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83《26》聖女は元の世界に帰った

 エレンがパネルを操作して、正しい組み合わせのボタンを押すと《白い扉》が開いた。


 そうして驚いて喜んでいたのは束の間。


 地面が揺れ出して、足元から光のエフェクトが湧き上がり、機械的な音声が聞こえる。


《オールクリア 全機能停止 順次崩壊 1時間後に消滅します》


「わ! なになに?」


 エレンがきょろきょろと周りを見回すと、ゆっくりと木の壁が壊れ始めている。壁の向こうに見えるステンドグラスも粉々に砕けて、ホロホロと細かく崩れた破片が光を反射して虹色に輝いている。


 そんな、綺麗でどこか非現実的な景色を見ながらウィリアムが言う。


「クリアだって。《挑戦》に打ち勝てた、ってことなのかな?」


 イアンが、少し離れた場所にいるエレンの元に来て、転びそうになっていたエレンの腰を抱き支えながら応える。


「ええ、たぶん。でも、1時間後、と言うわりには崩壊が早いですね」


「迷宮エリアの、ほうは、崩壊までもう少し猶予があるのかもしれませんわ。長い距離でしたから」


 グラグラと地面は揺れ続けていて足場が悪くなっているから、ウィリアムはマーリンに腕を貸して、悪魔は足の短い動物に変身して王妃を乗せた。


「じゃあ早く行こうぜ」

「うん。持って行きたいものはない? 余り時間はなさそうだけど……」


 急かす悪魔に、待ったをかけるウィリアム。

 そして、ウィリアムの問いには王妃が答えた。


「いいえ。ここにあるものは、なるべく持ち込まないほうがいいわ。未知の物は災いの元になる。

……だから、この子だけ連れていきましょう」


 イアンがエレンを連れたまま白い扉に背をつけて、扉が閉まらないよう固定している。


「では、順番に入ってください。崩れそうです、急いで」


 王妃と悪魔が先に入り、続いてウィリアムとマーリンが扉に近づく。ウィリアムが扉の前でイアンに声をかけた。


「イアン達が最後でいいの? 代わろうか?」


「ウィリアム様は金輪際2度と最後にしませんよ」

「え、金輪際、2度と……!?」


「先陣が危うそうな時も、まあ、ウィリアム様なら大丈夫でしょうし、突っ込んでもらいますね」


 どうやらイアンはちょっと怒っているようだ。

 イアンの様子がいつもと違い、ウィリアムが戸惑っている。


「あのさ、ぼく一応、王子なんですけど」

「はは、王子」

「え、なんか嘲笑わなかった、今?」


「いえ。骨は拾いますね、王子なので」

「ええと、イアンが思う王子の定義を、教えてもらってもいいかな?」


 まあでも、ウィリアムにはお灸を据えたほうがいいので、エレンとマーリンも便乗した。


「あーあ、ウィリアム様、心配させるからー」

「自業自得ですわ」

「えー」


 でも、心の中にあった不安や悲しさといった感情は全てなくなっているから、まったりとどこか楽しい雰囲気で、油断すると口元が笑ってしまう。


 イアンもそんな口元を隠しながらウィリアムの背中を押していて、白い扉にさっさとくぐらせようとすると「待って、あと少しだけ」と強引に立ち止まり、ウィリアムが少し真面目な顔をして口を開く。


「イアンにエレンさんに、マーリン。心配かけたんだってね。ごめん。そして、来てくれてありがとう。……ぼくは、今回、何度も選択を間違えた。でも、みんなのお陰で、一番良いエンディングになったよ」


 そう言うとウィリアムは《王子スマイル 飾らない系》を発動した。そして照れ隠しなのか、すぐ顔をそらして、マーリンの手を引いてさっさと白い扉をくぐって行ってしまった。


「……なるほど、あれが王子スマイル……」

「そうです、必殺技です……ま、まさかイアン様、心を奪われちゃいました!?」


 来るぞ来るぞという予感があったから、なんとかウィリアムの魅了スキルを防御したエレンは、心配になってイアンの顔をのぞきこむ。

 するとエレンと目があったイアンは「いえ、大丈夫ですよ」と言って笑っている。


 迷宮が崩壊していく様が綺麗だ。

 でも、天井もボロボロと細かく砕けて落ちてきていて、先ほどからイアンの風魔法が防いでいる。


「私達も早く行きましょう、イアン様」

「ええ、そうですね」


 そうして最後にエレンとイアンが扉をくぐると他のみんなはもう消えていた。

 エレン達の体も急速に白に溶けていく中で、イアンがいとおしく微笑んで、エレンの頬に優しく触れた。甘く優しい声が聞こえる。


「もっとキスしていたらよかったですね、普段なかなかできないから」


 ああ、そうか、今2人きりなんだ。


 頬に触れているはずのイアンの手のひらの感覚がおぼろげになる中で、イアンの麗しい顔が近づいて……。



****


「デュフフ、イアン様ぁ」

「あ、エレン起きた?」

「わーー!?」


 起き抜けに旧父さんの声が聞こえて、めちゃめちゃびっくりしたエレンは一気に覚醒した。旧父さんはキーンとなった耳を両手で押さえている。


「わ、びっくりした! さっきまで死んだように眠っていたのに元気だねえ」

「わわわわわ、ととと父さん……!?」

「ん、なんだいエレン?」

「……ええと……私はなにか、寝言などを話していなかったでしょうか……?」


 とりあえず現状を理解しようと恐る恐る聞く。

 でも聞くのは非常に怖い。気づけば枕を抱きしめているし。


「『デュフフ、イアン様ぁ』とは言ってたかな? でも、あとはずっと大人しかったよ」


「そっか、そっかあー!」


 エレンの最も知りたかったことを簡潔に教えてもらえて、エレンはほっとした。よかった、他に変なこと言ってなくて本当によかった。


 すると、ぽこぺん! と頭を叩かれる。


「こら、みんな心配したんだよ」

「……ごめんなさい」


 旧父さんは9割が優しさでできているから、叱られるのは珍しい。でもエレンが謝るとすぐに微笑んで、エレンの頭をなでた。

 今、エレン達は見慣れない場所にいる。


「ここはどこ?」

「王宮の中の、お客さん用の部屋だって。同じような部屋がたくさんあったよ、王宮はすごいねえ」

「ほほー」


 道理でなんだかリッチなお部屋だ。


 ベッドから起き上がろうとしたら「まずは水を飲みなさい」と頭を持ち上げられたので大人しく飲んだ。


「1日以上眠りっぱなしだったんだよ。1人で立てそうかい?」


「へえ、そんな寝てたんだ……うん、しんどいけど大丈夫。ねえ、みんなも起きたのかな?」


「さあ、どうかな? エレンが起きたのを言いに行きたいし、そのついでに聞いてみようか」

「うん、私も行く」


 旧父さんとエレンがそんな話をしていたら、ドアの外が急に騒がしくなった。トロトロと起き上がるエレンを置いて、取り急ぎ旧父さんがドアを開けると、使用人の人達が慌ただしい。


「どうしました?」

「あわわわ、王妃様が、王妃様が16年ぶりに見つかりましたああ!」

「えええー!?」


 旧父さんの驚きの声が聞こえるけれど、エレンは『よかった、ちゃんと戻れたんだなあ』と思って、えいやっと立ち上がる。


 まずは王妃様のところに行こう。

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