21 聖女と元大聖女
あれ? なんで私、こんなところにいるんだろう。……そうだ……帰らないと。
灰色の雪が降る白い世界を、前後左右も上下すらも……なにもかもがわからないまま、エレンは夢見心地でさ迷い歩いていた。
そうしていると、しばらくして、自分と同じピンクブロンドの髪色をした後ろ姿を見つけた。
この背丈でこの髪色なら旧弟だ。
エレンはとことこと近づいて話しかけた。
『ねえ、こんなところでなにしてるの?』
でも、旧弟と思っていたのに、エレンに振り返った表情は、旧弟とはまったくの別人だった。
あれれ~? おかしいぞ~? 旧弟と間違っちゃった。
でも顔の造り的にはすごい似てる。
そういえば、他人のそら似って3人いるんだっけ?
エレンが間違えた旧弟と似てる女の子は、微笑みを浮かべてこちらを見ている。
旧弟のことも、常々『可愛い顔だなあ』と思ってほっぺたつんつんしたくなるエレンは、この子にも同じことをしたくなるけれど、自重した。
ちなみに旧弟には、9歳くらいの時に嫌がられて以来つんつんしてない。
『うんと、はじめまして』
とりあえず挨拶してみる。
こんな真っ白な世界で人に会えてよかった。
「私はあなたを知っていたよ。
この子を守ろうとする、未熟で温かな魔力を感じていたから……。この子を助けようとしていたよね?
この時代を生きる……呪いの解き方も知らない、未熟な聖女様」
そう言って、女の子は笑う。
****
「あなたの弟にね、呪いをかけたの」
『ええ!? な、なんで?』
「んー……目的の為、かな? 国を潰したかったの」
『ええ!? ど、どうして?』
見た目が旧弟だからか、エレンはため口だ。
でも話があんまりにも急すぎるものだから、とりあえずびっくり仰天するばかりである。
他人のそら似でもどうやらないらしいし?
実の弟を他人と思ってしまうとか、お姉ちゃん失格かもなので、旧弟にばれないようにしたい。
ところで、この世界の呪いがどんなものか結局知らない……。呪いと聞いて想像するのは某RPGの呪いの装備とかしかない。
デンドンデンドンデンドン
「んー……なにから話したらいいのかな……」
女の子は首をかしげる。
「生きていた頃にね、私、人がすごく憎かったの。
でも私は、国中の人々を憎みながら……遠い昔に死んだはずだったのに……気づいたら空を漂っていた。
そして死にそうになっているこの子を見つけたの。
顔も可愛くて気に入ったから、私のお手伝いをしてもらうことにしたんだ」
なんかしれっと爆弾発言があったような気がした。
『……死にそうだったの?』
「そうだよ。私、助けてあげたんだよ?」
『あ、そうなの? それはどうもありがとう』
「うん、どういたしまして」
あれ? じゃあ、いい子なのかな?
あれ? でも助けたのに呪うのはなにゆえ?
あ、目的の為だっけ。
「あなたがね、夜逃げしてすぐの頃だよ。
この子の境遇は、なんだかとても可哀想だったから、私は余計にこの子が気に入った。
……だってこの子ならね、私が感じている憎しみを、きっと理解して共有してくれるって思ったんだ。でもね、人を傷付けたりは嫌だって言うの。
だから私は、呪いで強制したんだよ……」
『それが、もしかして……魔獣の凶暴化?』
「うん、そう」
女の子はなんでも軽く答えてくれる。
「この子が眠ったり意識を無くしたら、この子の中に入れた私の魔力が、一部変質して……ちょっとずつ魔獣に移るように呪いをかけた。
呪われた魔獣が人を傷つけたらその分長生きするし、殺されたら寿命が縮むよって教えてあげた。
あとね、もし道半ばで死んだら、残りの呪いは全部魔獣に行くから、人を傷付けたくないなら、頑張って生きてねって言ったの」
これが本当なら、旧弟の人生がハードモードすぎて、エレンはキャパオーバーだ。
えっと、夜逃げした頃にまず死にかけてて?
その日から呪われてたの?
夜逃げから半年後くらいに再会したけど……
普通に元気だったし、その後はほぼ毎日アパートにご飯食べに来ていて、基本のほほんとしてたと思うんだけど。
『夜逃げした頃に呪われたのに、最近急に具合が悪くなったのはなんで?』
「一斉討伐があったからじゃない?」
『あ、そっか……』
「この子、なるべく人を傷付けず呪いを消費できるように、睡眠時間を調整してた。
この子の心を反映してるのか、呪われる魔獣も、小さくてか弱い魔獣から始まった。……そんな感じだったから、森で人を襲ってもあっさり返り討ちされて殺されてたよ。襲われた人のほうは、ちょっと気持ち悪い魔獣、くらいにしか思わなかったんじゃないかな。
一斉討伐の後はもう少し寝るようになったけど、人々が安心して暮らせる程度に少しずつ体の中の呪いを使っていたの。
心が強くて今日ようやく意識を奪えたけど……呪う力は随分減っていて……大した脅威にできなかった。
この子すごいね。……強くて、優しい子だね」
女の子は笑っている。
『じゃあもう呪いは終わりなのかな?』
「ううん、呪いはね、解除しないといけないの。
だから、この子を助けてあげて。
今日死んだ魔獣達の、呪い返しがくる前に」
女の子が言いたいことを言い終わったからか、白くて灰色の世界が薄まっていく。
「解除コードはね、『』だよ。
あなたも……頑張っていたね」
目的は失敗したはずなのに、女の子がなんだかとても、晴れ晴れとした表情だったのが印象的だった。
****
「エレンさん! エレンさん……目が覚めて、よかった……」
エレンが目覚めると、さっきまで一緒にいたみんなが心配そうに見つめていた。
そして、イアンがエレンを抱き起こすと、そのままエレンを微かに震える腕で、強く抱きしめる。
「ここはどこ? 弟のところに行かないと……」
『ここはどこ?』と言えば『私は誰?』と言ってみたいところだけれども、一刻を争うので我慢した。
「弟さんならエレンさんの隣にいますよ。
今、私達がいる場所は八百屋の2Fです」
「あ、本当だ。よかったそばにいて……」
エレンはイアンから離れて、エレンの隣で寝ている旧弟ににじり寄った。
旧弟のおでこに手を乗せて、話しかける。
「起きて……『ルカ』」
パンッ!
そんな破裂音がした。
呪いを解くとこんな音がするんだね。
旧弟……ルカが目を覚ます。
「ルカ……大丈夫?」
最初はぼんやりしていたけれど、エレンが名前を呼んだことに気づいて小さく驚き、ほっとした笑顔を見せた。
ずっと小さな弟だと思っていたのに、その表情はちょっと大人っぽくて、いつの間にか頼りになる男の子になっていたんだな……と、エレンは嬉しいような寂しいような気分になって、笑った。
そして、色々あって大変だったけど……ようやく色々なことが終わった気がする。この感じだと、完結が近いんじゃないかな?
ここまで読んでくれた皆さま方も、
どうもお疲れ様でした。
最後まで、見てくれよな!




