32《8》聖女の入浴シーンはありません
「このソファーなら背もたれを切り替えるとベッドになるので、元のソファーと入れ替えますね。
あと、眠る際はこちらの毛布をご利用ください」
「なにからなにまで……ご親切にありがとうございます。本当に、助かりました」
「いえいえ。今後もご贔屓にしていただければ」
「はい、もちろんです!」
ホテルの男性従業員が2人がかりでソファーを入れ替えてくれた。
エレンがお礼を言うと、毛布を持って来てくれた受付のお姉さんが、にこっとして答えてくれる。
タオルも補充してくれたし。
部屋も1フロアだけど、思っていたよりずっと広い。
「イアン様お風呂どうします? 先に入りますか?」
「……いえ、夕飯とか買ってくるので、よかったらエレンさん先に入ってください」
「はい、じゃあ先にお風呂いただきますね」
荷馬車に揺られたり街を練り歩いたりで、疲れてたエレンは内心とても喜んでいる。
「エレンさん、なにか必要なものあります?
パジャマとか持ってきましたか?」
「パジャマは大丈夫なんですけど、歯ブラシ忘れちゃいました」
「じゃあそれも買ってきますね」
「はい、ありがとうございます」
エレンが急に押し掛けたのに、イアンは本当にできる男である。
訓練場の兵士達は、エレンが適当に作った家訓を、後生大事にしているけれど……イアンに弟子入りするほうがいいんじゃないかと思う。
イアンがホテルに帰って早々に、また出て行こうとしたので、ドアまで見送って声をかけた。
「イアン様いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
****
「わー綺麗なお風呂……!」
エレンは感嘆の声を上げた。とりあえず蛇口を最大にひねって、ドボボボボとお湯を溜める。
エレンの感覚的には贅沢すぎるお部屋だ。
なんとシャワーもついているしお風呂も広い。
湯船だけで2畳くらいある。
お湯溜めるの時間かかりそー!
……と思ったけれど意外と浅いのか、思ったより早く溜まりそうだ。
空間の使い方が実にオシャレで贅沢でやんす。
ちなみにこの世界、魔法の恩恵を上手く利用しているっぽくて、水とかお湯は蛇口をひねれば出てくるし、コンロを付けたら火が燃える。
中の魔石が消耗品なので、なんかその辺りがいい仕事をしているのでしょう。
安全設計なので攻撃とかには使えない。
エレンはとりあえず、蛇口のひねり方と、コンロの付け方さえ知っていれば暮らしていけるので、詳しいことは知らずに生きている。
なので、詳しく知りたい人は、専門家に聞くようにしてくれよな!
お湯を溜めてる間に、エレンは着替えとかを用意して洗面所の扉を閉めた。
服の飾りリボンを紐解いてボタンを外すと、するすると着ているものを脱いでいく。
……果たして、こういうサービスシーンはいるんだろうか? お風呂シーン見たい? 見たい? ねえねえ?
のび太さんのエッチ!
エレンは贅沢なお風呂に入って、すっかりぬくぬくぽっかぽかになった。幸せ気分でお風呂を上がると、部屋に戻ってまったりした。
****
ガチャリと玄関先から音がしたので、イアンが帰ってきたのかなと思い、エレンは廊下に顔を出す。
「あ、やっぱりイアン様だ。おかえりなさい」
「エレンさん、ただいま」
「あらあら、なにやら大荷物ですね。
ってん? どうしたんですか?」
イアンがなんだか嬉しそうだったから、エレンも笑顔を向ける。
「いや、なんか幸せが押し寄せて。……ああ、自分のパジャマとかも買ってたんです。はい、歯ブラシ」
「ん、ありがとうございます。……あれ? イアン様、パジャマなかったんですね」
「まあ、1人ならいらないですからね」
「ふうん?」
エレン的には1人でもパジャマいるけど。
は! もしやイアン様は……寝る時に身につけるのは香水だけ、的な人なのかしらん。
きゃー! なんてセクシー!
というのはエレンのただの妄想である。
恥ずかしいので聞くことはしない。
「エレンさん、髪の毛濡らしたままだと、また風邪引きますよ。乾かしましょうか?」
「風魔法で?」
「はい、風魔法で」
「わあい、お願いしますー」
そうして2人でソファーに座ると、エレンの髪の毛に心地よい風が吹きかかる。
イアンは手ぐしで乾き具合を確かめながら、エレンを優しく見つめて、丁寧に髪を乾かしてくれた。
風魔法ってもしかしたら、四元素魔法の中で一番使い勝手いいんじゃないかしらん。攻撃、防御、飛行もできて、日常生活にも使えるんでしょ?
いいなあいいなあ、ず、る、い!
こちとら治癒魔法しか使えないのに!
あ、でも今ふと閃いたのだけど、治癒魔法は光魔法と言われる通り、きらきらしている。
実は照明にも使える?
エレンは今度、暗がりを明るくしたい時にでも、試してみようと思った。




