15 聖女は弟が心配
今朝もいい感じの時間に目覚めたエレンは、朝食をラピュタパンにしーよう、と思って台所に立った。
はう、食パンの白い部分が食べられる幸せ……。
旧家族と住んでた頃はほぼパン耳だった。新家族と暮らしてからも没落してからはそうだったし、2kg50円のパン耳でお腹を満たしていた時代が非常に長い。
若干貧乏を脱出してからは8枚切りを食べるようになってそれも幸せだったが……今はなんと6枚切りを食べるという贅沢だ。家族数とも一致していてちょうどいい。ぼかぁ幸せだなぁ。
お手伝いさんは3人いてシフト制。10時くらいから来てもらっているので朝食は業務外だ。だから、それぞれが適当にパンを焼いたりして食べる。ちなみにお手伝いさんには、昼夜の料理と皿洗いと洗濯をやってもらっている。
ちなみにラピュタパンとは食パンに目玉焼きを乗っけたやつだ。黄身が半熟だと事故が起きやすい。
今日は気が向いたから家族の分も目玉焼きを焼いておく。
「おはよー」あ、家族が起きてきた。
「おはよー。目玉焼き焼いたよ」
「ありがとう。エレンもコーヒー飲む?」
「うん飲む。ありがとー」
そんな感じで他の家族も続々と集まって挨拶を交わして、それぞれのペースでもりもり食べる。
そして、旧弟が「おはよー」と言いながら降りて来たので、エレンが「おはよー。こっちにおいで」と言う。
「うん」と答えて、素直にエレンの隣の席に座り、じっとする旧弟の両手を握って、エレンは、きらきらきら~と温かい魔力を送った。旧弟は、気持ち良さそうにまったりしている。
最近、毎朝の日課になった光景だ。旧弟はこの日課の後で朝ごはんを食べる。
「どう?」
「うん、あったかくなった」
「ん、よかった」
ふらついていた日以降、旧弟は日に日に具合が悪くなっていた。でも、お医者さんに何度見せても異常がないと言われてしまう。
新旧両親はいつも通りに振る舞っているけれど、本当はものすごく心配している。もし朝、起きてこなかったら、どうしようって。
朝が来る度に顔が青白く、手が氷のように冷たい。
でも最近エレンも効率的に魔力が使えるようになってきていた。『温かくなりますように。元気になりますように』と願いながら治癒魔法を使うと、体の中の寒々しいところに温かさが満たされて、顔色が良くなる。なにが起きてるんだろう……。
「……あともう少し頑張ったら終わると思うんだ」
「そうなの? どうして?」
「……体の中の悪いものが、減ってる気がするから」
「ふーん、そうなんだ。よかったね。じゃあもう少し、頑張ろうね」
「うん」
でもエレンは心配だった。旧弟は、口では前向きなことを言っているけど、なんだか悲しそうな顔をしていて、エレンの両手をぎゅっと握っていたから。
「お姉ちゃん……今日もご飯作って?」
「……いいよ、なにが食べたい?」
「……ハンバーグ」
「じゃあ、本物のハンバーグを作ってあげる」
「本物?」
今まで食べていたのは、豆腐ましましでパン粉も入れてて、ささやかに入れてたひき肉も鳥ささみだったのだ。まあ、本物にもパン粉はもちろん入れるけれども。
「牛と豚のひき肉をたっぷり使ったやつだよ」
今日は、ウィリアム様とマーリン様とイアン様が遊びに来る日でもあるんだよね。せっかくだから夕飯も食べてもらおう。
午後から遊ぶから、買い物は午前中に終わらせようと心に決めるエレンである。
そんなわけで、旧弟がバイトの為に八百屋に向かってしばらくして、八百屋の営業時間になってからエレンもお買い物に行く。
マダム達と世間話をして、玉ねぎを筆頭に、ニンジンとじゃがいもも買った。
「もし仕事中に具合悪くなったら、ちゃんと大将に言うんだよ?」
「うん、大丈夫だよ」
「あらどうしたの? 弟ちゃん具合悪いの?」
「んーん、お姉ちゃんが心配性なだけだよ」
「えー?」
しばらく休んで家にいたらいいのに、ってくらいのレベルなのに。
「家にいてもやることなくて暇だから嫌」と言って、仕事をし続けているのだ。
仕方なく大将にもこっそり話しておく。
「弟なんですが……最近体調が悪そうなんです。自分からはたぶん言わないので、なるべく気にかけていてもらえますか?」
「わかった。責任持って見てるから安心して」
「ありがとうございます」
よし、これで安心。
旧弟もなんやかんやで楽しそうにしている。
そんな、今まで何度も見たような光景を眺めて、エレンは八百屋を離れた。




