60《3》聖女は学園話に興味津々
ウィリアムが空高く飛ばされて、エレンはあわあわしている。
「ひええイアン様あああ!? ウィリアム様があんな高いところに! ウィリアム様を助けて!」
「エレンさん、大丈夫ですよ、ほら」
「へ?」
水飛沫が飛ぶのを事前に知ってるとしか思えない準備万端さで、町民達が一斉に傘をばばっと開いた。『ええ……?』と戸惑うエレンである。イアンも風の膜を2人の頭上に展開しつつ空を指さした。
水もしたたるいい男、ずぶ濡れのウィリアムがくるくると回転しながら落ちてくる。
そして、足元が地面側に向くタイミングで『バン』『バン』と小さく火魔法を爆発させて落下速度を調整しているご様子。
「足元爆発させて痛くないんでしょうか?」
そんなエレンの質問にイアンが応えてくれる。
「ウィリアム様が身につけてる装飾品は全て、火魔法耐性のある特殊加工をしてるらしいですよ。靴底もクッション性と耐久性の高い作りにしてるそうで、あのやり方で空も飛べるみたいです」
「へえー」
イアンの説明にすっかり安心したエレンは、魔法って本当に創意工夫なんだなあと、感心しながらウィリアムを眺めた。
「待って待ってマーリン! 今回のはちょっとやむにやまれぬ事情というか不可抗力というか! ってうわっ!?」
落下中のウィリアムにバレーボールサイズの水球が投げられて、ウィリアムが火球で相殺しながら屋根にスタンと降り立った。
圧縮されていた水球は、思いのほか広範囲に飛び散って、水飛沫がバタバタと町民に降りかかるけれど、マーリン以外の人々は全員傘を差してるので全くもって平気である。
「マーリンとりあえず落ち着いて! 確かに人前で抱きついたのはやり過ぎだったけど、やましさ的なものはなかったんだ……!」
両手を広げて全力で無罪を主張するウィリアム。エレンはこっそりと『正直すまんかった』と思っている。この度のウィリアムの抱きつきに関しましては、エレンのせいでございました。
マーリンは濡れそぼった胸元を隠しながら、真っ赤な顔と涙目でキッとウィリアムを見つめている。
エレンはマーリンの服選びをした時に、水に濡れても透けないようなやつを選んだので、いくら濡れても大丈夫なはずなのに……そこはかとなくセクシーに見えるのはなぜかしらん。
「信じられません! だってちょっとずつスキンシップが激しくなっていましたわ! 私がどこまで耐えられるか楽しんでましたよね!?」
「うん、楽しかった。って、しまった!」
ここでウィリアムが致命的な失言。
マーリンの顔からボン! と火が噴いた。
「ウィリアム様のばかばかばかばかばかー!」
そしてマーリンが『ばか』と発するセリフの数だけ飛び交う水球と火球と水飛沫。
でもマーリンの魔力が尽きてきて、水球を放っていたほうの腕を下げて唇をかむと、ウィリアムがマーリンに駆け寄って、自身の上着でマーリンを包んだ。
すると、ずぶ濡れにさせたのはやり過ぎだったかもと思ったのか、マーリンがお互いを濡らしている水を消してぷいっとする。
拗ねた顔してぷいっとするマーリンの、顔の正面に行こうとするウィリアムは、マーリンがさらにぷいっとするのでマーリンの周りを回っている。
「マーリン、機嫌直して? 嫌なことしてごめんね。もうしないよ。もう抱きついたりしないから」
「あ……嫌……な、わけでは……」
マーリンが動きを止めて、ウィリアムと見つめ合う。
「ん? 抱きしめてもいいの?」
そして、ウィリアムが顔をのぞき込み間近で微笑むと、マーリンの顔がまた真っ赤になった。でも、精一杯に応える。
「……婚約者、ですもの。でも人前は無理です」
「うん、わかった、ごめんね」
「いえ、私のほうこそやり過ぎでしたわ……ごめんなさい」
「ううん、いいよ。あ、やっぱり仲直りのハグをしよっか。おいで?」
「そういうところですわ!?」
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「イアン様が、まずいって言ってたのは……魔法合戦になるってわかってたからですか?」
「ええまあ……ってあれ? エレンさんは見たことないですか?」
「えー、ないですよー。初です、初!」
結局なんやかんやで最後まで見学してしまったエレン達は、そんな話をしながら劇場に向かう。
「学園では2カ月に1回くらいあるんですよ。
最近見てないからそろそろヤバいなと思って」
「へえー。なんか楽しそうですね、学園」
エレンが素直にそう言うとイアンが笑う。
「楽しいですよ。エレンさんも来たらいいのに」
「うん……」
「あれ? いつもは断る感じなのに珍しいですね」
「だってルカも学校に行くようになったし、聖女の仕事も最近暇なんですもん」
あと、イアン達の学園生活をエレンだけ知らない。軽い疎外感である。
でもなあ、学生の本分である勉強には全然興味がないのだ。編入したところで同じクラスになれるとも限らないしい。うじうじ。
「じゃあ編入したらいいのに。来てくださいよ」
「うう……ううう……入らないです」
エレンがうめきながらそう応えると、イアンが「さっきのはなんか惜しかったな」とか言った。
そうしてエレンが興味を持ちそうなことを話す。『マーリンファンクラブ』という黒魔術師集団の話とか、なぜか男爵令嬢が転がり落ちやすい恐怖の階段の話とか。
「イアン様は?」
「ん?」
「イアン様もモテそうです……誰かに言い寄られたりとか、ないですか?」
エレンは一番聞きたいことを聞いてみた。とりあえず、ファンはいそうである。イアンうちわ見たことあるし。
「そういえば最近、例の階段から落ちてましたね。
なぜかマーリン様が突き飛ばしたってことにされてましたけど……ああ、マーリン様はよく突き落としの犯人役にされるので、ウィリアム様からあの階段に近づくのを禁止されてるんですよ」
思ったよりも情報過多だった。
「ええ……? そ、それでどうしたんですか?」
「ちょうど見てたので風魔法で助けましたよ。そうしてすがりつかれそうになったところを、風で防御して……」
「風で、防御、した!?」
エレンが不思議な単語をキャッチすると、イアンが神妙な顔でうなずいた。
「はい……階段から落ちる姿からは想像もできない身のこなしで、危うく押し倒されるところでした……。まあでも風魔法のおかげで私はからくも難を逃れて……階段上にいた水色髪の女子のほうは廊下で張ってたマーリンファンクラブの副部長が捕らえていました。ウィッグをかぶった成りすましだったので、たぶん反省文ですね」
「へー」
エレンは『怖かったですうー!』と言いながらイアンに襲いかかる謎の令嬢(エレンの脳内では花子で再生された)と、その姿に怖がるイアンを想像した。なるほどわからん。
エレンが相づちを打つとイアンが続けた。
「四元素魔法を持っていて、授業では平等に、護身術や魔法理論を学んでいるのに……あの階段から落ちる女性がいつまでもいて、誰も自分では、回避も防御もできない……それが不思議で。調べても特にトラップとかはなかったし、傾斜もゆるい普通の階段なんですよね」
「ううん……そうなんですね」
とか言いつつも、エレンは心の中で『たぶんそれが、お約束だからですよ』と思った。
あるジャンルにおける様式美である。
そして、エレンはわりと好きジャンルである。
マーリンが犯人扱いされるのは困るけど。




