03『いきなりマブダチです!』
その後、鍋島直茂さんを徹底的に問い詰めた。
そしてここは『姫戦国時代』という世界で、日本の戦国時代と割と似てるけど、どうやら人間は女しかいない――という事が分かった。
じゃあどうやって子供が産まれるのよ!
と、中学校の保健体育的な質問もぶつけてみたけど、直茂さんは顔を真っ赤にして答えてはくれなかった。
どうやら、チョメチョメ的な方法があるっぽいが、この質問は後日に回す事にした。
それよりも、私は本当に『異世界召喚』されたらしい。
おぼろげながら、自分が召喚された時の事も思い出してきた。
そう、私は効率重視、最短、最速、最大成果をモットーとした、バッリバリのOLだったのよ。
あの時も、もっとも効率のいい段取りを組んで、営業回りに出ていた最中に――突然、光に包まれたんだった。
で、気が付いたらここにいて、クマクマ幼女に戦隊まがいのメンバーにされた上に、敗北決定の戦に駆り出されようとしている……。
「あー、元の世界のみんなに迷惑かけちゃってるかなー。全部投げ出しで、突然いなくなっちゃったからな……」
まず私が気になったのは、これからの事ではなく、これまでの事だ。
異世界召喚とかまるでファンタジーだけど、私なりにこれまで生きてきた世界の『生活』というものがあったので、当然その事は気になった。
残念ながら年齢イコール彼氏いない歴の私だけど、親兄弟や職場の人たちは、いきなり失踪となれば心配するに違いない。
それに仕事というものは連携だ。
しばらく経てばなんとかなるのは分かっているが、当面は私が突然抜けた事で迷惑をかけてしまうだろう。
「まいったなー……」
頭をかく私に、
「あ、その辺は大丈夫です」
と、突然いい声で直茂さんがそう言った。
「――――? なんで?」
「あなたの存在は、強制召喚が成功した瞬間、元いた世界から『始めからいなかった存在』として更新されてますから」
「…………」
「策というのは、後始末の方が肝心ですからね!」
おい、そこテヘペロしながら言うとこか⁉︎
しっかし、その辺は周到なんだな!
てか、今この人、すっごい悪い顔してたぞ!
そういえば私の世界では、鍋島直茂って龍造寺隆信が討ち死にした後、周到に段取り踏んで結果的に龍造寺家、乗っ取っちゃったのよね。
うわー、この人にもその片鱗があるって事?
まあ、そこは一旦おいといて――とにかくこれで、私は後ろを振り返らなくてもいい事は確定した!
後顧の憂いは、人の足を鈍らせる。
だから私は全力で前に進むために、常に心配事の芽は早目に摘んで生きてきた。
それが年齢イコール彼氏いない歴の三十路手前女になった原因だとしても、そこに後悔はありません。
ええ、ありませんとも! たぶん……。
ともあれ、私は木下昌子から――この『姫戦国時代』の木下昌直になったんだ。
考えても仕方がない。それなら前に進もう。
「直茂ちゃん――」
「はい⁉︎」
突然の剣幕に、直茂さん――いや直茂ちゃんがビビっている。
「あんた歳いくつよ?」
「え、え、えーっ?」
「いいから……!」
「――◯⁂△$□……」
なるほど、タメじゃないの。
なんかそんな気したのよねー。
一人でやり抜く事も時には必要だけど、世の中一人の力だけでは絶対に生きてはいけない。
それなら――仲間が必要だ。それも価値観が同じ仲間が。
価値観の共有、共感は、良好な人間関係に欠かせない要素だ。
それは友人としても、仕事においても変わらない。
この鍋島直茂という人を分析するに――ちょっと頼りなくて腹黒だけど、頼りなさは身勝手ではない優しさの裏返しでもあるし、腹黒さはちゃんと前を向く気概を胸に秘めているという証でもある。
それにワガママ隆信ちゃん、そしてあの脳筋四天王を、おそらく間に立って取り持っているであろう手腕は、相当なお仕事スキルの持ち主に違いない。
確かに切羽詰まって私を召喚したのはアレだけど、それにしてもクライアントからの依頼を、ちゃんと期日内に達成するという点においては好感が持てる。
時間は無限ではない。テストにだって制限時間があるし、締切を守らなければどんな名作だって世に出る事はない。
この人には――自分のために、他人のために、何かをやり遂げる気概がある。
結論からいって、私はこの鍋島直茂という人が嫌いではない!
まあ好きかっていうと、まだちょっと微妙なとこがあんだけどね……。
とにかく私は決めた――。
「私たちは、今日から友達だからね」
「ダチ……ですか?」
「そう、どうせならマブダチになろう。そして――この龍造寺家を滅亡から救ってやろうよ!」
感動のシーン――のはすが直茂ちゃんが顔面蒼白になっている。
「め、滅亡って……りゅ、龍造寺家は滅びるのですか⁉︎」
しまった。私のいた世界では、この後の『沖田畷の戦い』で龍造寺隆信は討ち死にするという事を、まだ説明してなかったわ。
「直茂ちゃん、よく聞いて――」
私はそれから、日本の戦国時代における龍造寺家の運命、そしてその後に、龍造寺家に代わって鍋島家が興る事を包み隠さず説明した。
なぜ鍋島家の事まで話したのか――。
もし――この世界の鍋島直茂に野心があるとすれば、遅かれ早かれ動く。それを私は見極めたかった。
私がいた世界の鍋島直茂だって、最初から龍造寺家を乗っ取ろうとした訳ではない。
事実、彼は龍造寺隆信討ち死にの報に自害しようとした程だ。
彼もあくまで『時の流れ』に乗ったに過ぎない。
今、私たちもその転換点にいる。
直茂ちゃん、あなたは今、そしてこれからどうしたいと思っているの?
その答えを――私に聞かせて。
「昌直さん……。隆信様を……救う方法はないのですか⁉︎」
直茂ちゃん――! 気が付けば、私は彼女を抱きしめていた。
そうだ! 考えて頑張ればきっと道は開ける!
それはどの世界だって同じはずだ!
今、彼女は私と同じ――今を未来に向かって切り開く道を選んでくれた!
それでこそ私のマブダチだよ。
「直茂ちゃん、大丈夫。この戦、私たちで運命をひっくり返してやろう!」
「はい、絶対に!」
こうして異世界での初めての友達――鍋島直茂は、私にとってかけがえのないマブダチとなった。