39《15》聖女は屋敷に招かれた
「酒は飲んでも飲まれるな! さんはい!」
「酒は飲んでも飲まれるな!」
「酒は百薬の長、されど万病の元! さんはい!」
「酒は百薬の長、されど万病の元!」
正座しているアレンとイアンに、エレンはお酒の飲み方の極意を復唱させた。お酒やっべえ。
今後はイアンがお酒を飲んだ翌日は、絶対に近づかないようにしようと心に決めたエレンだ。
それか、最初に治癒魔法する。
「君達はいつか酒の過ちをしそうなので、今の言葉をしっかりとその胸に刻むように! ……次にやらかしたらもう、知らないですよ」
「はい! ありがとうございます!」
……なんか、ここ最近、色々心に決めたり気をつけることを増やしてるわりに、乙女のピンチ率が高いのはなんでだろう。
あれかな。隣国はR15的な締め付けがゆるいとか? 自国だとキスもままならないというのに……!
「ただーいまー。エレンちゃん買ってきたよー」
「リヴェラさーん。おかえりなさいー」
毒々しい緑色の瓶を2本持ち、にこやかに笑うリヴェラ。とてとてと駆け寄るエレンもご機嫌だ。
「さっすがリヴェラさん! これ一番まずいやつー」
「ふふふ、ちゃんとお店の人に聞いたものー」
アレンとイアンへの罰である。
でも健康的なやつですよっ。
朝ご飯を食べる時に、お茶代わりに飲んでもらうのだ。あ、流し込もうとして同時にむせてる。
ふ、まだまだ青いな……。エレンはそんな2人を見て『坊やだからさ……』と思った。言ってみたかっただけである。
ちなみにエレンは以前マダムの一人に『おいしいから飲んでご覧、ほら騙されたと思って!』と言われて飲んだから味を知っている。『騙された!』と思った。エレンも当時は甘ちゃんだったのだ。
「あれ? リヴェラさん、指怪我してますよ?」
「あ、本当だ、いつのだろ? 乾燥してるからかな」
きらきらきら~。あんまり必要ないかもだけど、気づいたついでに治しておいた。
「なんかさっきそれアレン達にも使ってたよね? なんの魔法?」
「治癒魔法です。実は聖女なんですよ」
「え!? あ、そういえば聞いたことある! 隣国には50年に1度現れるんだよね?」
「へへー、それです」
「へー、すごいねえ」
「リヴェラさんも魔法使えたりするんですか?」
「うん、私は水魔法だよ。……苦手だけどね」
リヴェラとエレンは、そんな話をしながら、普通においしいお茶を飲み、朝ごはんを食べた。
****
リヴェラがイアンにも、屋敷に来ないかと誘い、エレンとイアンは先払いしてた連泊分をキャンセルした。
急なキャンセルも笑顔で了承した受付のお姉さん。
「またのお越しをお待ちしております」
エレンはそのうち家族とここに泊まろうと思った。新旧家族みんなで家族旅行したいなあ。
貧乏だったから日々の生活で精一杯で、そんな贅沢なことをしたことがないのだ。
いつか温泉街とかに行くのもいいかもしれない。
「わあー、おっきいー!」
そうして連れて行ってもらったリヴェラの屋敷は、エレンの屋敷のかるく3倍はありそうだ。
うわわ、しゅごい! メイドさんや執事もいますよ!
