55《31》聖女はループの終焉を知る
エレンの放った真っ白な光魔法は、エレンを中心に大きく膨れ上がると、爆発のように一気に国中の闇を突き抜いた。
先ほどまで国中を覆い尽くそうとしていた闇は砕けてバラバラになり、塵となり消滅した。影1つ残さずに、闇を光が塗り替えて、なにもかもを白く白く染め上げる。
そうして、激しい光が消えると、国はすっかり元通りになっていた。元に戻った世界は静寂に包まれていたが、エレンはそれどころではない。
エレンは息も絶え絶えとなり、膝をついた。
「はっ、はあ、は……」
「エレンちゃん!」
エレンがぐらりとよろけて、レスターが支える。
「君のおかげだ……また、救われた」
「イアン様を、助けて」
エレンはレスターの服を掴んで言う。
レスターは苦い顔をした。
「それが俺達以外、みな気絶していて、伝令に向いている者が」
と、そこまで言いかけたところで、レスターは気を引き締めた表情になり「わかった」と言った。
「会場の外には動けるものがいるかもしれない。君も連れて行く」
「……はい、お願いします」
エレンの返事を聞くか聞かないかのタイミングで、レスターはエレンを抱き上げると、会場の外へ飛び出した。
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「イアン様!」
エレンは会場の外に面しているバルコニーの先にそびえる、高い塔の上に人影を見つけて、叫んだ。
今から人を探すのではもう間に合わない。
少しだけ体力が戻ったエレンはレスターから離れるとバルコニーに走った。必死に叫ぶ。
「イアン様ーーー!!」
エレンの隣でレスターも叫んだ。
「中止だ! 処刑を中止しろ!!」
レスターは腕を使って大きく中止のジェスチャーをしながら叫ぶけれど……2人の声は処刑塔には届かない。
なにかないかなにか……エレンは必死に考える。
そして、エレンはあの日の夜のベランダでのやり取りを思い出し、叫んだ。
「助けて! イアン様を助けて!」
すると、空から女性の護衛が落ちてきて、トタンとバルコニーに降り立った。
隣でレスターが驚いている。
エレンの護衛は早口で言った。
「私はエレン様の護衛でその内容では従えません。なのでエレン様──より具体的なご指示を!」
前回のサイボーグ護衛の真意は汲み取れなかったエレンだったけれど、今回の護衛のヒントは理解できた。必死に伝える。
「イアン様が死んだら私は生きていけないの! だから、イアン様を助けて!」
「承知しました」
護衛は正解と言うように笑った。
エレンの護衛がひらりとバルコニーの柵に乗り空中に飛ぶと、なにもない背中から、バサッと言う大きな羽音が聞こえた気がした。
護衛の体が一瞬だけ宙に浮く。そしてその後は一直線に、ものすごい速さでイアンの元へと滑空していった。そして、処刑塔からイアンが落とされる。
エレンは小さな悲鳴を上げたが、落ちるようにぐんぐんと加速して滑空する護衛の手がイアンを掴んだ。
しかし、エレンはまだ息を呑んでいて、手を固く握りしめたまま見つめた。護衛がイアンを掴んだ後も、2人はそのままきりもみ回転しながら落ちていく。
勢いが、殺し切れない。護衛の羽ばたきよりも、落ちる勢いの方が強い。このままでは、イアンも護衛も地面に追突する! そう思った瞬間……エレンは目を見張った。
地上に巨大スライムがどううん! と出現したのだ。
「へ? なにあれ!?」
透き通った青いぷにぷにが、ぽよよーんと処刑塔の下に鎮座した。
そして、出現してすぐイアンと護衛の下敷きになった。
弾力ある青いぷにぷにが2人を優しく包み込む!
ぽっよーん、ぽよよよん、ぽよよん、ぽよよんぽよん……ぽよ。
エレンとレスターはぽかーんとして、荒ぶるスライムが徐々に鎮まっていく様子を見ていたけれど……スライムが鎮まると、イアンがエレン達のほうを見上げた……ように思う。
そうして、こちらに向かって大きく手を振ってくれたから、エレンも大きく手を振り返して……そうしたら安心して腰が抜けた。
「ふふ……ふふふ……なにあれ?」
でもよかった。助かった。イアンは生きている。
そしてきっと、3日目もようやく終わる。
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「彼に、早く会いたいだろう……馬車を用意する」
レスターがそう言ってまたエレンを抱き上げ城を歩く。そして、無事な使用人を見つけると、至急馬車を用意するように伝えた。
そして、城の外に向かうまでの間に『この国のバグとはなにか』と聞かれたから、エレンは自分の知る話をそのまま全てレスターに話した。
「そうか……俺のゆがんだ執着が……国とリヴェラを長年に渡り苦しめ続けていたんだな……」
「アレンさんは?」
「リヴェラの心を奪った憎いやつ」
「こら」
エレンは半眼でつっこんだ。一番謝るべき相手になんていうことでしょう。
レスターは笑う。
「どうせ、これからそれ以上に幸せになるだろ?
……もう邪魔はしない。俺よりずっと、あいつがリヴェラに相応しい。……表情が、違う……本当は、ずっと前から……気づいていたんだ」
そうして城の外に用意された馬車に乗って、エレンは処刑塔の下に向かった。すると、イアンとリヴェラがそこにいて……
「イアン様!」
エレンは馬車から降りると、走りづらいヒールも脱いで裸足になって、ぺたぺたとイアンに駆け寄って、抱きついた。
イアンはそんなエレンの全力タックルをキャッチすると、存在を確かめるように、少しずつ力を込めてエレンを抱きしめた。
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種明かしとしては……あの巨大スライムは、リヴェラの水魔法だった。
「浮力を高めた水魔法のクッションだよ。
誰の助けもない中で、私がアレンを救えたループがあるって聞いたから。
それからずっと考えてたの。
私の使えるものの中で、アレンを救える可能性があるものはなんだろうって。
……これしかないと思った」
言いながらアレンを思い出しリヴェラが慌てた。
「あ! そう言えば、アレンはどこ!?」
「……それが、私が捕まった時に一緒に捕らえられてしまって」
「じゃあ、解放してもらいに行きましょう! イアン様の処刑も中止するって言ってたんです。闇が迫ってきて色々あって、間に合わなかったけど……」
振り向いたら馬車がまだその場に残っていたので、王城に3人でとんぼ返りした。そうして無事解放されたアレンもイアンを強く抱きしめる。
「イアン! よかった、無事で……!」
「兄さん……これ以上の力だとさすがに死ぬかも」
感動のシーンなのになんかボキッゴキゴキという音がするイアンだ。
アレンの気恥ずかしさからくるお茶目な冗談だったみたいだけれど、わりとガチでこの時イアンは『今度こそ死ぬ』と思ったそうだ。
アレンとイアンは逃走中に作っていた傷もたくさんあったので、エレンは2人まとめて治癒魔法をかけた。
そうして、次の日が来るまではまだ不安を拭えなかったエレン達は、日付が変わるまでティールームで4人で過ごし、日付が変わってからも、アレンとリヴェラに記憶が残っていることを確認する。
そして、屋敷の人を1人叩き起こして今日が何日か確認した。そうして、4日目を迎えたことが分かると、夜中にもかかわらず、歓声を上げた。
長年続いた隣国のループは、ついに終わった。




