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72《15》聖女は離別する

 王城の門まで見送りに出たウィリアムは、昔の話をした。


「小さい頃、首輪をつけていたんだ。一見、それとわからないような、豪華なやつ、特別製で。

イアン達は、見たことがあるはずだよ……隣国の《反逆防止の首輪》だから……魔力封じの道具。

でも、魔力を封じられていた理由を、ぼくは今日やっと理解したんだ。母上が、いない理由も……」


「……もし、ウィリアム様が挑戦したいなら……私は、構いませんわ。ウィリアム様の行きたいほうに、一緒に行きます」


 マーリンがそう応えると、ウィリアムは目線を上げて、取り繕うように微笑んで、首を横に振った。


「……いや、ごめん。今言ったことは気にしないで。変だな、なんでこんな話したんだろう?

……父上が言った通りだ。ぼくも、マーリン達を巻き込んでまで、挑戦する価値があるとは思えない。だから、今夜《白い扉》から出て、そうして……終わりにしよう。みんなもそれでいいよね?」


 他ならぬウィリアムがそう言う以上、エレン達はうなずくしかなかった。


****


 家に帰って夕飯を食べていたら、なぜか新旧家族が夢の話を知っている。


「お姉ちゃん、今夜、迷宮に行くの?」

「え! なんで知ってるの?」


「今日、エレンが出掛けてる間に城から使者がきて説明してくれたのよ」

「エレンは昔から、怒られそうなことを隠す癖があるからなあ」


 えええ。なんと癖までバレている。


「それで最近のエレンちゃん、眠そうだったのね」

「もしも、挑戦しようとしていたら、止めてほしいとお願いされたよ」


 どうやら、王様に根回しをされていたようだ。

 エレンは少し気まずい気分を味わいつつ応えた。


「えっと……それは、大丈夫。今日、夢から抜け出す方法を教わったんだ。そして、そのあとみんなと話して……今夜、そっちを選ぶ約束をしたの」


「そっか、それならいいけど」


 そうして、話題は他愛ないものに移っていった。

 エレンは普通に家族団らんを過ごしたあとお風呂に入り、ベッドに入って目をつぶった。


****


 気がつくと夢の中にいて、みんなはもうそろっていた。


「エレンさん、こんばんは」

「こんばんはー。私が最後だったんですね。

……あ、もしかして結構お待たせしました?」

「いえ、私達も今来たところですよ」

「今日は最初から皆さんと一緒だから、心強いですね」

「うん、本当、そうですね」


 これまでは怖いと感じていた夢の中で、今はこんな風にのほほんと過ごせてるから不思議。

 やっぱり、どんな場所でも、一緒にいる人って重要じゃのう。

 圧倒的安心感なので、エレンはみんなに頼る気満々である。


 エレン達は昨夜最後にいた場所、濃茶の扉の前にいた。この扉を開けると肖像画だらけの部屋があって、その奥に黒い扉があるはず。でも、今夜目指すのは、もう片方の扉だ。

 まだ見てないから違う可能性もあるけれど、たぶん、白い扉なはず……!


「そういえば、私が最後でしたけど……人が来る瞬間ってどんな感じなんですか? 目の前にパッて現れる感じ?」


「んー、ぼくも気になって周りを観察してたけど、目を離した時に限って現れるんですよね」

「あー、私も同じ感じです」

「現れる瞬間は見れないようになっているのかもしれませんね」

「ほほー」


 まったりとそんな話をしている間に、ウィリアムが迷いなく魔力を伸ばして白い扉までの道を繋いだ。


「繋いだよ」

「早ーい」


 エレンがパチパチと手を叩くと、ウィリアムが笑う。


「だいたいの方向と距離を覚えてたから。

ここ、攻略法を知ってしまえば行き止まりもないし、結構簡単だったのかも」


 その言葉にげんなりするのは、イアンとマーリンだ。


「簡単って言う前提として、並外れた魔力量が必要なんですけど……」

「エレンさんやウィリアム様に、会えないままだったらと思うとぞっとしますね……」

「うわ、考えたくない……」


「まあまあ、無事に会えたんだし、いいじゃないですか」


 そうこうしているうちに、エレン達はもう一つの扉の前にたどり着いた。最初は濃茶の扉があるのかなと思ってたけれど、いきなり白い扉だった。


 よかったあ。簡単な造りで。


****


 今回も、イアンが安全確認をして扉を開けた。


 扉の中は壁すらない。本当になにもない真っ白な世界だったけれど、不思議と怖い感じはしなかった。この中に入ったら夢から覚めるんだろうな、という漠然とした安心感がある。


