19 聖女と街中の魔獣
外に出ると、魔鳥の叫び声が激しくて……耳を塞いでも鼓膜が破れそうだ。周りと会話することも不可能に近い。
だけど、イアンが防御魔法を展開すると、4人の周りを風が包み込み渦を巻き、騒音を大きく減少させた。
「すごい! 風魔法ってこんな風にもできるんですね。よかったあ、これで会話もできますね」
「ええ、本当に助かりましたわ。
だからウィリアム様は、イアン様に防衛を任されたのですね……さすがですわ」
「え、そう?」
「や、そんな」
女子2人がそれぞれ素直に褒めるものだから、イアンもウィリアムもちょっとむずがゆそうにしている。
戦闘はあちこちで行われているようだった。
とりあえず少数の魔獣は無視して通りすぎ、集合体になっていそうな場所を目指して走る。
街中に近づくにつれて、所々不自然に、土が盛り上がっている場所を見るようになった。
マーリンが一つの可能性を示す。
「この土の盛り上がりはもしかして……亡くなった方でしょうか……」
「止まってください……確認します」
エレンが目をつぶって治癒魔法を使う。
そして微笑む。
「大丈夫です、生きています。……きっと、怪我していて動けない人が、それ以上の傷を負わないように、誰かが土魔法で守ってくれたんですね」
そんなエレンの言葉に、みんなの緊張も和らいだ。
以前、ものすごくグロい重傷者を治さないといけない日があったエレンは『ひええグロいー』と涙目になった時に、『目に頼ってはダメよエレン! 心の目で見るの!』と思って、半目で治療したのだ。
半目開けてるんかーい。
でもでもそれ以来、『目に頼らないで魔法を使うってなんかカッコいいよね!』などと考えて、少しずつ練習していたら本当にできるようになっていた。
それがまさかここで活きるとは。
人生って、なにが役立つかわからないものだよね。
エレンはそのまま集中の範囲を伸ばして、周囲一体の人達を一斉治癒した。土の中にいる人達と、傷つきながら今も戦っている人達へ。
「……目が覚めた時に、真っ暗だと怖いだろうから……意識は戻らない程度に、傷だけを治しますね」
以前はたしか半径5mくらいだったのに……今のエレンはその何倍もの距離に魔法を使えている気がした。
いつレベルが上がったんだろう。
ここ最近のエレンは、怪我人の治癒をする機会がほとんどなかった。旧弟に毎朝の日課で魔力を使っていたくらいだ。
そして、目をつぶっているエレンだけは当然見えなかったけれど……辺り一面に、きらきらとした温かく優しい魔力が、緩やかな波のように広がっていく様はとても綺麗で、今戦いの最中にいる人達に希望を与えていた。
今ここに聖女様がいる。
聖女様が自分達を守ってくれている。
****
少し開けた場所に出ると魔獣達に囲まれた。
地面を這い蠢くネズミ型の魔獣は、いずれも目が赤く濁っていて失明しているようだった。鼻をひくひくと動かしている。
木々を見上げると、枝にびっしりと小鳥サイズの魔鳥がひしめいていた。ここまで近いと風の障壁があっても、割れたような不快な鳴き声が聞こえてくる。クチバシからは血がこぼれていた。魔鳥達は血を吐きながら、潰れた喉で鳴き叫び続ける。
魔獣や魔鳥達が一斉にエレン達に襲いかかるけれど、イアンも風の防壁の出力を上げた為、攻撃はことごとく軌道を変えて、明後日の方向に吹き飛んでいく。
ウィリアムが呪文を唱えた。
「範囲攻撃、中規模 連弾」
え、この世界、呪文とかあったの!?
エレンは非常にびっくりしたけれど、イアンはそういえば無言でいつも風魔法を使っていたはず……と思い出し、余計にわけがわからない。
でも、マーリンが魔法を使うのを見て、ウィリアムの意図を理解した。
そっか、なるほどね。理解理解。
呪文じゃなくて、連携の言葉だ。
マーリンの水魔法が、周囲の家の前に水の障壁を作り出す。
その直後にウィリアムの火魔法が、周囲一体に、ボボボボボといくつもの火の玉となって現れる。
風の防壁に守られている為、熱気は届かないけれど……。エレンが数えるのを諦めるくらいの数の火球が、目が焼かれそうなくらい赤々と燃え盛っているのが見える。
そしてそれら火球のそれぞれが、意思を持っている生き物のように、魔獣・魔鳥を狙い燃やしていった。
酷く一方的だった。魔獣達が次々と息絶えていき、それでも続々と襲いかかってくる。
エレンは悲しかった。
やっぱりどこか、魔獣達に物悲しさを感じてしまうのだ。思い返すと、初めて見た魔獣も……血の泡を吹いていて、目も明らかに異常だった。
なんで、こんなことをするの?
なんで、そんなに苦しそうなの?
人の言葉を話せない魔獣達からその答えを聞くことはできないけれど……。
エレンは目を閉じて、魔獣達に意識を傾けた。
そして叫ぶ。
「ウィリアム様止めて! 攻撃しないで!」
エレンの悲痛な叫び声に、ウィリアムがぎょっとして、全ての火球を消した。
激しい光がなくなって、まだ日中なはずなのに、急に薄暗くなったような気分になる。
でもまだ先ほどまでの激しい火を目が覚えていて、目の奥がチカチカしていた。
「どうしました?」
「攻撃しないで……」
「……なぜでしょうか?」
エレンを刺激しないように、落ち着いた静かな声音で質問するウィリアムに、エレンは震えながら答えた。
「……同じなんです……弟と同じ……。弟から感じる寒くて暗い気配が、魔獣達からもするの……」




