30《6》聖女は隣国に行くことにした
「……同じ3日間を繰り返す……時が止まった国……」
エレンは先ほどのウィリアムの言葉を、独り言のように、小さく繰り返した。
システムとかシナリオとか、バグだとか……なんだかまるでゲームの世界。
でもそういえばエレン自身、前世の記憶を思い出した時は、この世界が乙女ゲームの世界なのかもしれないと思っていた。
でも、一人一人に人格があって、それぞれに自分自身の考えがあって、なにかしら頑張っていて……
傷つけば苦しいし、楽しい時は笑うし……みんなリアルに生きている。
だから、この世界はゲームなんかではないと、今のエレンは思っている。だから今のエレンは、隣国の話を聞いて真っ先にイアンのことを心配している。
「時の止まった国に入って……イアン様は大丈夫なんでしょうか。閉じ込められたりしませんか?」
ウィリアムが微笑み、『大丈夫』と言外に伝える。
「ええ。時が止まり同じ日々を繰り返しているのは、バグが始まる前からあの国にいる人だけです。今あの国に入っても……記憶は残るし、減ったお金も元には戻りません。イアンは何度も行っているので、危険なこともしないでしょう」
「よかった、そうなんですね」
ウィリアムが色々教えてくれたおかげでやっと隣国のことが少し理解できた。もし、繰り返しの法則を知らなかったら、3日経ったら元に戻ると思って色々無茶したりとかもしていたかもしれない。
お金を無駄遣いしたりとかね!
まあでもその法則がなかったら、働かずに楽して暮らせるはずで、そしたら隣国はニートだらけだったはずである。
遠征から10日ほどで、復興支援の任務を終えた騎士団と兵士達が帰ってきた。
なんでエレンにわかったかと言うと……多少怪我をしていた面々に、治癒魔法をかけて労ったからだ。
最近平和なので、小さな怪我でも可能な限り人々に治癒魔法を使うことにしているエレンである。
顔馴染みの兵士にイアンのことを聞いてみると、ウィリアムの予想通り、任務が終わった後、1人で隣国に向かったとのことだった。
そして、それとは別ルートで、同じ日にエレン宛に手紙が届く。イアンから手紙をもらったのは初めてだった。綺麗で丁寧な文字が綴られている。
『確かめたいことができました。
まだ、しばらく帰ることができません。
ですが心配しないでください。
エレンさんにまたお会いできる日を、
心から楽しみにしています。』
エレンはその手紙を読み……隣国に行くことにした。
その手紙を読んだ瞬間……イアンがなにかを1人で頑張ろうとしていると、感じたから。
そして、イアンの側にいたいと強く思ったから。
刹那的な衝動だけど、エレンはなにか強い衝動を感じた時は、頭で考えていることよりも、その衝動を優先すると決めている。
『なんで?』と人に聞かれても、理由はうまく説明できないけれど。そのやり方が、一番後悔しない生き方だと、エレンは確信していたから。
手紙を届けてくれたのは隣国から果物等を買い卸してる業者で、八百屋とも取引をしているから、エレンとは以前からの顔馴染みだった。
翌日も早朝から仕入れに行くと言っていたので、エレンは荷馬車に乗せてもらえるように交渉した。
国にも、明日から隣国に行きたいと伝える。
そして荷造りをした。
旅行バックに荷物を詰め込む。
着替えは2着、下着は3組、パジャマ代わりのワンピースを1着。あとは必要そうな小物類。
とりあえずこんなもんかな?
向こうで洗濯したらいいし、足りないものは買えばいい。
「ずいぶん急ね」
「気をつけなさい」
そんな感じで、新旧家族に心配をかけながら。
エレンは笑顔で手を振った。
「うん。いってきます!」
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ガタゴトと揺れる荷馬車の中で、エレンはいくつか買った食べ物をかじりながら、御者台にいる馴染みの卸業者のおっちゃんと話をしている。
「エレンちゃんは、隣国でしばらく過ごすつもりかい? 3日以上?」
「うん、一応。……まあ、何日過ごすかは考えてないんですけどね」
イアンがあとどれくらいの期間、隣国に留まるつもりなのかがわからないので、エレンはそんな風に答えた。
業者のおっちゃんは「そうかー」と言いながら馬を操っている。
「じゃあ隣国で過ごすコツを教えよう」
「おお、そんなものが!? コツってなんですか?」
さっすがおっちゃん! 頼りになるう!
おらわくわくすっぞ!
と、わくわくしながらおっちゃんの言葉を待つエレンに、業者のおっちゃんは、のんびりと言う。
「コツはなあ……深入りしないこと。親しくならないこと。
……3日目が過ぎたら出会う前からやり直しだ。
こっちがいくら相手を知っても、親しみを持っても……相手は自分との記憶を無くしてしまう。
そうして……自分ばかり歳を取るんだ……。
そのうち、関わるには不自然な年齢差になるんだ」
おっちゃんは達観しているようでいて、寂しげにも見えて……エレンはなにも言えなかった。
ガタゴトと、荷馬車が立てる音だけが、しばらくの間、主張していた。




