25《1》聖女は婚約破棄される夢を見る
「エレン・マーシャル! 君との婚約を破棄する!」
「なんですってええーー!?」
場所はパーティー会場? 卒業パーティー?
とにかくなにやらきらびやかなところにエレンはいた。エレンの装いもドレスである。
いやー! 嘘でしょ!?
こここ、婚約破棄ー!? 誰が!? 私かっ!
どっひゃー!
「ってんん?」
エレンは首をひねった。
目の前には見目麗しい王子様っぽい人。
その後ろには、ややぷにぷにした可愛らしい小動物のような女の子だ。
誰やねん。
どっちも誰やねん。
エレンは心の中で2度ほどつっこみを入れた。
そんなエレンの心境はなんのその。
謎の婚約者は実に偉そうである。
「ふっ、なにか言い分があるなら聞いてやろう。
まあ、この令嬢に嫌がらせをしたという確固たる証拠がたんまりとあるから、言い逃れなんてできないだろうがな!
……ん、なに? 聞こえない。え? もう一回言って?」
「だ、か、ら……どっちも誰!?」
「そこから!?」
エレンの衝撃的な発言に、周りはびっくりだ。
だがしかし、エレンだって大混乱真っ最中なのでいた仕方なし。
こここ婚約者ー!? こんな人が?
え、なんで? イアン様は?
「あの、そんなことよりイアン様は?」
「そ、そんなことだ……と……!?」
心の中で留めておいたらよかったものの、ついつい声に出てしまったエレンである。
『いっけね! やっちまった!』と一瞬思ったものの『まあいっか、別にこんな人知らないし。それに婚約破棄したいとか言ってるし』と即効で開き直る。
「だって私、あなたを知りません。
それに私が敬愛している方はイアン様です!
なんで私、イアン様じゃない人と婚約してるの?」
ざわめく会場。ぷるぷると震える王子様もどき。
あれ? イアン様は本当にどこ?
エレンはきょろきょろした。
すると目の前の王子様風の人がにやりと嫌な笑みを浮かべた。人の不幸を喜ぶような下卑た笑み。
途端にエレンの心を薄暗い不安が支配する。
「まだあいつのことを言ってるのか?あいつは……」
その言葉を聞いて、エレンの心がひやりとする。
でも認めたくなくて、エレンは後ずさり踵を返すと、ドレスをつまんで駆け出した。
そんなわけない。そんなわけない!
一生懸命イアンを探す。
でも、エレンは頭の端でちゃんと気づいている。
この場面が来てしまった時は……
『ゲームオーバー』だ。
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「お姉ちゃん大丈夫? しんどいの?」
「……ルカ……あれ? あ、夢かあ」
エレンは泣いていた目をこすった。
そしてなんでここにいるんだろうとぼんやり考えて、さっきのは夢だとようやく理解する。
確かエレンは数年ぶりに風邪を引いて寝てたんだった。
「怖い夢見てたの?」
「うん。まあ、ほとんど忘れちゃったけどね」
そう言うと、ふうんとルカが相づちを打った。
飲み水を取り替えに来てくれたようだ。
「イアン様がお見舞いに来てるけど会う?」
「……会う」
「え、会うの? 昨日は恥ずかしいから嫌だって言ってたのに?」
「あれ? そうだっけ? ……今の私、イアン様に見せたら恥ずかしいかな?」
「ううん……大丈夫だよ。じゃあ呼んでくるね」
「うん、ありがとう」
弟のルカはベッドのサイドテーブルに水の瓶を置くと、エレンのお礼ににこりと笑って部屋から出て行った。
足音が遠ざかり、別の足音が近づいてくる。
そしてコンコンと扉がノックされた。
「はあい、どうぞ」
「こんにちは、エレンさん。……お邪魔します」
「いらっしゃい、イアン様」
ちょっと居心地悪そうな緊張したような感じで、イアンが初めてエレンの部屋に入ってくる。
その様子を見るとなんだか微笑ましくて、エレンはにこにこしながら迎え入れた。




