29《5》聖女の知らなかった他国の話
「へー。確かに……なんでも思い通りにできちゃうと、大変ですもんね。内部破壊とか怖い……」
「ええ。他にも……例えば、魔力のない人間には、過剰な攻撃魔法は使えないといった制限がありますわ。騎士が剣を持つ理由です」
「ほほー」
魔法って便利だなあとしか思ってなかった。
でもそんな風に危機感なくぼんやり過ごせたのもその『世界の倫理観』のおかげなのかもしれない。
「でも『通常は』って言うってことは……抜け道があると言うこと?」
ルカがクッキーを食べながら首をかしげて質問した。するとマーリンが嬉しそうにする。
「ルカくんの考え方、柔軟で素敵ですよ。
……基本的にこの倫理観は世界共通なので安心してください。ただ……この国のシステムにはありませんが……国によっては歴史のシナリオ上、まれにその倫理観が崩れることがありますわ」
「え。システム?」
「シナリオ?」
エレンとルカの頭上に疑問符が浮かびまくる。
なんかマーリンがさらりと言ったけれども。
え。そういうのって、普通に言っていい話題なの?
その反応にマーリンとウィリアムが懐かしそうな顔をする。
「なんか……ぼく達が初めてこの話を聞いた時を思い出すね。マーリン、歴史のシナリオのほうはぼくから話してもいい?」
「はい。ウィリアム様のご講説、久々に聞きたいです」
なんか2人に特別な思い出があるのか、若干2人の世界に入って微笑み合うウィリアムとマーリンだ。
素敵な思い出みたいだし、あとで聞いてみようと思うエレンである。教えてくれるかな?
ウィリアムが話し出す。
「歴史のシナリオと言うのはね……巫女の預言だったり、言い伝えとかでその国に定められている未来の事象のことです。『国が昼夜問わず闇に囚われた時、倫理を覆す災いが降りかかるであろう』とかそういうやつ。……最果ての国がそんな感じで、結構この国に移住してくる人は多いですね」
「へええええ。……って、んん? ……あの、なんかそれ……この世の終わりみたいな預言なのに……別の国への移住程度で避けられるんですか?」
大災厄っぽいのに、それにしては規模が小さそうでなんか変な気分。なんかもやっとする。いやまあ、小さいほうがいいんだけどね!?
そんな疑問を口にすると、マーリンが説明を引き継いだ。
「えっとですね、国によって魔法の性質や仕組が異なるんです。それを国別システムと呼んでいます。
基本的に、ある国が災厄に見舞われても……他国は影響を受けません」
「ほほー」
「また、人も動物も、その国の特性に引きずられて力が変質するので……例えば、獣人の国に行くと、魔法が使えなくなる代わりに猫耳が生えたりするそうですわ」
「ええ!? なにそれ行きたい……!」
「ふふ、楽しそうですよね。最近鎖国を解除したばかりで、今話題の観光スポットなんですよ」
「へー。世界って広いんですね! 楽しそう……!」
見知らぬ地を思って目を輝かせるエレンに、マーリンが魅力的な提案をする。
「エレンさん、国外に出られるようになったんですよね? 学園の長期休暇に、行ってみましょうか?」
「わーいいですね! 行きましょ行きましょー。
私、この前の報酬『自由に旅行に行ける権利』にしてよかったあ」
つい先日、王国を救った報酬として王様が『欲しいものをなんでも与える』と、とても気前のいいことを言ってくれた。
そこで、聖女になったことにより王国の外を出られそうになかったエレンは、自由を希望したのだ。
『え? え? 宝石とかじゃなくて?』と、王様はものすごくうろたえていたけれど、最終的には、エレンの希望を叶えてくれた。
「ねえねえお姉ちゃん、ぼくも行きたい」
「うん、もちろんいいよ。ルカも一緒に行こ!」
慌てるのはウィリアムだ。
「ちょっと待って、ぼくも行きたいんですが!
たぶん他国に行くハードルぼくが一番高い……!
根回しの時間をください!」
「えー?」
「時は金なりですわよ?」
「ウィリアム様の分も楽しんでくるね?」
「ルカくんのセリフに、一番心がえぐれた!」
そんな感じで、和やかに楽しく魔法や他国について学んだ。
「そういえばイアン様、隣国近くの村に土砂崩れの復興支援に行くって言ってましたけど……学園を、2週間も休んで大丈夫なんでしょうか……」
エレンはふと気になって聞いてみた。
まあ、大丈夫だから行くんだろうけれども。
……と、思っていたのに。
マーリンとウィリアムが微妙な表情をしている。
あれ? なんか思ってた反応と違う。
エレンは首をかしげた。
マーリンが訝しげな表情で言った。
「国からの要請の時は授業が免除されるんです。
でも……イアン様の受けてる任務……隣国近くの村の復興支援、なんですね。2週間は長いと思いますわ。歩兵もいたら確かに、往復に日数はかかるでしょうけれど……それでも土砂の撤去等は、魔法で比較的簡単にできますもの。免除されるのはせいぜい10日くらいかと思います」
「え……じゃあ、なんで……?」
イアン様は嘘を言ってたということ?なんの為に。
「……不安になることはありませんよ。イアンが学園を休むことは時々あるんです。たぶん、隣国に立ち寄るつもりなのでしょう。彼の兄がいるので」
マーリンの言葉に少し不安になっていたエレンは、ウィリアムの言葉でほっとした。
「なんだあ。隣国に行きたいなら、そう言えばいいのに。イアン様ってお兄様がいたんですね。
……ってあれ? どうしたんですか2人とも。
……隣国はどんな国なんですか?」
「……時が止まった国。同じ3日間を繰り返すバグが、もう、3年間続いています」




