表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/85

60《3》聖女は学園話に興味津々

 ウィリアムが空高く飛ばされて、エレンはあわあわしている。


「ひええイアン様あああ!? ウィリアム様があんな高いところに! ウィリアム様を助けて!」


「エレンさん、大丈夫ですよ、ほら」

「へ?」


 水飛沫(みずしぶき)が飛ぶのを事前に知ってるとしか思えない準備万端さで、町民達が一斉に傘をばばっと開いた。『ええ……?』と戸惑うエレンである。イアンも風の膜を2人の頭上に展開しつつ空を指さした。


 水もしたたるいい男、ずぶ濡れのウィリアムがくるくると回転しながら落ちてくる。

 そして、足元が地面側に向くタイミングで『バン』『バン』と小さく火魔法を爆発させて落下速度を調整しているご様子。


「足元爆発させて痛くないんでしょうか?」


 そんなエレンの質問にイアンが応えてくれる。


「ウィリアム様が身につけてる装飾品は全て、火魔法耐性のある特殊加工をしてるらしいですよ。靴底もクッション性と耐久性の高い作りにしてるそうで、あのやり方で空も飛べるみたいです」


「へえー」


 イアンの説明にすっかり安心したエレンは、魔法って本当に創意工夫なんだなあと、感心しながらウィリアムを眺めた。


「待って待ってマーリン! 今回のはちょっとやむにやまれぬ事情というか不可抗力というか! ってうわっ!?」


 落下中のウィリアムにバレーボールサイズの水球が投げられて、ウィリアムが火球で相殺しながら屋根にスタンと降り立った。


 圧縮されていた水球は、思いのほか広範囲に飛び散って、水飛沫がバタバタと町民に降りかかるけれど、マーリン以外の人々は全員傘を差してるので全くもって平気である。


「マーリンとりあえず落ち着いて! 確かに人前で抱きついたのはやり過ぎだったけど、やましさ的なものはなかったんだ……!」


 両手を広げて全力で無罪を主張するウィリアム。エレンはこっそりと『正直すまんかった』と思っている。この度のウィリアムの抱きつきに関しましては、エレンのせいでございました。


 マーリンは濡れそぼった胸元を隠しながら、真っ赤な顔と涙目でキッとウィリアムを見つめている。


 エレンはマーリンの服選びをした時に、水に濡れても透けないようなやつを選んだので、いくら濡れても大丈夫なはずなのに……そこはかとなくセクシーに見えるのはなぜかしらん。


「信じられません! だってちょっとずつスキンシップが激しくなっていましたわ! 私がどこまで耐えられるか楽しんでましたよね!?」


「うん、楽しかった。って、しまった!」


 ここでウィリアムが致命的な失言。

 マーリンの顔からボン! と火が噴いた。


「ウィリアム様のばかばかばかばかばかー!」


 そしてマーリンが『ばか』と発するセリフの数だけ飛び交う水球と火球と水飛沫。


 でもマーリンの魔力が尽きてきて、水球を放っていたほうの腕を下げて唇をかむと、ウィリアムがマーリンに駆け寄って、自身の上着でマーリンを包んだ。

 すると、ずぶ濡れにさせたのはやり過ぎだったかもと思ったのか、マーリンがお互いを濡らしている水を消してぷいっとする。


 拗ねた顔してぷいっとするマーリンの、顔の正面に行こうとするウィリアムは、マーリンがさらにぷいっとするのでマーリンの周りを回っている。


「マーリン、機嫌直して? 嫌なことしてごめんね。もうしないよ。もう抱きついたりしないから」


「あ……嫌……な、わけでは……」


 マーリンが動きを止めて、ウィリアムと見つめ合う。


「ん? 抱きしめてもいいの?」


 そして、ウィリアムが顔をのぞき込み間近で微笑むと、マーリンの顔がまた真っ赤になった。でも、精一杯に応える。


「……婚約者、ですもの。でも人前は無理です」

「うん、わかった、ごめんね」

「いえ、私のほうこそやり過ぎでしたわ……ごめんなさい」


「ううん、いいよ。あ、やっぱり仲直りのハグをしよっか。おいで?」


「そういうところですわ!?」


****


「イアン様が、まずいって言ってたのは……魔法合戦になるってわかってたからですか?」


「ええまあ……ってあれ? エレンさんは見たことないですか?」

「えー、ないですよー。初です、初!」


 結局なんやかんやで最後まで見学してしまったエレン達は、そんな話をしながら劇場に向かう。


「学園では2カ月に1回くらいあるんですよ。

最近見てないからそろそろヤバいなと思って」

「へえー。なんか楽しそうですね、学園」


 エレンが素直にそう言うとイアンが笑う。


「楽しいですよ。エレンさんも来たらいいのに」

「うん……」

「あれ? いつもは断る感じなのに珍しいですね」

「だってルカも学校に行くようになったし、聖女の仕事も最近暇なんですもん」


 あと、イアン達の学園生活をエレンだけ知らない。軽い疎外感である。

 でもなあ、学生の本分である勉強には全然興味がないのだ。編入したところで同じクラスになれるとも限らないしい。うじうじ。


「じゃあ編入したらいいのに。来てくださいよ」

「うう……ううう……入らないです」


 エレンがうめきながらそう応えると、イアンが「さっきのはなんか惜しかったな」とか言った。


 そうしてエレンが興味を持ちそうなことを話す。『マーリンファンクラブ』という黒魔術師集団の話とか、なぜか男爵令嬢が転がり落ちやすい恐怖の階段の話とか。


「イアン様は?」

「ん?」

「イアン様もモテそうです……誰かに言い寄られたりとか、ないですか?」


 エレンは一番聞きたいことを聞いてみた。とりあえず、ファンはいそうである。イアンうちわ見たことあるし。


「そういえば最近、例の階段から落ちてましたね。

なぜかマーリン様が突き飛ばしたってことにされてましたけど……ああ、マーリン様はよく突き落としの犯人役にされるので、ウィリアム様からあの階段に近づくのを禁止されてるんですよ」


 思ったよりも情報過多だった。


「ええ……? そ、それでどうしたんですか?」


「ちょうど見てたので風魔法で助けましたよ。そうしてすがりつかれそうになったところを、風で防御して……」


「風で、防御、した!?」


 エレンが不思議な単語をキャッチすると、イアンが神妙な顔でうなずいた。


「はい……階段から落ちる姿からは想像もできない身のこなしで、危うく押し倒されるところでした……。まあでも風魔法のおかげで私はからくも難を逃れて……階段上にいた水色髪の女子のほうは廊下で張ってたマーリンファンクラブの副部長が捕らえていました。ウィッグをかぶった成りすましだったので、たぶん反省文ですね」


「へー」


 エレンは『怖かったですうー!』と言いながらイアンに襲いかかる謎の令嬢(エレンの脳内では花子で再生された)と、その姿に怖がるイアンを想像した。なるほどわからん。

 エレンが相づちを打つとイアンが続けた。


「四元素魔法を持っていて、授業では平等に、護身術や魔法理論を学んでいるのに……あの階段から落ちる女性がいつまでもいて、誰も自分では、回避も防御もできない……それが不思議で。調べても特にトラップとかはなかったし、傾斜もゆるい普通の階段なんですよね」


「ううん……そうなんですね」


 とか言いつつも、エレンは心の中で『たぶんそれが、お約束だからですよ』と思った。

 あるジャンルにおける様式美である。


 そして、エレンはわりと好きジャンルである。

 マーリンが犯人扱いされるのは困るけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