「こちらの扉の先は、特に危険がなさそうですね」


「うん。でも一応用心したいな。イアンとぼくを前後にして、間にマーリンとエレンさんを挟んで、順番に入ろうか」


「そうですね、では私が先に入ります」

「ありがとう、任せた。じゃあぼくは最後で」


 イアンとウィリアムで色々決めていく。

 任せる気満々のエレンは「ふーん?」という感じで見守っていたけれど、そこにマーリンが待ったをかけた。


「いえ、最後は私が務めますわ」


「どうして? マーリンには真ん中にいてほしいんだけど。最後のほうで、なにか問題があったらどうするの?」


 間髪入れずに質問するウィリアムの表情が、少し固くなったようにエレンは感じた。顔が綺麗な人は、微笑んでいた口元が真一文字になるだけでひんやりして見えるから大変だ。


 でも、マーリンはそんなウィリアムの表情の変化に微塵も動揺せず、質問にも応えず、まっすぐ見つめて逆に質問した。


「ウィリアム様は、今夜、白い扉を通るおつもりなんですよね?」

「そうだよ」

「それを見届けたいのです」

「……そう。信用ないんだね、知らなかった」

「どのように思っていただいても構いませんわ」


 なんかギスギスしてきた。エレンはおろおろしてイアンを見上げたけれど、イアンも困った顔をして首を横に振った。

 そうしてイアンとエレンは目線で会話する。


『とりあえず見守る方向で』『御意(ぎょい)


 ウィリアムとマーリンは不穏な感じでしばらくの間見つめ合い……結局いつも通り、ウィリアムが折れた。仕方ないなという感じで。


「わかった、いいよ。でも、さっきも言ったように、マーリンを最後にはしたくないんだ。だから、同時に入るのはどうかな?」


「ええ、それでしたら構いません。……でも、私からも1つだけ。手を繋いでくれますか?」


 ウィリアムからの提案に、マーリンがそう応えて、ウィリアムの手をぎゅっと握った。そうして、心細そうにウィリアムを見つめている。ウィリアムは微笑んで手繋ぎに応じた。


 あの不穏な雰囲気から一気に甘くなるなんて……ジェットコースターみたいだ。エレンは、自分の相手がイアンでよかった……と切に思った。

 心臓に悪っ!



「お騒がせしてごめんなさい、もう大丈夫です」

「いえ、構いませんよ。では行きますね」


 マーリンの言葉にイアンが応えて、進みかけたところで、手繋ぎがうらやましくなったエレンが、しれっとイアンの手に触れた。


「早く行きましょ、イアン様。なにかあったら守ってくださいね! ってわあ!?」


 イアンに、繋いだ手のほうの腕をぐいーんと前に持っていかれたものだから、リーチの短いエレンがトタタッと前に出た。


「大変だ! エレンさんが身をていして前に……!? あなたの死は無駄にしない!」


「よーし、いいでしょう化けて出てやる!」


 このタイミングで意地悪するなんて、なんということでしょう。エレンは自分の相手がイアンなことをちょっと呪いかけた。笑うイアンをぽかぽかした。


「手を繋ぐのはいいけれど、私の後ろにいてくださいね、エレンさん」

「はあい」



 そんな蛇足的な一幕がありつつも、エレンとイアンが仲良く白い扉の中に入ると、自分の気配も白に溶けていく感じがする。


「ウィリアム様、マーリン様! 無事、夢から覚めそうです。昨日の目覚めと同じ感覚ですよ!」


 そう言ってエレンは笑顔で振り返ると……目を見開いて固まった。


 ウィリアムがマーリンにキスをしていた。

 しかも顔の角度を変えてねぶる感じのディープなやつだ。


 ひゃああああ!? エレンは赤面した。

 はわわわわ、ウィリアム様って意外と情熱的……


 長くても十数秒のはずなのに、ウィリアムの唇が離れる頃には、マーリンは惚けてくったりとしていた。普段みたいに怒ることも忘れて、潤んだ瞳で戸惑い見上げる。


「ウィ……リアム様……?」

「ごめんね、マーリン。これはぼくの定めだ」


 ウィリアムは、今のキスか、これからすることについてマーリンに謝った。


 そして、力が抜けたマーリンに微笑むと、白い扉の中へ、マーリンだけを押し込んだ。


 不安定によろめいて転びそうなマーリンを、消えかけているエレンが慌てて全身で支えて、そのエレンをイアンが支える。するとマーリンの体もエレン達と同じレベルまで急激に薄れた。

 マーリンが悲痛な声で叫ぶ。


「ウィリアム様!」


「みんなは先に帰ってて。ぼくは大丈夫だから」


 感覚のほとんどが消える中で、ウィリアムの声が響くように聞こえた。

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