31《7》聖女は騎士に再会して抱きついた
隣国にはその日の夕方前には到着した。
おっちゃんは仕入れして休憩したら、夜中荷馬車を走らせて、翌日の早朝には自国で仕出しできるようにするらしい。
平日はいつもだいたいこのスケジュールで、おっちゃんかその息子が隣国に来ているそうだ。
『だから、帰りたくなったらここにおいで』
と、帰る日の待ち合わせ場所を教えてくれた。
なにやら帰りも普通に乗せてくれるっぽい。
「うん、本当にありがとう。おっちゃん、またね」
「ああ、またな、エレンちゃん」
親切な卸業者のおっちゃんと別れて、隣国で1人になったエレンは、真っ先に手帳とペンを買った。
3年前のスケジュール帳だけど、曜日を振り直して、今日の日付の部分にチェックをつける。
この手帳を使って、繰り返す日々の中で、今が本来、何月何日なのかを管理しようと思っている。
隣国の人の感覚だと、今日はいつなのかな?
エレンはふとそう思って、その辺の人に今日の日付を聞いた。そしてその日付もスケジュール帳に書き込んだ。
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「結構、日が暮れてきちゃったなあ……」
エレンは空を仰いでつぶやいた。
カラスが鳴くからかーえろ。
……くらいの黄昏時だ。あっという間に。
この広い街中からイアンを探すのは思ってたより大変だった。
『最近この国に来たばかりの男性で、しゅっとしたかっこいい感じで、明るい茶髪で青い瞳の人なんですけれど知りませんか?』
みたいな感じで、女性を中心に聞いて歩いている。
イアンは目立つから何人か目撃者はいたけれど……少しずつでも近づいているんだろうか。
街を歩く女性も減ってきてしまった。
さすがに知らない街で見ず知らずの男性に、人を訪ねようとは思えないエレンである。
だってもしも『見たよ! 連れていってあげる』と言ってどこかに連れ込まれたら……ひええ!
まあ、たぶん護衛も隣国に来てくれているから、助けてくれると思うけれども。だからと言って、わざわざ自ら危険をおかすこともなし。
男性に聞くとしたら、店の店主かな。
そろそろ宿探しをしたほうがいいかもしれない。
そうしてエレンは、なるべく人の多くて明るい場所を歩いていた。
背後から声をかけられたのはそんな時だ。
エレンは振り返り、ほっとして笑顔になる。
目の前には、エレンの探し人。
彼は戸惑い呆然とした顔をしている。
「エレンさん……どうしてここに……?」
「イアン様! よかったです、無事に会えて」
エレンは、イアンの側まで駆け寄ると、旅行バックをどさりと落として、イアンに抱きついた。
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「申し訳ありませんが、満室です」
「そうですか……」
ちーん。
とりあえずホテルを決めてチェックインしなくてはと、イアンの泊まっているホテルに連れて行ってもらったエレンは、受付のお姉さんの言葉に、がっくりと肩を落とした。
こんなことなら真っ先に、ホテルを取っておけばよかったなー。まあ終わったことは仕方ないので、次回のループはちゃんとしよ、と思うエレンである。
「近くにおすすめのホテルってありますか?」
隣にいるイアンに聞いてみると、イアンは少し考えて答えた。
「そうですね……たぶん、このホテルが一番です。
綺麗で清潔だし、治安もいいですよ。
……だから、エレンさんは私の借りてる部屋を使ってください。私はどうとでもできますから」
そう言ってイアンが微笑んだ。
紳士! ベルトオブ紳士! なんということでしょう!
話の前半の流れ的に、エレンは『なので一緒に寝ます?』とか言われたらどうしようかと思っていた。
しかも『まあでも……イアン様……なら……』などと一瞬思ってしまったりもしたので、慌てて頭の上のもやもやを手でぱたぱた追い払う。この邪念は墓場まで持っていこうと心に誓うエレンである。
「ありがとうございます、イアン様」
「いえいえ。私が安心したいだけですから」
そんな感じでエレンとイアンが2人の世界に入っている間に、イアンにホテルを誉められて感動した受付のお姉さんが、なにやら確認を取って戻ってきた。
「あの、お客様。もしよかったら、お部屋に簡易ベッドを置いてツインにできます。その場合お2人目の宿泊費用は半分で構いませんわ」
「わあ、すごい! ありがとうございます!
ねえ、イアン様、ツインにできるそうですよ?」
さっすがイアン様イチオシのホテル!
素敵なおもてなしに、エレンは泊まる前からこのホテルのファンになってしまった。
だが、イアンはめちゃめちゃ戸惑っている。
「えっと……エレンさんはそれでいいんですか?」
「ん? なにがですか?」
エレンは首をかしげた。
ちなみにエレンはアパート暮らしの頃、血の繋がっていない義理の父と2人で同じ部屋にふとんを並べて普通に寝ていた。
ついでに言うと魔獣が凶暴化して物騒だった頃は、ふとんをくっつけてアパートに泊めた4歳違いの弟を真ん中にして、川の字で3人で普通に寝ていた。
さらに言うと、エレンが新しい家にもらわれる前の家は貧乏で、1部屋に4人でみちみちに寝ていた。
ベッドが違うというのは、とても贅沢なのである。
つい先ほど、見知らぬ男性がどうとかと自己防衛していたわりに、ガードゆるゆるなエレンだ。普通とはなんぞや。
「あの、イアン様?
私は、簡易ベッドのほうで全然いいので、イアン様は普通のベッドを使ってもらえれば」
おや? ベッドが気に入らないわけでもないようだ。エレンは再び首をかしげた。イアンがなにに躊躇しているのかエレンは本気でわからない……!
一緒に泊まれば夜通し話せそうなんだけどなあ。
それに、イアン様が今日どこに泊まるのかの心配もしなくてよくなるし。良いことづくめだよね?
そう考えるエレンは、尚も言葉をつむぐ。
「……私は、イアン様と一緒に泊まれるほうが嬉しいです。会って色々なことお話ししたかったから……」
エレンの言葉の前半で『え、本当に?』みたいな顔をしたイアンは、エレンの言葉の後半でがっくりとして言った。
「えっとじゃあ……簡易ベッドを置いてもらいましょうか……」
受付のお姉さんが「かしこまりました」と笑顔で言った。




