57《33》【2章完結】聖女は隣国を去る
アレンはリヴェラにプロポーズをした。
リヴェラの手を取り、耳元に唇を近づけてなにごとかを囁いた。
リヴェラは返事を待つアレンを見つめて、瞳を潤ませた。しばらくなにも言えない状態が続いたが、口をぱくぱくさせた後、こくこくと頷いた。
そして、幸せの涙を流す。
「アレン……アレン!」
リヴェラは人目をはばからずアレンに抱きついた。そしてアレンもリヴェラを強く抱きしめる。
「リヴェラ……お前を、愛してる」
アレンはもう首輪をつける必要もない。
2人を縛るものはもう、なにもない。
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「あ、いたいた、イアン様! ってん? なにか嬉しいことがあったんですか?」
自分の出番が終わって、イアンとの待ち合わせ場所にようやく戻れたエレンは、イアンの顔を見て首をかしげた。
するとイアンはある方向を、目線で示す。
その先には、幸せそうに抱き合うアレンとリヴェラが見えた。エレンも思わず笑顔になる。
「ふふ……嬉しいですね」
「うん。もしかしたら近いうちに、家にリヴェラさんを連れて来るかもしれません。……挨拶しようと思ってたけど、このまま帰りましょうか」
「ですね。あ! お土産屋さんに行きたいです!」
「そうですね。少しだけ観光もしましょうか」
そんな風なことを話しながら手を繋ぐと……手にチョップされた。な、なにやつ!?
「わ! なになに? って誰ーー!?」
エレンは振り返って言った。黒いローブの男がわなわなと震えている。そして、地を這うような声で話した。
「ずいぶんと……楽しそうだね……」
「そ、その声は!」
「え! 来れたんですか?」
その声に驚くエレンとイアン。ま、まさか!
え、でもでもだってこの前は、そうとう根回ししないと旅行できないって……!?
ローブの男が、フードを脱ぐと、シルバーグレーの髪にルビーレッドの瞳を持つ物語の王子様のようなイケメンである。
しかし、彼の外見描写をするのは実は今回が初めてなので……このような描写をしたところで、人物特定にはさっぱり意味をなさない!
……黒いローブの男はウィリアムだった。
「あんな手紙をもらったら……来るに決まってるだろ! なんっだよあれ!?『今日処刑される。あとは頼む』って。受け取ったの夕方なんだけど!?
ぼくがどんな思いで必死にここまで来たか……そして来てみたら、のほほんとラブラブな2人を見せつけられるとか酷くない!?」
「あー……イアン様、お手紙書いてましたもんね」
しかもその頃のイアンは死ぬ気である。
もしもイアンが死んだ後もまだループが止まらずに、エレンが1人きりで隣国に閉じ込められたら……という最悪のケースを想定してウィリアムに書いてたはずなので……手紙を読んだウィリアムの衝撃は、筆舌に尽くしがたいのだ。
「すみません、大丈夫でした」
「いや、いいよ!? 助かってよかったよ!?
ああもう……頼るのは構わないけど……もっと早く言って、お願いだから」
イアンが謝ると、ウィリアムは脱力感いっぱいでそんな風に話し、イアンの肩に、がっくりともたれかかった。
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ウィリアムは私兵を数名連れて、強行で隣国に来たらしい。書き置きして出ていったくらいな感じなので、自国はだいぶ大騒動である。
「というわけで、手ぶらで帰ったらぼくは父上に断罪される……! 手土産に隣国と国交再開を取り付けたいからついてきて?」
と言うのであった。ちなみにこの断罪というのは、謹慎処分とか、公務もっさりさせられたりとか、おやつ抜きとか、そんなのらしい。
……おやつ抜きはさすがに冗談である。
「えー……昨日の処刑で死にかけたし……レスター王子苦手なんですよね」
「私もこれからイアン様と観光を……」
「うっわ! 人間じゃない! ……く、この手だけは使いたくなかったが……そんな事言うなら仕方ない……強制執行だ!」
嫌そうなイアンにエレンが乗っかったら、ウィリアムはイアンとエレンの手を繋いでダッシュした。
「あはは、冗談です冗談! 喜んでお供します」
「ウィリアム様、速い速い、待って待ってこける」
「最近、いじられすぎじゃない!?」
たしかにあんまりやりすぎると、そろそろ泣いてしまいそうである。
「ごめんなさい。もうしないから許して? すごく大変だったのに、来てくれてありがとうございます、ウィリアム様。……本当は嬉しいです」
エレンはウィリアムの顔をのぞきこみながら、素直にそう言って笑うと、手を繋いでるついでに、さっきのお詫びとして元気になるおまじないの魔法をかけた。きらきらきら~。
そんなエレンの対応により、ウィリアムはしょぼくれた気分から立ち直ったが、イアンは内心ショックを受けた。
イアンはずっとエレンが好きだったゆえに、易々と触ることなどできるはずもなく……1年半の片思いの末やっと手を握ったのだ。それなのに、手を簡単に繋いだあげく……顔をのぞきこまれて微笑まれる、だ、と……!?
……ちなみにイアン自身は友達段階でキスをしているはずだが今は都合よく忘れている。
エレンは、ウィリアムとイアンに平等に微笑んで声をかけた。仲間外れ、いくない。
「さてと、じゃあ気を取り直して、ウィリアム様の手土産をゲットしたら……みんなで観光して帰りましょうか! ね? ウィリアム様にイアン様?」
「うわ……エレンさんのフォローがすごすぎて、全ぼくが許してしまう……え、ぼくのこと好きなのかな? だめです、ぼくにはマーリンが……っ!」
「そうですよ、ウィリアム様、あなたにはマーリン様がいるんですから! とりあえず場所代わってください」
わちゃわちゃと取り乱すウィリアムとイアンだったが、イアンの反応を見てウィリアムはにやりとした。
「……ふっふっふ、いい気味だねイアン? せっかく2人を邪魔できる位置なのに、譲るわけないじゃないかー」
「うぐ! 冗談なんて、言わなければよかったです……」
ウィリアムとイアンがそう話してる時、エレンはよそ見をしていた。
エレンを隣国に連れて行ってくれた卸業者のおっちゃんが、知り合いと思わしき男女の手を握って男泣きしているのが見えた。
そうして、隣国の人らしき男女は、そんなおっちゃんの肩や背中をそれぞれトントン優しく叩いたりなでたりしていて、なんだかとても幸せな光景だった。
『時が止まった国』と呼ばれていた隣国の時間は、ようやく進み始めた。
エレンは微笑んで、前を向く。
「あ、そうだ、ウィリアム様! 隣国は屋台があちこちにあるんですよ。温かいフルーツジュースとかおいしい食べ物とかたくさんあるので、あとで食べ歩きしましょうね」
「うん、2人が気に入ったやつ教えて」
「イアン様のおすすめが全部おいしいんですよ。ね? イアン様?」
「ええ、たくさんあります。じゃあ、遅くならないように、用事のほうさくさく終わらせましょうか」
そうして楽しんで、エレン達は隣国を後にした。
でも今後はもっと来やすくなる。
自国と隣国の国交が再開したことにより、乗り合い馬車が運航を始めるのだ。そうして多くの人々が今後は頻繁に行き来するようになる。
自国に戻ったら、仲間外れにされたマーリンが拗ねたりしてるので、わりと早く隣国旅行第2弾を敢行したりもするのだけれど……それはまた別のお話。
《第2章【隣国】時を止めた国の断罪ループ~Fin~》




