56《32》聖女は婚約を解消した
隣国の人達は、昨日の闇とそれを砕いた光について、なにが起きたのかわからずにとても不安がっていた。
そこで、本日の午後『昨日の現象について国民に重要な発表がある』として国が招集をかけている。レスターが登壇して、この国に起きていたループのことや月日が3年間停滞していたことなどを話すそうだ。
なんでエレンがそんなことを知っているかと言うと……今、エレン達の目の前に、レスターがいるからである。
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リヴェラの屋敷に少数の従者を連れてレスターがやってきた。そうして、応接室で話をすることになった。
リヴェラやイアンは戸惑いの表情を浮かべている。アレンは表面上にはなにも出ていないけれど、たぶん一番内面が複雑なはずだと思うエレンだ。
ちなみにエレンは、まあもうなんもなかろ、と、緊張感0で時の流れに身を任せている。
レスターがまず謝罪した。
「まずは……アレン、イアン、君達の命を無下に扱い申し訳なかった。2人とも生きていてよかったと……今では思っている」
これにはさすがのアレンも若干驚いた顔をしていた。リヴェラはもっと驚いた顔をして言う。
「謝る為に、本日は、わざわざ家に?」
するとレスターは歯切れ悪く応えた。
「いや……大きな目的の1つではあったが……他にも話しておきたいことがあった。本日の午後、全国民に、この国に発生していたバグについて公表しようと思っている。その内容について、君達の意見を聞きたい」
そうしてレスターはどのように国民達に説明するつもりなのかを話した。
『この国は3年前より3日間のループを繰り返すバグが発生していた』
『昨日はついにそのループが臨界点を迎えて、国が滅びを迎えるところだった』
『隣国から来た聖女が闇を打ち砕き、長いループも終わった』
そんな内容にしたいと考えてるらしい。
特に嘘はないから『ループ原因まで話さないつもりだけどそれでいいか』ということなんだと思う。
「ええ、それで問題ないですよ」
アレンの顔をちらりと見て頷いたのを確認し、リヴェラがそう応えた。「そうか、助かる」と言いレスターが少しほっとした顔をする。
「そしてもう1点。リヴェラ……君の気持ちはもう理解した。ついては、婚約を解消したいと思っている。だが……俺の婚約者はどうやらまだエレンちゃんらしい」
「え、そうなんですか?」
エレンがリヴェラを見ると「うん……もう1つの記憶的にはそうみたい」と言ったから、エレンは『あらまあ。ほほーん』と思った。レスターが続ける。
「エレンちゃんとしては……エレンちゃんとの婚約解消で問題ないか? リヴェラとはそもそも婚約をしていないものとしても」
「はい、別にいいですけど」
「あのね、エレンちゃん……そうするとエレンちゃんの名誉が傷つくんじゃないかな?」
普通に応えたらリヴェラが慌てた。
「あ、なるほど。それでレスター様は聞いたんですね。……はい、別にいいですけど?」
今度は、ちょっと考えてから応えた。
没落して借金苦からの夜逃げとか、返済を待ってもらう為の土下座とか、お古とか貰い物で生活を潤したりとか、その他もろもろの日々を思い出す。
水道が止まった時は困ったなあ……あの時は、使用済魔石の回収日にゴミ捨て場をあさって拾って、ちょっとでも魔力の残ってるやつをかき集めたっけ……。そうしていつの間にか、魔石の残量が振るだけでわかるようになってしまったエレンである。
エレンは遠い目をした。ふ、もはや傷つく名誉など……おや、目から汗が……。
王子と婚約破棄になるなんて、むしろ泊がつきそうな感じである。
『一瞬でも王子様と婚約するなんてすごーい!』
などと、新旧家族やマダム達にキャーキャー誉められる未来しか見えない。
リヴェラやレスターは一体なにを心配してるのかしらん。エレンはわからなかったのでリヴェラに聞いてみた。
「えっと……リヴェラさんとしては……本来の正式な婚約者はリヴェラさんだったってこと、ちゃんと公表したほうがいいですか? 私はどっちでもいいんですけど……」
するとリヴェラは迷いながら言う。
「……正直に言うと、この記憶のままのほうが都合はいいよ。婚約解消を公表されると家名に傷がつくから……でも、元々私の問題だから」
「じゃあ、訂正するのもややこしいし、このままでいきましょう? 私は傷つくような家名ではないし、家族も気にしないです。あ、断罪理由どうしましょうか?」
エレンがそうやってあっけらかんと言うから、レスターが少し笑いながら言った。
「もう、断罪する必要はないだろ? 円満破局だ」
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午後になるとレスターは予定通り、国民達の前に姿を現し、この国のバグについての話をした。そして、他国に合わせて本日より日付を修正すると発表した。カレンダーや手帳業界は大わらわだ。
一般国民も、他国に知り合いがいる人達は大いにざわついた。これから、連絡を取ったり会いに行ったり、大忙しになるのだろう。
エレンは国を救った聖女として、叙勲を受章した。そして本日を国が再び動き出す日として記念日にするらしい。
知らない間に3年もの月日が経っていたことにショックを受ける人も多くいたけれど、国の憂いが消えた今、隣国はすっかりお祝いムードだ。
あと、ついでにレスターは自身の婚約を解消したことを告げた。レスターは18歳の誕生日を過ぎてからの婚約解消により、まさかのフリーに。
そして、次の候補者がいるわけではないことも明かし……『まあ次は恋愛でもしようか……我らの国には素敵な女性がたくさんいるしな!』などと言いつつ壇上からむやみやたらとウインクや投げキッスなどをしたものだから、レスターファンの女性達からは大きな歓声が上がり、男性達からは大ブーイングが巻き起こった。
……ちなみに、こういうブーイングは戯れらしい。断罪の基準がわからぬ。
なにはともあれ……王国中の女性達が目の色を変えて争奪戦を行う、レスター大ハーレム時代の幕開けである。
エレンが叙勲受章後、幕間に下がると、花子がたたたっとエレンのところまで来てわざわざ言った。
「元婚約者様って見る目ないですね!
あんなに、かっこよくて優しくて、とっても素敵な人を手放すなんて! ま、私にはラッキーだからいいですけどね!」
そうして花子はエレンにまばゆい笑顔を見せると、それだけを言いたかったようで、くるりと踵を返しご機嫌な様子で立ち去った。花子はたぶん、レスター争奪戦でめちゃめちゃ戦う。




