07『いきなり島津家久です!』
し、し、し、しまづーーー、いえひさーーーっ⁉︎
な、なんで⁉︎ なんで島津家久がここにいるのよ⁉︎
だって今日はまだ三月二十日の夜よ!
島津軍の到着は二十二日でしょ⁉︎
まさか⁉︎ この子も私と同じ考えで、戦場の先行視察に来たって訳⁉︎
いや、お姉さん一本取られたわ。
その若さで、そこに考えが至るなんて、きっとあなた将来有望よ!
って、もうこの子、超名将だったわ。
うわー、ここにもいたかー、デキる女が。
いやいやいや、デキるどころじゃないわ!
島津家久。戦国最強と呼ばれる薩摩島津の――その中でも最強と呼ばれる猛将。
史実でも、これから始まる『沖田畷の戦い』で、龍造寺軍を『釣り野伏せ』で完膚なきまでに粉砕したのも、まさにこの子なんだよね。
その後の『戸次川の戦い』でも、長宗我部信親、十河存保をやはり『釣り野伏せ』で討ち取り、大名級の大将首をトータル三つも挙げる戦国のレコードホルダー。
そんな戦国最強の『釣り師』が……まさか、こんな部活少女みたいな子だったなんて、お姉さん、ちょっとビックリしちゃったわ。
「大丈夫です。私はあなたたちに危害は加えません」
「えっ⁉︎」
ヤッバー、島津家久と聞いて動揺しちゃったのが、思いっきり顔に出てたみたいね。
まあ幸い、向こうは私たちを農民と疑ってないみたいだし、どうやら純粋に島津の名に怯えていると思ってくれたみたいだ。
しめしめ、これなら探りを入れても大丈夫そうだ。
「あー、いやー、島津のお武家さんが、こんな島原にいるなんて思わなかったら……、ちょっとビックリしちゃったの。ごめんなさいね」
「いえいえ、仰る通りです。私も先程、島原に着いたばかりで、そこで野盗に襲われるあなたたちを見つけて、急に駆けつけましたから」
「そうなんだ、ありがとう。でも……あなたもどうして、こんな夜更けに一人で?」
「…………。ここは間もなく戦場になります。なので私は少しでも後続軍のために、この地を調べておこうと、ここまで先行してきたのです」
やっぱりか! って、今、後続軍って言った?
じゃあやっぱり島津軍の到着は明後日、二十二日じゃないの!
しかも家久ちゃん、そういえばあなたって今回の援軍の総大将でしょ?
私たちはともかくとして、いくらなんでも、なんで総大将が後から来る自軍のために、斥候まがいの事やってんのよ⁉︎
「戦場って……どういう事ですか?」
おっ、直茂ちゃん、いや今は直次郎ちゃんのナイスタイミングな質問キター。
グッジョブよ。ようやく正気に戻ったみたいね。
「あなたたちのいた佐賀の龍造寺家と有馬家は手切れとなりました。そこで龍造寺隆信が自ら討伐軍を率いてここに来ます。我々、島津は有馬の援軍として――龍造寺軍と戦うためにここに来たのです」
うーん、ここまでは史実通りの情報ね。
でも私が知りたいのは、なんで総大将が直々に人目を盗む様に先行して来たかなのよ。
さっき、どうせ足軽さんだろうと思ってしまった様に、帯刀こそしているものの、その装いも鎧も纏わずに平服のまま。
なんか腑に落ちない点が多いのよね。
私の見るところ――彼女も独断専行をしてきている?
「ねえ、家久ちゃん。あなたって、島津四きょう……四姉妹の一人よね。いやー、すごい人に会っちゃったなー」
「…………」
あれ? 黙り込んじゃったぞ。
ここは持ち上げて、心の扉を開こうかと狙ったのに、逆効果だったかしら?
「私は……すごくなんてないです」
「ウソウソ、私知ってるわよ――。家久ちゃん、『耳川の戦い』の時だって、すごい活躍したんでしょ?」
直次郎こと直茂ちゃんが、「なんで余計な事言うのー!」って、すごい『圧』送ってきてるけど、それを華麗にスルーする。
まあここは、私にまかせてちょうだいな。
「耳川ですか……。あれは義久姉様の采配と、義弘姉様の武勇のおかげです。もちろん私も、あの場にはいましたが、さしたる軍功もなく――『過大評価』が一人歩きしてるみたいですね……」
「い、家久ちゃん……?」
「そんな私を義弘姉様も、快く思ってませんし……」
「ちょ、そんな……、姉妹じゃないの!」
何を熱くなってるんだろう、私は――。
「確かに姉妹です……。でも――私だけ雌母様が違いますから」
はい? 雌母様? メス?
語感からいって、お母さんの事でしょうね。
その辺のドリーミングなファンタズムは、まだ直茂ちゃんから聞いてないからアレだけど、そういえば史実の島津四兄弟って、末弟の家久だけ母違いだったのよね。
それにまつわる感動的な逸話とかもあるけど、やっぱりリアルになると問題は、けっこうヘビーな様ね。
あー、なんか家久ちゃん、歳に似合わぬ悲壮な顔付きになっちゃったぞ。
「だから私は……、島津の家のために、身を粉にして働かなければならないんです」
ちょ、ちょっと待って家久ちゃん!
あなたまだ十代でしょ!
なのに、なんでそんな悲しい事言うの⁉︎
それに、こんなの一族経営のブラック企業のやり方じゃないの!
ダメな奴、ダメな奴って思い込ませる洗脳だよ!
おい労働基準法はどこいった!
それ以前に保護者出てこいや、ゴルァ!
あーもー、こんな可愛くて、健気な子にそんな思いさせるなんて、お姉さん守ってあげたくなっちゃうじゃないの!
って、さっき守ってもらったのは私の方か……。
「すみません、変な話をしてしまいましたね」
いやいや聞いたのは私の方だし、むしろすまん。
「今日はもう夜更けですし、よろしければ一緒に野宿しませんか? 少しですが食料も持ってきてますので」
おおっ、家久ちゃんがいれば、また野盗が出ても安心だわ。
それに島原に上陸してから、ここまでずっと駆け通しだったから、お腹もすいてたんだよねー。
いやー、そこまで気遣いできるなんて、ホンマええ子やわあ。
「ま、まさな……昌五郎さん――」
直茂ちゃんが、私だけに聞こえる声量で耳打ちしてくる。
分かってる、断れっていうんでしょう。
でもここは――
「ありがとう、助かるよ! あのさ、私たちもここに田畑を探しに来たんだよね。だからよかったら明日も、一緒にこの辺を歩こうよ!」
「――――!」
直茂ちゃんが悶絶昇天寸前なのが、見なくても伝わってくる!
確かにこれは賭けだけど、明日の探索にも家久ちゃんがいれば、万が一、有馬軍に見つかっても言い訳ができるメリットがある。
それにまだ私たちは、この『運命の戦場』に楔を――運命を変える『根回し』を何も施せていない。
このまま逃げても、何も変わりはしない。
それなら賭けでもなんでも、前に進む道を選ぶべきだ!
「…………! ぜひご一緒させてください!」
家久ちゃんが、弾けそうな笑顔でそう答える。
ああ、やっぱりこの子には笑顔がよく似合うわー!
「ま、まさな――キュー!」
何かを言おうとした直茂ちゃんを、ヘッドロックで沈黙させる。
ごめん、後でメッチャ謝るから、ここは私の思う通りにさせてちょうだい。
もしかしたら、私は戦に私情を挟もうとしているのかもしれない。
でも、なんだか私――この子の事、放っておけないんだよ。