43《19》聖女は飲み屋で乾杯した
待ち合わせ場所に着くと、アレンとイアンがとても仲良く談笑していた。お酒は我慢していたようで、おつまみをつまみながらお茶してる。
お酒は『飲み過ぎないで』と言っただけであって『禁酒しろ』とまでは言ったつもりはなかったエレンだったけれども、ちゃんと今朝のことを反省している様子の2人を見て満足げに頷いた。
うむうむ、偉い、偉いぞ! 君達は実に偉い!
というか、飲み屋でお茶飲んでるの可愛い。
そんなことを考えてると、イアンがエレン達に気づいて、アレンを小突いて笑顔を見せた。そしてアレンもエレン達を見て、リラックスした様子で声をかける。
「よう、遅かったな。どうだった?」
そしてアレンとイアンが長椅子の奥に移ったから、エレンはイアンの隣、リヴェラはアレンの隣に座る。
「うん、たぶん上手くいったんじゃないかな?
まずは上々よ。あ、メニュー見せて」
リヴェラはしれっとした顔でそんな風に言う。
さっきの泣きながらエレンに打ち明け話をしてたリヴェラは幻だったのかしらん。
白昼夢と言われたら信じてしまいそうなエレンだ。
そうしてリヴェラとエレンも飲み物を注文して、そのタイミングで食べ物も色々頼んだ。
店員さんが来たりする間は込み入った話ができないので、他愛ない話からする。
「なんだか、楽しそうにお話してましたね。どんなこと話してたんですか?」
そうエレンが聞くと、イアンが答える。
「今までできなかった話をしようってなって。
今の自国の話とか、兄さんが隣国に来てからの話とか、そういうのを話してたんです」
「へー。そんなに込み入った話するなんて……どうしたんですか? あ、もしや、今回でループが終わる自信があるとか?」
エレンはびっくりしながら更に聞いた。
続くループの中で、アレン達と深く関わることをすっかり避けるようになっていたイアンが、ここまで気を許してるってすごい。
リヴェラも「え、そうなの?」と言ってアレンを見る。イアンとアレンの声がハモった。
「いや、全然」
「全然かーい!」
エレンとリヴェラのつっこみもハモった。あと同時にずっこけた。シンクロし過ぎてびっくりして思わず見つめあってしまった。え、なにこれしゅごい!
エレンとリヴェラのやり取りが一段落したところで、アレンが言う。
「イアンに、任務と同じだって言ったんだ。
失敗した時の保険をかけるんじゃなくて、絶対に成功させる覚悟を決めろと。……捨てがたい記憶が増えるほど、今回のループにしがみつくだろ」
「なるほど……!」
「へー良いこと言うじゃない」
「ええ、本当に」
そう言ってイアンが微笑んだあたりで、エレン達の飲み物や注文してた料理が続々とやってきた。
4人がグラスを持って、リヴェラが音頭を取る。
「じゃあ今回こそ最後のループに……しないとね!
明日の成功を願って……乾杯!」
「乾杯!」
4人はグラスをカチャンと鳴らした。
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「明日のレスター王子の生誕パーティーで、前回の私は……花子さんという女性に複数回に渡り危害を加えたとして断罪されたわ。
でも、今回はエレンちゃんが、その場で花子さんの嘘を暴いてくれた。花子さん自身の言葉にも粗が多くて、冤罪を証明できたから……明日、断罪はされないと思う」
明日の作戦会議を始めると、リヴェラが真っ先にそう切り出した。イアンが素朴な質問をする。
「エレンさんが嘘を? どうやったんですか?」
「ふふふ……治癒魔法です。包帯でミイラ状態だったので治癒しようとしたら……無傷だったんですよ……」
「え、無傷?」
「あはは、あれやばかったね」
「それはエレンちゃんじゃないとわからんな」
みんなに褒めてもらえてエレンはてれてれだ。
ガヤガヤとした店内で、ドリンクをおかわりしながら色んな食べ物をつまんで、明日が決戦とは思えない和やかさで、4人は計画を練っていく。
明日は、レスター王子の生誕パーティーだそうだ。
本来、招待されているのはリヴェラだけだったけれど、今日レスター王子と会った時に、リヴェラがエレンも参加する許可を取っていた。
そして、基本的にアレンは、リヴェラが外出する際、護衛兼話相手といった感じでだいたい側にいるので、普段と違う行動をして国に警戒させるより、普段通りに振る舞うほうがいいだろうということになった。
今回も王城までは護衛として付き添い、リヴェラとエレンを送り届けた後、アレンとイアンで回避行動を取る。
「とりあえず明日私は、兄さんの周囲を見ています。万が一、兄さんの処刑が決まったとしても……助けます。なのでこちらのことは心配せず、リヴェラさん達は王子の説得に集中してください」
「うん、わかった。ありがとうイアンくん。アレンをよろしくね」
「頼むぞイアン。お前だけが頼りだ」
「イアン様、頑張ってくださいね!」
「はい。こっちは風魔法が使えるから余裕ですよ。
お2人も頑張ってくださいね」
「はい。リヴェラさん、頑張りましょうね」
「うん。……1人じゃなくて嬉しいよ。頑張ろうね」
そんな感じでみんなで応援しあって屋敷に帰った。
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「なんか、寝付けないなあ……」
エレンはしょんぼりと独り言つ。早く寝ようとベッドをコロコロ転がってたけれど、明日のことを考えると緊張して眠れない。
「なにか、飲み物でも飲も」
ストールを羽織って部屋から出た。
そうしてティールームに向かうと、ドアが少しだけ開いていて灯りが付いていた。
中から、アレンの静かで落ち着いた声が聞こえてくる。
「そうか。じゃあ……これまでの王家の歴史から鑑みると……明日は婚約発表になるだろうな」
「……うん、このまま婚約継続なら……たぶんね」
もう一人の声はリヴェラだ。
エレンは驚いて、ドアの前で立ち尽くした。
明日、断罪されなかったらリヴェラさんは……レスター王子と結婚しちゃうの……?
リヴェラの声が続く。
「そうしてたぶん……そこから1年くらいの準備期間を経て、大きな結婚式を上げるんだと思う。
……あーあ、私の自由も、ついに終わりかな!」
そんな風におどけた調子で話してる。
すると、少しだけ沈黙が流れて……アレンが言った。
「まあ……王子に甘えてみろ。王妃に楽しみ方を聞いたりな。それに、王族全員が年中不自由にしてるわけでもないだろ?」
「……うん、そうだね」
部屋にこんな時間に2人きりでいたら怪しまれるから、だから、たぶんドアを開けてるんだろう。
誰かに立ち聞きされても、見られても、自分達には一切やましいところはない。
たぶん、そんな理由でドアは少し開いていて……2人はこんな時でさえ、友人として話せる範囲の会話しかできない。
エレンはなにも飲まずに自分の部屋に戻った。
2日目が終わる。明日、運命が決まる。




