、すまん。

 でもこれは必要な事なのよ。


 で、それから私たちは三人で、沖田畷の戦場を探索した。


 まずは東岸の有明海がとても綺麗だった。

 そのおかげで、この辺りは一面の湿地帯であり、居住空間には適していなかったが、その分、田畑を築くのには、まさにうってつけの土地だった。


「うっわー、直次郎ちゃん。ここなら田んぼでも畑でも作り放題だね!」


 湿地帯のど真ん中を貫通する畦道(あぜみち)――沖田畷を歩きながら、農民に化けている私はひときわ明るい声を上げる。

 だが、その心中では両側に広がる、泥にまみれた大地に閉口していた。


 ここを武装した兵が、駆け抜ける事は不可能だ。

 もしここに大軍が進攻してしまえば――もはや退却は不可能になる!

 そうは言っても、展開領域が狭ければ大軍は意味がない。

 でも、今からここを舗装するなんて、とても無理だ。


 結論から言って、ここ沖田畷に進んだ時点で負けだ。

 分かってはいたが、やはりキツイ。

 それなら迂回路を取るか?

 となると、有馬軍の森岳城と丸尾城の探索が必要になる。


 有馬島津連合軍の防衛ラインは、東の森岳城、西の丸尾城の間に形成されるはず。

 その中央が沖田畷だ。

 そこを避けるのなら、どちらからか回り込まなければならない。


 本命はもちろん、有馬晴信のいる森岳城だ。

 だがその分、守りも堅い。

 海岸線が近い分、水軍からの砲撃も予想される。

 実際、史実では左翼の別働隊はそれに粉砕され、龍造寺隆信が討ち取られたのも、浜手側での事だ。


 私たち右翼別働隊は、山手側の丸尾城攻撃が担当だ。

 そこは結果的に主戦場からは遠かった。

 それが鍋島直茂と木下昌直が生き残った理由でもあるので、それなら本隊を右翼に回してしまうのが安全策か?


 いやいや、でも二万という大軍を頼みにしている隆信ちゃんが、五千の相手を前に力押しを断念する訳がない。

 うーん、話が根本に戻ってしまったぞ。


 私が腹の中でそんな事を考えている間も、家久ちゃんは周囲の地形を注意深く観察している。


 その顔付きからは聡明さが溢れ出ている。

 この子は知将というタイプではなさそうだが、なんというか臨機応変の勘が鋭い――いわゆる賢い子なのだろう。

 きっと今も頭の中で、様々な戦局へのシミュレーションを重ねているに違いない。


 それに対して――直次郎さん役をやらせてしまった直茂ちゃんは、私たちの後ろを澱んだ顔付きのまま付いてきている。

 あのー、一応、あなたこそ知将なんですよね?

 その動きは、もはや挙動不審者だ。

 なんかずっと落ち着かない顔してるけど、ほんと大丈夫かしら?


「うん――。決まりました」


 前を歩く家久ちゃんが、突然声を上げる。


「えっ、どうしたの?」


 私が問い返す。

 でも、そんなの分かりきっている。

 家久ちゃんは――ここ沖田畷に龍造寺軍を釣り込んで、伏兵によって包囲殲滅する策に思い至ったのに違いない。


「ああ、すみません突然。いやこれから始まる(いくさ)にどう臨むべきか、考えがまとまりましたので――」


 それはどういう策?

 なーんて聞いたら、いくら農民を装っているとはいえ怪しすぎるので、どうしたものかと考えていると、


「どうやって……戦うんですか?」


 おおっ、いきなり直茂ちゃんの直球キター!

 いや、それにしても迂闊じゃない?

 しかも声震えてるし、なんか直茂ちゃん、やっぱりおかしいわよ⁉︎


「農民のあなたたちには……(いくさ)は怖いですよね――」


 あっ家久ちゃん、そういう風に受け取ってくれたの?

