04『戦術と戦略は違うんです!』
龍造寺軍は進発した――有馬晴信が反旗を翻した島原半島へ!
直茂ちゃんに、この世界の地図を見せてもらった。
やはり同じだ。この『姫戦国時代』は、人物だけでなく地形や勢力図までもが、日本の戦国時代をトレースしている。
今から始まる『沖田畷の戦い』は、日本では一五八四年。
この時、ここ九州は東に大友、南に島津、そして西に龍造寺と、九州三国志の様相を呈していた。
一五七八年の『耳川の戦い』で島津に敗れた大友はその勢力を弱め、龍造寺がその間隙を突いて領土を拡大。
その影響下に置かれそうになった島原半島の有馬晴信が龍造寺と対抗するために、躍進を続ける島津に付いたのが、今回の戦いの発端だ。
――私の歴女脳が、フル回転を始める。
龍造寺氏は戦略はまずまずだが、戦術が場当たり的という印象がある。
ここまで少弐、大友という自身を上回る勢力の下に付きながら、その都度それらの衰運につけ込み反旗を翻すという『面従腹背』は、戦国の世の常套手段として、けっして悪くはなかったと思う。
だが詰めが甘いのか、その後でいつも足をすくわれている。
少弐氏からの独立も、奪っては奪われての連続で一族を殺され続けた末に、今の隆信ちゃんの代でようやくその堂々巡りに終止符を打ったのだ。
それから龍造寺氏の根拠地である肥前統一までの過程も、対大友氏の戦略は『運』の要素に支えられてきた。
「ねえ、直茂ちゃん――『今山の戦い』ってあった?」
「は、はい。ありました」
「それって、直茂ちゃんが大友に夜襲を仕掛けて勝ったのよね?」
「そ、その通りです! あれは大変でしたー。龍造寺家が肥前統一に乗り出すのを警戒した大友が、大軍を繰り出してきて……。それで隆信様がやけっぱちになって、私に突撃してこい……って。で、それがたまたま上手くいっちゃんたんです」
やっぱりか!
その後、局地戦を制した龍造寺氏だったが、大友氏が大勢力という事実は変わらず、講和後も『耳川の戦い』までその影響下に置かれる状況が続いたのよね。
私が考えるに――龍造寺氏は、戦術における『根回し』が下手すぎるわ。
面従腹背という戦略のビジョンは良くても、一つ一つの戦術が場当たりでは、結果に繋がらないのよ。
堂々巡りの末の『くじ引き』の様な順番勝ち。
一か八かの突撃の成功。
相手勢力の衰退。
そんなものは、やはり確実性のない『運』の要素だ。
運が悪ければ負けてしまう。
その最たるものが――これから始まる『沖田畷の戦い』だ。
相手の寡兵を侮り、大軍の機動性を封じられる湿地帯に誘いまれた事。
それでも――伏兵を見抜けないまま――力押しに転じた事。
一番まずかったのは、前線の敗北を知っても即時撤退を選べなかった事。
もちろん今、私が言っている事は結果論だ。
でも、そのどれか一つでもなければ、大将の龍造寺隆信以下、四天王も全員討ち死にするなんて事態は免れたのではと思わざるをえない。
運命を覆す事はできないのかもしれない。
でも――運命に『別の運命』を被せてやる事はできるはずだ!
それこそが『根回し』だ!
だから考えるんだ。この最悪の状況にどんな『根回し』を被せれば、戦局が変わるのかを。
勝たなくていい。引き分けでいいんだ。
負けるはずだった戦いをイーブンに持ち込めれば、それだけでも大金星だ。
百点を目指す事は危険だ。
かの武田信玄は『戦は六分、七分の勝ちをもって十分とする』という様な事を言ったらしい。
その意味には様々な解釈があるが、私もそれは真理だと思う。
人間、百点を狙うとなると、そこには『余裕』がなくなる。
余裕のなさは『焦り』に繋がる。
平常な精神でない者に、何を成す事ができるだろうか?
だから上手くいって七十点。六十点でもよしと思う様に、私も心がけてきた。
これは前線でバリバリに働いてきた、OLだった私の『お仕事哲学』でもある。
今回、私と直茂ちゃんは別働隊だ。自由度は高い。
島原に到着する前に、何か戦場に六十点の『楔』を打ち込む策を考えるんだ。
「直茂ちゃん、本隊を追い抜いて、先に島原に行こう!」
「昌直さん?」
「沖田畷の結果は話したよね。――布陣が完了してしまえば、隆信ちゃんは力押しに出る!」
「…………!」
「だから、先に島津の伏兵に対抗する策を打とう!」
「でも、どうやって……?」
「それは私にもまだ分かんない。でも、このまま何もしなければ、ここで龍造寺はおしまいになっちゃうよ!」
「……そうですね! 私たちは運命をひっくり返すんでしたよね」
「そうだよ。行こう、直茂ちゃん!」
「はい!」
それから私たちは、五千の別働隊を率いて佐賀城から進発した。
いやー、鎧って重いのね。
あと馬乗るのって結構楽しいわ。
馬なんて乗った事なかったから、最初はおっかなびっくりだったけど、直茂ちゃんが教え上手なのと、召喚補正的なものが入っているのか、小一時間程度で騎乗しながら考え事ができるまでになったわ。
さて今日は三月十九日。
戦が始まるのが二十四日。
リミットは五日後――。
それまでに、どれだけ周到な『根回し』ができるかで――勝負は決まる!