20 聖女が紡ぐ光の魔法
エレンは、ぽつぽつと話した。
今、旧弟に起きている異変の話を。
そして、エレンの悩みを。
旧弟が原因不明の病に侵されていること。
魔力を与えると元気になるけれど、翌朝になると再び体の中が寒々しくなり、とてもしんどそうにしていること。
旧弟は『たぶん、もうすぐ終わる。体の中の悪いものが少なくなってきているから』と言っていたこと。
それでいて、日に日に衰弱していること。
エレンが毎朝かけている魔法が、旧弟にとって……命を伸ばしているのか……それとも削っているのか。
それすらわからないということ……。
「もし、この話を聞いたのが、魔獣が街中に現れる前だったなら……きっと今とはまったく異なる印象を持ったことでしょう……。ですが、今エレンさんの感じている、弟さんと凶暴化した魔獣との共通点。
……なんらかの関わりがあるのかもしれません」
「でも……優しい子ですよ? ちょっとわがままで、よくむくれたりするけれど……私の作るご飯が好きで、重い荷物は持ってくれて、それに……それに……」
「エレンさん、ウィリアム様は弟さんを疑っているわけではありませんわ。でも、なにか例えば……事件などに巻き込まれているかもしれません」
ウィリアムの言葉に動揺したエレンを、なだめるようにマーリンが優しく話す。
その間も続々と魔獣や魔鳥がエレン達に特攻してきていたが、イアンの作り出している風の防壁にいなされている。
小鳥やネズミ程度の力では、いてもいなくても関係ないほどに、イアンの風魔法は強い。
イアンが言う。
「それなら、弟さんに会いに行きましょう。
……その前にこの場をどうするかですが……」
その言葉に、エレンが悩みながら答えた。
「私にやらせてください。
……試したいことが、あるんです」
もしも、凶暴化した魔獣と旧弟になんらかの関連性があるのなら……エレンが旧弟に毎日使っていた魔法が、正しかったかどうかが、これでわかるはずだった。
エレンは、魔獣達に向けて温かい魔力を注ぎ込む。
温かくなりますように、元気になりますように。
そんな願いを込めた癒しの力を使う。
きらきらとした魔力が、ネズミ型魔獣の目を癒し、小鳥サイズの魔鳥の喉を治す。そして、その小さな体の中にある寒々しいところを温かい魔力で満たしていった。
「あ……」
誰かが声を上げた。
魔獣達には明らかな変化があった。
ネズミ型魔獣の目から黒いどろりとした液体が一粒こぼれ落ち……その雫は地面に落ちる前に灰色の塵となりかき消えた。
同じく魔鳥は、クチバシからどろりと黒い液体を一滴こぼす。そしてその雫は、魔獣と同じように灰色の塵になって消え失せた。
黒いどろりとした一滴のなにか。
これが凶暴化の原因だったらしい。
それがこぼれ落ちて消えた時……魔獣も魔鳥も、とても穏やかな姿となった。
「すごい! すごいです、エレンさん!」
「はは、本当に! 凶暴化を治せるなんて……!」
マーリンやウィリアムが手放しで褒めてくれる。
エレンも嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「ふふ……ふふふ!」
エレンは笑うと、その嬉しい勢いのままに、今度は手を空にかかげて大規模魔法を使った。
国中の魔獣や魔鳥が治るよう願いを込めて。
そうしてエレンは、これから訪れる平和で幸せな未来に思いを馳せる。
ああ、なんてきらきらと輝く素敵な未来。
この魔法を国中に使えば、みんなみんな元気になって、これからもずっと幸せに暮らしていける。
エレンは夢中になっていて、イアンが必死にエレンを止める声が聞こえなかった。
国中を温かくきらきらした癒しの魔法が優しく包み込む。星が降るように綺麗な光景と、その魔法が起こす奇跡。
そうして、そんな奇跡の力と引き換えに、体中の力を全て使い果たしたエレンは、意識を手放した。
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エレンは白い世界に立っていた。
上も下もわからない白い世界には……
灰色の雪が、降っていた。