目をきらきらさせるエレンにリヴェラが微笑む。
「なにか必要なものとかあったら、その辺にいるメイドに気軽に言ってね。すぐ用意してくれると思うから」
「あ、じゃあ私……そろそろ洗濯しないと服なくなるので、洗濯してもいいですか?」
「ん、預けてくれたらうちでやっとくよ」
「わあい、ありがとうございますー」
ふう、よかった。
なんやかんやで、全然洗う余裕がなかったのだ。
割り当ててもらった自分の部屋で荷ほどきをして、遠慮なくメイドさんに洗濯物をどっさりと預けた。
そうして手帳を開いて、今日の欄に『2』と書いたエレンは、丁寧に手帳をしまいこむと、近くにいたメイドさんに、集合場所の歓談ルームに連れて行ってもらった。
****
「じゃあ、今日の方針を決めたいところだが……その前に、まず確認したいことがある。
ループ3日目となる明日……なぜ俺が死ぬのか……その理由と死因。そして、リヴェラがどうなるのかを、まず知りたい」
4人がテーブルに集まると、アレンがさっそく口火を切った。エレンもふんふんうなずく。
イアンよりも強いのに、リヴェラが何度もループを繰り返さないと生きられない……なんでそんなことになるのかが、全然わからないのだ。
「……それは……」
「リヴェラさん大丈夫です、私から話します」
リヴェラが話そうとするけれど、顔が蒼白だ。
リヴェラにとっては、つい最近の出来事で、まだ心の整理がつけられない。
イアンにとってもしんどいはずだけど……イアンは3年前から幾度となく立ち向かっていたのだろう。落ち着いて、簡潔に答えた。
「兄さんの死因は『王国反逆罪』です。
とはいえ……罪の名目は雑で粗末なものでしたが。
兄さんは明日、王国兵に捕らえられると……今もあの窓から見える『処刑塔』から落とされて死にます。
リヴェラさんは婚約破棄されますが……妾に身分を落とした上で、王子に囲われるようです」
「なるほどな」
イアンの説明にアレンは納得した様子だったが、エレンにとってはなぜ納得するのか不思議でならない。だから、質問した。
「アレンさんは、風魔法が使えないんですか?」
四元素魔法は、遺伝だと聞いている。
風魔法があれば塔から落ちたって、そのまま風に乗って空を飛んで、簡単に逃げられるんじゃないかな、と思うのだけど。
もしや、アレンとイアンは血が繋がっていないとか?それにしては、似ているのに。
すると、そんなエレンに、アレンは首のチョーカーをつまんで言う。
「理由はこれだよ、エレンちゃん。
『反逆防止の首輪』だ」
「反逆防止の首輪?」
「ああ。この国の兵士や騎士や、上流貴族の護衛に付けられる首輪だ。王家やその近親者を害することがないと、誓いを立てる時に付けられる。
そして、反逆したと王家が断定した場合……魔力を封じ込められる」
「そんなものがあるんですね……」
「ああ、そしてもっと言えば……処刑はあえてその者の魔法属性に近いものが選択される。
水属性なら水攻め、土なら生き埋め、火なら火炙り。反逆罪は、家名に泥を塗る」
「……それは……悪趣味ですね」
そんなエレンの感想を受けて、リヴェラが続ける。
「そう。だからね、アレンが私の護衛を辞めたら解決する。昨日からそう言ってるのに、全然聞いてくれないの」
「俺を殺すことが目的なら、王家が首輪を外すわけないだろ。変わるとしたら……せいぜい処刑日が早まるだけだ」
「じゃあ、逃げてよ……国に捕まらないところまで」
「お前と離れるつもりはない」
「……こんな時に、なに言ってるのよ……」
アレンがリヴェラの手を掴んだ。そして見つめる。
「俺は、ただ生きたいんじゃない。リヴェラ……お前と生きたいんだ。だから、その選択だけはない」
「アレン……」
そしてアレンがにやりと笑う。
「だが明日、お前が妾に堕ちるなら……いっそ今、お前をさらってもいいかもな」
そんなアレンの言葉に……リヴェラの目が潤んだ。
そして涙に濡れた声でつぶやく。
「……さらってよ。私を連れて、逃げて、アレン」
エレンは知っている。彼らは国外に出られない。
だから、全てを捨ててもいいという覚悟で、一緒に生きようとする2人を本当は悲しませたくなかった。
でもだからこそ、なるべく早く伝えようと思う。
エレンは言った。
「この国から、2人は出られません。以前試したけどダメだったそうです……」




