73《16》聖女はひよこと再びあいまみえる
「えー……どうしよう……」
エレンは、まだ日が昇るには少し早い薄暗い時間に、自室のベッドで目を覚ますと、掛け布団を抱きしめてうなだれた。
みんなで帰るはずだったのに、ウィリアムが最後の最後で手のひらを返して、1人ぼっちで迷宮に残ってしまった。
でも、元々ウィリアムは『みんなを巻き込んでまで、挑戦するつもりはない』と言ってたから、その時からもう、1人で残って攻略するつもりだったのかもしれない。
とは言え……あくまでも夢だ。
エレンはそもそもの疑問を口にした。
「なんで夢から帰らないとダメなんだっけ?」
目が覚めたら、寝る前よりしんどくなってはいるけれど……でも、普通に朝になったら日常はやってくる。
エレンはしばし記憶をたどって、そうだそうだと思い出した。
「《黒い悪魔》がいるかもしれないから、迷宮を進むのは危険かもしれないってなって、帰る手段があるんだから、無理するのは止めよう。そういう話だったかも、確か」
悪魔に実際になにかされたなんて話を、聞いたことがないから、いまいち現実感がない。
でも、赤ちゃんの時にウィリアムは何度も狙われたそうだし、代わりに連れていかれた王妃がこの国から消えてしまった。
ウィリアムはあの《黒い扉》を開けて、悪魔を見つけたんだろうか。
エレンは、ひとまずの進む方向を決めた。
「とりあえず、会ってみないと始まらないよね!」
エレンはサイドテーブルに置いてある明かりを点けると、メモ帳とペンに手を伸ばした。
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「おはよー。あ、ねえねえルカルカ!」
エレンはリビングに降りると、ルカを見つけて近寄った。
「おはよー、なあに?」
「あのね、イアン様に手紙を書いたから出してほしいの」
「うんと……別にいいけど、ぼくが出したり受け取る手紙は、全部ぼくが一通り目を通すルールなんだよね。お姉ちゃんはそれでも大丈夫?」
「ええ!? そうなの!?」
エレンは思いっきり『ガーン』という表情になり……慌てて自分が書いた手紙を読んでみた。全然平気である。
「うん、別にいいよ」
リビングにいた新旧家族が全員『ズコーッ』とこけた。なお、諸事情により転ぶわけにはいかない新お母様だけは、首を横にかくっとして、ガックリ感を表現した。
朝御飯を食べて、学校に行く準備を終えたルカと外に出る。ルカが小さな笛を取り出して「ピー!」っと吹くと、この前も聞いた、頼りない羽ばたきが聞こえてきた。
とてとてとてとて……
そうして現れる空飛ぶひよこ。エレンは目をきらきらさせた。また会えたね、私の天使!
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エレンは、ルカに頼めば、ウィリアムかイアンに手紙を出せると知っていたから……イアンに送ることにした。
なんとなく、ウィリアムと直接やり取りをするのは、イアンやマーリンに悪い気がするから。
それに、ウィリアムは、昨夜のやり取りの後の気まずさから手紙を書いても返信してくれないかもしれなかったし、そもそもルカが学校に行ってしまうので、返事が着てもエレンが読めない。
だから、エレンはイアンへこんな感じの手紙を書いた。
『イアン様へ
ウィリアム様は、学園に来ましたか?
昨日の様子が心配で、今日どんな様子だったか教えて欲しいです。訓練場で待っていますね。
もしイアン様の都合が悪くて訓練場に来れない時は、学園にいる訓練場仲間にそう伝えください。 エレン』
「ウィリアム様、様子がおかしかったの?」
「うん。なんかさ、やっぱりもう少し残りたいみたいで、直前になって、1人だけ残っちゃったんだよね」
「え? 夢の中の迷宮に?」
「そうそう。普通にさ、今日も起きて、学園に行ってたらいいんだけど……」
ルカの指に停まったひよこが提げてる小さなカバンに、イアンへの手紙を入れて、ひよこの為に用意していたパンを小さくちぎってあげながら、エレンとルカはそんな話をした。
はう。小さくて温かいひよこは、今日も小さなくちばしでがんばってパンを全部食べている。小さな体なのに食いしん坊……きゃわわ!
くちばしが時々、エレンの手のひらも間違ってついばんでくるのも、くすぐったくて幸せ。
「イアン様に、届けてね?」
「ぴよ!」
「ぐは!」
「え、なに、お姉ちゃん?」
「可愛さが尊くて……」
「ふーん? そういえば小動物好きだよね」
ひよこの一挙一動に悶えるエレンと対照的に、ルカは落ち着いていて「あ、学校に行かなきゃ」と言った。
「わ、大変! ごめんね、ありがとう」
「ううん、いいよ。じゃあ、いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
ひよこが飛び立ち、ルカも小走りで出掛けていった。そして誰もいなくなった。
可愛い子には旅をさせろと言うよね……。エレンはしょぼくれた。私も学園に通おうかしらん。
学校に通い出して、ルカが毎日楽しそうです。
放課後もお友達と遊びに行ったりバイトに行ったりしてるから、最近あんまり構ってもらえなくて、お姉ちゃんはちょっぴり寂しい。




