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36《12》聖女と寒空と決闘

 イアンと目的地に向かって歩いていると、痴話喧嘩のようなやり取りをしている美男美女がいた。


 近づくにつれて会話がなんとなく聞こえてくる。


「いいから私のことはもう放っておいて!

あなたはクビよ。……お願いだから国に帰って!」


「だから、なんでか理由を言え! 急におかしいだろ、なにがあった。誰かに脅されているのか? 言え、リヴェラ!」


 令嬢は、肩をつかむ剣士を離そうと身をよじると、こちらに気づいて目を見開いた。


「イアン! よかった、ここに来たらあなたに会えるかもと思っていたの」


「こんにちは、リヴェラさん」


 令嬢がイアンのほうに駆け寄る。

 イアンは飄々と挨拶を返した。

 エレンはこの人達が例の2人かな? とか思っている。


「イアン……?」


 唯一話の流れを知らない剣士だけが、令嬢の言動と、見知らぬ男に対して怪訝な顔を向けた。


****


「おい色男、リヴェラになにを吹き込んだ?」


 剣士は、鞘から剣を引き抜いて、シャッキーンとイアンに突きつけた。


「やめて、アレン。私はこの人と話がしたいの」


「お前が面食いとは知らなかったな。昨日とは別人のように態度が違うのもこの男のせいか?」


「違う! 私は……運命を変えたいの」

「なんだそれ。意味がわからん」


「……さっき、理由を言えと言ったくせに……結局そんな態度じゃない」


 美男美女はどんどん険悪になっていく。

 エレンは、イアンの腕をつかんで見つめた。

『これどないするん?』という目で見てみる。

 そしたらなぜかイアンに首の後ろをくすぐられた。


「ひゃあっ。ちょっと……イアン様?」

「あはは、すみません、可愛くてつい」


 我関せずといった感じでエレンとイチャイチャするイアンに2人がポカーンとしたタイミングで、イアンが話しかけた。


「では私から説明しましょう。

リヴェラさんがあなたを解雇したがっているのは、守ろうとしているからです。

このままだと明後日には死んでしまうので。

以上、なにかご質問はありますか? アレンさん」


「ええ、イアン様、言い方……」


 こんな言い方、質問だらけである。

 アレンは怒りでプルプルしている。

 ……が、一応低い声で質問した。


「……とりあえず、お前はどこの誰だ」

「こちらの麗しい女性が2人して『イアン』と言っているでしょう? あなたの弟です、隣国の」


 イアンはにやにやしながら答えた。

 いつもと違うイアンの言動にエレンはぎょぎょぎょー! となっている。


 こんなのいつものイアン様じゃない!


****


 ひゅおおお。風が鳴いている。

 場面は変わり、4人は橋の下に来ていた。


 アレンとイアンが向き合い、決闘の様相だ。


 アレンが「その突拍子もない話を聞かせたいなら、俺と剣を交えろ」と要求したからだ。


 でも剣はリヴェラとエレンがそれぞれ預かり、離れたところに座って戦いを見守る。アレンとイアンは鞘を手にしている。

 鞘にも剣の柄にも、同じ家紋が彫られている。


「戦わせてもいいの? アレンは強いよ?」


 リヴェラが心配して傍らに座るエレンに聞いた。

 でもエレンは、ちょっと微笑ましい気持ちで見ていた。イアンが嬉しそうに見えるから。


「ええ、いいんです。……たぶんイアン様、お兄さんと久々に剣を交えたかったんだと思うので」


 イアンとアレンはとても似ている。

 髪や目の色といった特徴だけじゃなくて、剣を持つ佇まいとか。

 向かい合っている2人を端から見ていると『やっぱり兄弟なんだな』と思う。


 距離やタイミングを推し測っていたそんな2人は、一枚の葉がカサリと落ちた時、同時に土を蹴った。


****


「はい、エレンちゃん」

「わあ、ありがとうございます、リヴェラさん」

「どういたしまして。終わらないねえ」

「うん、接戦ですね」


 河原でじっと座って見守っているのはちょっと寒くて、そうしたらリヴェラが屋台で温かいジュースを買ってきてくれた。


 手がほんわかして幸せ。でも冷めちゃう前に飲もう。甘くて温かくておいしい。

 エレンは気になっていたことを聞いてみる。


「リヴェラさんは……ループしてる記憶があるんですか?」

「うん……あるよ」


 その言葉にエレンは蒼白になる。


「じゃあ……リヴェラさんは……何度も……何十、何百と……アレンさんが亡くなるところを……見てきたんですね……」


 この3年間……3日目になる度に?

 それはなんて残酷なんだろう。

 エレンなら、気が狂い発狂してしまうと思う。


 でも、そんなエレンの言葉に、今度はリヴェラが驚いた顔をする。


「え、どういうこと?」

「え?」


 エレンとリヴェラは不思議そうな顔をして見つめあった。根本的なところで、なにか大きな思い違いをしている?


 その時、キィン! と透き通る金属音がした。


 イアンの持つ鞘が弾き飛ばされて、アレンがイアンの顔面ギリギリに、鞘を突きつけた。

 勝負はアレンが勝ったようだ。


「参りました。……勝ちたかったな」


 そう言うイアンに、アレンがにやりと笑う。


「お前の兄だからな。負けるわけにはいかんだろ」


 その言葉にイアンが驚いたような顔をしている。

 アレンは続けて言った。


「イアン、お前の言うことを全面的に信じる。

それがどれほど信じ難いことでも。苦しみや痛みを伴うとしても。お前を信じる。

……最後に見たお前が、最大の努力を重ねに重ねなければ、到底到達できないような……いい剣筋だった」

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