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50《26》聖女にとって大切な人

「なんで、こんなっ嘘……ついたんですか」


 風魔法で逃げるなんて嘘だった。

 イアンの魔力は封じられる。


 エレンが泣きながら問いただすと、イアンはとても困った顔をした。


「すみません。泣かせたくなくて」

「しっ、死んだら、もっ、と泣きます! こんなっ程度じゃなっ……ですっ」


 怒りと悲しみとよくわからないぐちゃぐちゃの感情を……エレンはぼろぼろと泣きながら、イアンにぶつける。

 でも、イアンはそんなエレンを優しく抱きしめるから、エレンもイアンにしがみついた。このタイミングでエレンがやることは、1つしかなかった。


 イアン様の服を涙でべちょべちょにしてやる!


 エレンはぐしゅぐしゅひっくひっくと泣きながら地味に嫌がらせをした。本当にこれ1つしかやることがなかったんだろうか。

 ちなみに、イアンから見ると、エレンが泣きながら震えてるようにしか見えないのでばれなかった。


 イアンが、迷いながら言葉をつむぐ。


「……エレンさんに、無茶も、させたくなかった。あんなアザだらけになる場所には……行ってほしくなかったんです」


「アザは、治せます……でも、死んだら……終わりですよ? イアン様はたぶん、巻き戻らない。私のアザが……そのままだったみたいに」


「うん。だから、エレンさんの笑顔が見たい」

「……諦めないで」

「諦めていませんよ」


「嘘つき……本当に諦めてなかったら、笑顔が見たいなんて、言わないです」


 泣きながら、話しながら、イアンの温かい体温を感じる。

 エレンの心は不思議と冷静になっていった。イアンと生きてこのループを抜ける為に、いつの間にか頭の中では、今できることを必死に考えている。顔を上げてイアンに言う。


「とりあえず、今すぐ屋敷に戻りましょう。そして、アレンさんとリヴェラさんにも協力してもらいましょう!」


 イアンは静かに言った。


「……そうして、もし私が生き残れたとしても……またループするかもしれません。その度にエレンさんが、傷つくかもしれません。……今までとは違って、3日目だけが……繰り返すかもしれません」


 そんなイアンの言葉を聞いて、ようやくエレンは、イアンが反逆防止の首輪を隠していた本当の意味を知った。


 エレンの為だ。これから訪れるかもしれない、苦痛の日々をエレンが続けなくても済むように。


 ループ後の世界に、イアンがいないなら、起点のエレンはループしても意味がなく、レスターもループする理由がない。


 そうしたらきっと……3日目は終わるのだろう。


 エレンは、どうしたらイアンが生きようとしてくれるかを考える。イアン自身が死ぬ気では……周りがいくら頑張っても、到底助からない。エレンは考えながら話す。


「……大丈夫ですよ。だって明日もし4日目が来なかったら……ウィリアム様がなにか考えてくれるんでしょう? 今日、イアン様はそういう手紙を書いたんでしょう? じゃあ、明日は明日で、別の3日目になりますよ。ね?」


 それでもイアンは曖昧にしか微笑んでくれないから、エレンは更に言葉をつむぐ。エレンは真剣な目でイアンを見つめた。そういえばさっき、イアンの怖いものを聞いたんだった。


「イアン様が、死んだら……私も死にますよ?」

「いや、そんな……」

「あの塔に登って、飛び降ります」

「エレンさん」

「し、死ぬ瞬間までずっと怖いやつです。私的にっ一番怖い、死にかかか方です」


 言いながら想像だけでとても怖いエレンである。足が生まれたての子鹿のようにガクブルだ。あばばばば、と顔面蒼白になりながら、震えが声にも出ている。


 イアンのエレンを抱きしめる力が先ほどよりも強くなった。イアンの言葉にも、必死さが混じる。


「どうか……お願いです、エレンさん。そんなこと……言わないでください」

「……じゃあ、生きることに、もっと、本気になってください」

「…………」


 それでもまだイアンは、色よい返事をくれない。エレンは、とても悲しくなって、イアンの体を少しだけ引き離すと、イアンの頬に両手で触れた。ちゃんと、私を見て。ちゃんと、私の声を聞いて……。


「イアン様……私達は、両思いなんですよ? イアン様が私の為に色々考えてくれたように……私も、イアン様を想っています。逆の立場だった場合に、どう思うかを、考えて? とても、大切なんです……イアン様が大切なんです。

 繰り返しが、3日目だけでもいいの……それでも、イアン様が生きてる世界が、いいの。

 だから、私が生きて欲しいって言ってるのに、私の為に死のうなんて……思わないでっ。

 そんなの、全然嬉しくない。私が望んでないんです……!」


 エレンは思う。3年間ずっと変わらなかった隣国のループが、ここにきて大きく変わった。

 だからきっと、また変わる。次はもっといい風に、次の次はもっと幸せな方に。今日がダメでも、明日なら。明日がダメでも明後日なら!


 すると、イアンはエレンの頬の涙に触れた。イアンの手のひらは少し震えていた。

 そうして、エレンの額に自分の額をつけると囁くように「わかりました」と言った。


「この、涙に誓います……あなたが諦めない限り、私はもう二度と諦めない」


 そうして2人は、そっと唇に触れるだけの、誓いのキスをした。

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