 それはそれで幸い、もしその内容を教えていただけたら助かるんですが……。


「でも安心してください。(いくさ)はすぐに終わらせます。私たち島津は――『死兵』となりますので」


「――――!」


 家久ちゃんの腹は、まず『釣り野伏せ』で間違いはない。

 ここにはその条件が揃いすぎている。

 だけど『釣り野伏せ』は『死』の一歩手前で『生』を掴む――文字通り、一歩間違えば全滅の危険もある作戦だ。


 今回も龍造寺軍本隊二万を五千で、いや囮部隊はもっと寡兵のはずだ。

 その僅かな兵で、敗走を装い、大軍を釣り上げようというのだ。

 しかも『釣り野伏せ』は兵の『熱気』を釣り上げる。

 そのためには囮部隊にも、真に『死に物狂い』の奮戦が必要になる。


 だから家久ちゃん、あなたは『死兵』になるって言ったのね。

 でも、あなたの覚悟は……やっぱりどこか悲しすぎるわよ。


「もし私が命を捨てる事で、島津の家の役に立てるなら……私にも生まれてきた意味があります」


 そう言って家久ちゃんは、私たちに背を向けたまま中天に昇りつめた太陽の光を、何か吹っ切れた様に浴びている。


 その時、直茂ちゃんが無言で私の前に出た。

 その体が怯えた様に震えている。


(――――⁉︎)


 右手が懐に入っている。

 それに気付いた私は、次の瞬間、直茂ちゃんを後ろからはがいじめにすると、胸元に手を入れた。


「ひゃん!」


 と、いう直茂ちゃんの嬌声と共に、ポヨンという柔らかい感触が手に伝わる。

 おっ、直茂ちゃん、着痩せするタイプなのか、けっこうイイもの持ってるじゃないの。

 そんな可愛い声上げちゃって、よいではないか、よいではないか、グヘヘヘヘ…………。

 じゃなくて!


 直茂ちゃんが忍ばせた右手に手をやると――そこには短刀が握られていた。

 やっぱりか! どおりでずっと様子がおかしいと思っていたのよね。


 疑われる事なく、敵の総大将に近接できるこの状況は、いわば闇討ちの大チャンスだ。

 知性派とはいえ、直茂ちゃんも戦国武将なのだ。

 だから、そこを非難する気は毛頭ない。


 それに私たちはこの沖田畷に、定められた敗戦を覆すための『(くさび)』を打ち込みに来たんだ。

 なら直茂ちゃんの行動は、けっして間違いではない。


 でも私は――これが正解でもないと思うんだ。

 だから直茂ちゃん、ごめん!

 えいっ、えいっ、えいっ!


 ――ポヨン、ポヨン、ポヨン。


「はっ、はああーん!」


 私に胸を揉みしだかれた直茂ちゃんの、甘い声が上がる。

 当然、家久ちゃんがそれに振り向いた。


「ま、昌五郎さん、直次郎さん、何を⁉︎」


「い、いやー、最近ご無沙汰だったから、つい……」


 私の答えに、家久ちゃんが顔を真っ赤にしている。

 いやー、ちょっとティーンには刺激が強すぎたかしら?


「おっ、お二人はそういうご関係でしたか、そっ、それはそれは……」


 家久ちゃんは完全に舞い上がってしまっている。

 でも、これで直茂ちゃんの行動もウヤムヤにできた。

 ごめんね、大人って汚いわよね。


「そこの民草! なに真っ昼間っから、こんな屋外でおっ始めようとしてるのよ!」


 そこに突然、突き刺す様な甲高い怒声が投げつけられた。

 方角は森岳城の方から。

 今さら気付いたが、丘陵地帯に築かれた森岳城が、もう間近に目視できる所まで近付いていた。


 声の方角に目をやると――そこには供回りを連れた、花魁(おいらん)の様なセクシー衣装を着た美女が立っていた。


 うわー、細くて背ぇ高くて、しかも超美人だ。

 し、か、し、この女は超性格悪い。

 私のビジネスウーマンとしての勘がそう言っている。


「こ、これは有馬殿。お騒がせいたしました」


 家久ちゃんが、そう言って恭しく頭を下げる。

 あー、そういう事……。

 今度は、いきなり有馬晴信か……。

 でも、もう『いきなり』耐性ついたから、ちょっとやそっとの事じゃ驚かないわよ。


 これが今回の倒すべき――真の敵!


 私はそう思いながら、それでもまだ直茂ちゃんの胸を力強く揉みしだいていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