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2 聖女は騎士とキスをした

 最初は軽く触れるだけの口付けだった。ぴちゅ、みたいな可愛い音がして唇が少し離れると、イアンがエレンを見つめて甘く微笑む。そしてすぐまた次のキス。

 2回目3回目と回数を重ねるほどにキスは長く深くなっていく。


「ま、待って……ください」

「いやです……もう待てない」

「イアン様……んん」


 いやあ、らめえ。

 ……とか脳内で言ってる場合じゃない!


 キスが気持ち良くて腰が抜けて座り込みそうなところを支えられて、話そうと開けた口に舌が入ってくる。体がますます密着して、イアンの舌がエレンの口の中……歯や歯茎をなぞり、更に奥へ入っていく。


 柔らかく熱い唇に朦朧とする頭の片隅で、エレンは、早く言わなくてはと焦っていた。


「……は、あ……だめ……待って……」


 何度目かの静止の言葉を口にして、イアンの引き締まった上半身を押したらようやく体が離れた。イアンの熱い瞳と扇情的な吐息に、ちょっともうかなり手遅れな感じがそこはかとなくするけれど……言う。


「あの……えっと……誤解なんです」

「……誤解?」

「ええと……はい」

「……どういう、意味、ですか?」


 イアンがめちゃめちゃ戸惑った表情でエレンを見ている。


「あのその、マダム達に恋ばなをしないと息子さん達を紹介されそうだったので……イアン様の名前をお借りした、というか……」

「…………」


「マダム達が勘違いしたらいいなあと思って小芝居しつつ、お友達をそれっぽい表現に言い換えたというか……」

「……」


「イアン様はまだ来ていないと思ってたので……あの、すみません」

「」


 イアンはエレンに触れていた手を離して後ろに下がり、それはそれは美しい土下座をした。


****


「どうぞこの剣で、好きなだけ切り刻んでください」

「そんなこと言われて喜ぶのは、切り裂きポチョムキンくらいですよ」

「なんですかそれ」

「あ、前世の話でした……ってあぅえっと……」


 イアン は こんらん している!

 エレン は こんらん している!


 路地裏で土下座するイアンと、その前で正座するエレン。純和風な背景に変えたら「お茶どす」とか言いそうな感じである。


「ええと、あの……元々私が思わせ振りなことしたせいですし、こちらこそ、すみませんでした。なので、その、顔を上げてください……イアン様」

「……許して下さるのですか?」

「……はい。それであの、私も許してほしいんですけれども」

「あ、はい、それはもう、全然」


 微妙にお互いに目線をそらしつつ、なんとかそんな話をして立ち上がる。


「ええとじゃあその……帰りましょっか」

「そうですね……送ります。えっと……近くまで」

「あ……はい」


 いつもはエレンの家でご飯を食べていくのに、やはり距離が広がってしまったご様子。けれども今日は旧弟もいないし……新お父様の帰りが遅かったら2人きりになってしまうしそうしたらちょっとどうしたらいいかわからないのでまあ今日のところはこれでいいのかもしれない。


 ふと、イアンが真面目な顔で話しかけてきた。


「エレンさん、なにか聞こえませんか?

……悲鳴のような」


 そう言われて耳をすますけれど何も聞こえなかった。イアンは風の魔力だから耳がいいのかもしれない。


「いえ? 聞こえないです」

「そうですか。……すみません、やっぱり気になるので、ここで別れましょう」

「私も行きます。力になれるかもしれません」


 エレンの治癒魔法を知ってるイアンは少し迷って「わかりました」と言った。そしてエレンに断って抱き上げると風魔法を使う。

 一足でぐんと進み、風のように走る。


「少しでも危ないと感じたらすぐに逃げてください。無理なら置いて行きます。私はあなたを失いたくない」

「……わかりました」


 エレンはイアンにしがみつきながら、イアンの言葉を反芻して、自分のドクドク鳴る心音を感じていた。一度意識してしまうと、イアンの言葉がどれも愛の言葉のように聞こえる。


 っていかんいかんなにか事件かもしれないのに。これから向かう場所は危険かもしれないのに。


 そっと見上げるとイアンの凛々しい顔がすぐ側にあった。エレンは思っていたよりも近い距離にドキッとして、うつむいた。



 イアンの実家……スターク家は騎士の名家だ。

 騎士爵は1代限りの爵位だけれど、スターク家においては、騎士爵の最高位《勲功爵》を代々受け継いでいる。風の魔力と剣術に才覚のある一族だ。


 イアンも将来は、騎士になると言っていた。


 怪我をしてもいつも言わない。だから、ポケットに手を入れていたりとか、普段のイアンとなにか違うと感じた時にしか、エレンは治癒魔法を使ったことがないけれど。


 騎士になると決めているせいか、今回みたいな危険かもしれないことに、よく首をつっこんでいるのかもしれない。



 ……私も、失いたくない。あなたを。


 その感情を表す言葉はまだわからないけれど。



「外かもしれません」


 イアンがそう言って街の門に向かう。門番の数が普段より少なく、ざわざわと不安げな人々が見える。

 次のページは血生臭い表現が苦手な人は見ないほうがいい系かもしれないとエレンは思った。たぶん前半部分。

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