36《12》聖女と寒空と決闘
イアンと目的地に向かって歩いていると、痴話喧嘩のようなやり取りをしている美男美女がいた。
近づくにつれて会話がなんとなく聞こえてくる。
「いいから私のことはもう放っておいて!
あなたはクビよ。……お願いだから国に帰って!」
「だから、なんでか理由を言え! 急におかしいだろ、なにがあった。誰かに脅されているのか? 言え、リヴェラ!」
令嬢は、肩をつかむ剣士を離そうと身をよじると、こちらに気づいて目を見開いた。
「イアン! よかった、ここに来たらあなたに会えるかもと思っていたの」
「こんにちは、リヴェラさん」
令嬢がイアンのほうに駆け寄る。
イアンは飄々と挨拶を返した。
エレンはこの人達が例の2人かな? とか思っている。
「イアン……?」
唯一話の流れを知らない剣士だけが、令嬢の言動と、見知らぬ男に対して怪訝な顔を向けた。
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「おい色男、リヴェラになにを吹き込んだ?」
剣士は、鞘から剣を引き抜いて、シャッキーンとイアンに突きつけた。
「やめて、アレン。私はこの人と話がしたいの」
「お前が面食いとは知らなかったな。昨日とは別人のように態度が違うのもこの男のせいか?」
「違う! 私は……運命を変えたいの」
「なんだそれ。意味がわからん」
「……さっき、理由を言えと言ったくせに……結局そんな態度じゃない」
美男美女はどんどん険悪になっていく。
エレンは、イアンの腕をつかんで見つめた。
『これどないするん?』という目で見てみる。
そしたらなぜかイアンに首の後ろをくすぐられた。
「ひゃあっ。ちょっと……イアン様?」
「あはは、すみません、可愛くてつい」
我関せずといった感じでエレンとイチャイチャするイアンに2人がポカーンとしたタイミングで、イアンが話しかけた。
「では私から説明しましょう。
リヴェラさんがあなたを解雇したがっているのは、守ろうとしているからです。
このままだと明後日には死んでしまうので。
以上、なにかご質問はありますか? アレンさん」
「ええ、イアン様、言い方……」
こんな言い方、質問だらけである。
アレンは怒りでプルプルしている。
……が、一応低い声で質問した。
「……とりあえず、お前はどこの誰だ」
「こちらの麗しい女性が2人して『イアン』と言っているでしょう? あなたの弟です、隣国の」
イアンはにやにやしながら答えた。
いつもと違うイアンの言動にエレンはぎょぎょぎょー! となっている。
こんなのいつものイアン様じゃない!
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ひゅおおお。風が鳴いている。
場面は変わり、4人は橋の下に来ていた。
アレンとイアンが向き合い、決闘の様相だ。
アレンが「その突拍子もない話を聞かせたいなら、俺と剣を交えろ」と要求したからだ。
でも剣はリヴェラとエレンがそれぞれ預かり、離れたところに座って戦いを見守る。アレンとイアンは鞘を手にしている。
鞘にも剣の柄にも、同じ家紋が彫られている。
「戦わせてもいいの? アレンは強いよ?」
リヴェラが心配して傍らに座るエレンに聞いた。
でもエレンは、ちょっと微笑ましい気持ちで見ていた。イアンが嬉しそうに見えるから。
「ええ、いいんです。……たぶんイアン様、お兄さんと久々に剣を交えたかったんだと思うので」
イアンとアレンはとても似ている。
髪や目の色といった特徴だけじゃなくて、剣を持つ佇まいとか。
向かい合っている2人を端から見ていると『やっぱり兄弟なんだな』と思う。
距離やタイミングを推し測っていたそんな2人は、一枚の葉がカサリと落ちた時、同時に土を蹴った。
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「はい、エレンちゃん」
「わあ、ありがとうございます、リヴェラさん」
「どういたしまして。終わらないねえ」
「うん、接戦ですね」
河原でじっと座って見守っているのはちょっと寒くて、そうしたらリヴェラが屋台で温かいジュースを買ってきてくれた。
手がほんわかして幸せ。でも冷めちゃう前に飲もう。甘くて温かくておいしい。
エレンは気になっていたことを聞いてみる。
「リヴェラさんは……ループしてる記憶があるんですか?」
「うん……あるよ」
その言葉にエレンは蒼白になる。
「じゃあ……リヴェラさんは……何度も……何十、何百と……アレンさんが亡くなるところを……見てきたんですね……」
この3年間……3日目になる度に?
それはなんて残酷なんだろう。
エレンなら、気が狂い発狂してしまうと思う。
でも、そんなエレンの言葉に、今度はリヴェラが驚いた顔をする。
「え、どういうこと?」
「え?」
エレンとリヴェラは不思議そうな顔をして見つめあった。根本的なところで、なにか大きな思い違いをしている?
その時、キィン! と透き通る金属音がした。
イアンの持つ鞘が弾き飛ばされて、アレンがイアンの顔面ギリギリに、鞘を突きつけた。
勝負はアレンが勝ったようだ。
「参りました。……勝ちたかったな」
そう言うイアンに、アレンがにやりと笑う。
「お前の兄だからな。負けるわけにはいかんだろ」
その言葉にイアンが驚いたような顔をしている。
アレンは続けて言った。
「イアン、お前の言うことを全面的に信じる。
それがどれほど信じ難いことでも。苦しみや痛みを伴うとしても。お前を信じる。
……最後に見たお前が、最大の努力を重ねに重ねなければ、到底到達できないような……いい剣筋だった」




