06『神風は美少女です!』
神風が――吹いた。
十人以上の野盗に囲まれた私たち。
その絶対絶命のピンチに、心の余裕がなくなった私のムチャクチャな願いを、天が叶えてくれたのだろうかと一瞬、錯覚した。
だが風の正体は――人間だった。
それは本当に、一陣の風が吹き過ぎていったかと思うほどの、『華麗な太刀さばき』だったのだ。
「うわーーーっ!」
一度に三人の仲間を打ち倒され、野盗が驚きの声を上げている。
私と直茂ちゃんは、声さえも出なかった。
「見たところ野盗の様だが……、ここで退くなら見逃そう。だが、まだ罪もない農民を襲おうというのなら――今度は斬るぞ」
そう言って、刀をかえしたのは、まだどう見ても十代の少女だった。
だが峰打ちながら、目にも留まらぬ剣技で野盗たちを倒したのは、間違いなくこの少女だ。
その少女が刀を高く掲げている。
――――⁉︎ この構えは、歴女である私は知っている。
これは――薩摩の示現流だ!
実際、示現流の成立はこれよりもう少し後だが、その源流はすでに薩摩に息づいていたと考えるのが妥当だろう。
いやそれにしても素人の私でも分かるくらい、その『圧』の凄まじさに身震いしそうになるわ。
これは絶対に勝負にならない――と、私が思った矢先、
「ふ、ふざけるなーっ!」
野盗の一人がケンカ剣法で、片手で少女に斬りかかっていく。
いやいや、これ絶対ダメなパターンでしょ!
次の瞬間、
「チェストーーーっ!」
少女の叫びと共に、野盗が吹き飛んでいった。
そら言わんこっちゃない。
いやそれにしても、またもや目にも留まらぬ豪剣だったわ!
うわー。こ、これはとんでもなくスプラッタな惨状になっているのでは、と、ビビりまくった私の目に映ったのは――まるで煙の様に、跡形もなく消えていく野盗の姿だった。
ええっ⁉︎
ああ、なるほど!
私にはすぐに合点がいった。
この『姫戦国時代』という異世界の死の概念は、どうやら消滅するという事らしい。
言うなれば、ゲームのキャラがHPが無くなれば、綺麗さっぱり退場していく様な、ある意味そのノリだ。
いやー、実は私、血は苦手だったんで、その点どうしようかなーって思ってたんだけど、安心したわ。
これなら私にも無双できちゃう?
冗談はさておき、まだ戦闘中だ。
再び少女は、刀を大上段に構えている。
いやこの子、マジで強いぞ。
地元のヤンキーじゃ勝負にならない、マジモンの『戦士』だぞ、これ。
「お、覚えてろ!」
あらー、お決まりのセリフを残して、まだ息のある仲間を担いで、野盗さんたちが逃げていったわ。
いや、でもほんとに助かったわ。
この子が助太刀に入ってくれなかったら、今頃、NPCのザコキャラよろしく消滅していたのは、きっと私だったよ。
まさに神風――間違いなく天の助けだったわ。
神様、ありがとう!
「怪我はありませんか?」
うわっ、助けてもらった上に、先に気遣いのお言葉までかけてもらっちゃったわ。
いかんいかん、これは社会人としての礼節を欠いてしまった。
しっかし、まだ若い女の子なのに、強い上に礼儀正しいなんて、好感度爆上がりじゃないのさ。
「あ、ありがとうございます。危ない所を助けていただいて――」
「ご無事なら良かったです」
んもー、どこまで私をキュン死にさせる気なの、この子は!
よく見ればちょっと刈り上げ気味のボーイッシュなショートカットだけど、そこがまた素朴な美少女さを引き立たせてて、もう抱きしめたくなっちゃうわ!
直茂ちゃんもそう思うでしょ、ってアレ?
直茂ちゃん、なんか複雑な顔付きになってる?
「ところで……、どうしてこんな夜更けに、あなたたちはこんな所にいたのですか?」
「――――!」
そうだ、私たちは龍造寺軍の工作部隊として、ここに先行してきてたんだった!
おそらく私たちの危機を救ってくれたこの子は――これから私たちが対戦する、有馬晴信の援軍として駆けつけた薩摩島津氏の人間に違いない。
やっ、ヤバイぞ、これ。ピンチの後にまたピンチだ。
直茂ちゃんは私が、この子の美少女っぷりにハアハアしていた間に、もうそれに気付いていたんだ。
いや面目ない、反省します。
「あの……」
「私たちは佐賀から来ました!」
何か言おうとした直茂ちゃんを遮って、私はそう声を上げる。
「――――!」
直茂ちゃんが絶句しながら、「ちょっと昌直さんなに言ってるんですか⁉︎」と目で訴えている。
いやまったくだよね。
でも直茂ちゃん、この子の真っすぐな瞳には、小手先の嘘は絶対通用しないよ。
だからここは――直球勝負に出るんだよ!
「佐賀から……、どうして?」
まあ、もちろんそう来ますよね。
「私たちは、龍造寺氏の――」
「――――! ――――!」
直茂ちゃんの必死の圧がハンパないわ。
大丈夫だって、私だってちゃんと考えてるから。
「――龍造寺氏の領地で農民をやっていました。でも、龍造寺のお殿様の徴税がひどくて、とてもじゃないけど、やっていけなくなって……。だから島原の有馬様の領地で、二人で一からやり直そうって決めて、こうしてここまで来たんです」
「逃散……ですか」
逃散とは、いわゆる農民が領主を見限って逃亡する、この時代的に言えば逐電、現代風に言えば夜逃げトンズラだ。
戦国武将ならずとも、荘園制度の確立以後、領主の財政はその土地の農業生産力にかかっている。
まあ、それだけでなくこの時代は一定の商業貿易も始まっているのだが、ともあれ農民の逃亡というのは、領主の経済基盤を揺るがす、ある種の重罪でもあったのだ。
「…………」
あら、神妙な顔付きになっちゃた?
この子も若いとはいえ武士よね。
えっ、もしかして逃散などけしからん! とか言って、さっきの無双かましちゃったりとかする?
「――それは大変でしたね。私も佐賀の龍造寺隆信の、目茶苦茶な統治の噂は聞いています。あそこは鍋島直茂という腹心が支えているそうですが、もうきっとダメでしょう。そうですか……さぞ辛い思いをされてきたのでしょうね」
やった! 信じてくれたどころか同情までしてくれたわ。
直茂ちゃんは、間接的にディスられた事もあって白目むいてるけど、意外とこの子チョロかったわ。
「私は昌五郎。で、こっちは直次郎。よろしくね」
あー、口から出まかせが次々に出てくるわ。
見たところ、この子も薩摩軍の斥候か何かかしら?
でも、こんな若い子を一人で斥候に出すなんて、存外、島津もブラック企業なんじゃない?
とはいえ、これはチャンスだ。
この子を上手く使えば、開戦前に島津軍の情報が何かゲットできちゃうかもしれないわ!
「昌五郎さんに、直次郎さんですね。申し遅れました、私は――」
もう本当に礼儀正しい子ね。
きっと末端の足軽さんなんだろうけど、それにしても農民相手にちゃんと名乗ってくれるなんて、どっかのクマクマ君主に、爪の垢でも原液で飲ませてあげたいわ。
「私は――島津家久と申します」
…………………………はい⁉︎