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13 聖女と騎士の微妙な距離

「なんて言うかあれですよね。卒業パーティーで婚約破棄もきついですけど、婚約前に逃げられるとか、軽くトラウマですよね……」


 イアンは遠い目をしている。


「そ、そうですね……ええと、なんて言うか、エレンを見捨てず、今も仲良くしてくれてありがとうございます。

って言うかエレン! これは……引くわー……母さんさすがに引くわー!」


 旧母さんは、さっきまでの殺気モードから一転、イアンにとても同情していて、エレンにドン引きしている。エレンは冤罪を訴える。


「ち、ちがっ、違うよ!? 私知らない、全然知らない、本当に知らない」


 ぼくじゃない、ぼくじゃない!


 某ネコ型ロボットの西遊記の映画のやつ、新バージョンでもこのシーンあるんだろうか。なにかしらで疑われるといつもこのシーンがリフレインするエレンだ。

 もしくはレンガの壁に丸いライトがバン! と当たって隠れてたのが見つかったやっべえ! みたいな気分になる。


 助けてお父ちゃーんと思って新お父様に目を向けるとリビングにいる全員も新お父様のほうを向いた。新お父様は鏡に囲まれたガマガエルみたいになっている。


「いやーあのその……あの当時は困っててね。でもエレンに許可取ってなかったし……。そしたら私の商人としての勘が『とりあえずその金持って逃げろ』って言ったから、これは神のお告げかなー? って……思って……エレンを連れてちょっと夜逃げを……」


「そんな都合のいい神様がいるかああーー!?」


 イアンと新お父様以外の全員の心と声が一つになってハモった。こんな新お父様だが、その商人的直感で一時期は男爵位にまで登り詰めた栄光の時代があったはずだった。全くさっぱり信じられない。


 はあ、新お母様の激おこモード初めて見た。

 新お父様が涙目になってイアンにぼやく。


「って酷いじゃないかイアン君。もう許したって言ってたのにー」


「まあ確かに許しましたけど……さっきの状況は、もう仕方ないじゃないですか。それに先日全て返済が終わったみたいですね、おめでとうございます」


「うん。なんか他の人への借金も、イアン君の家で立て替えてまとめてくれてありがとうね」


「いえいえ。……というわけで、しっかり返済いただいて、この件は白紙なんです。エレンさんは知らなかったんですね」


「はあ、ええ、まあ」


 エレンはぽかんとしながらも、とりあえず相づちを打つ。知った頃には終わっていた。なんともはや。


「まあ今から婚約してもいいんじゃないかしら?」


 すっかりイアンを気に入った旧母さんが手をぽんとしてにこやかに言ったところイアンが苦笑した。


「ええと、今やエレンさんは聖女で……私と婚約しても、大したメリットを提示できません」

「えー、そんなことないですよ。ねえ、エレン」


 旧母さんがエレンに話を向けたけれど、イアンが先に補足した。


「ちなみに、今のエレンさんの立ち位置だと……その気になれば王族もいけますよ」

「ええ!? ちょ、ちょっとエレン、どうするの?」


 お金の匂いは秋の空のように人の心を移ろいやすくしてしまう。さっきまでイアンの肩を持っていた旧母さんの両目は、ドルマークになりギラギラと光った。

 この世界観にこの通貨はどうなの議論は……まあもうよいではないか。


「いやいや、どうもしないよ」

「えー」

「今日はご飯を食べに来てもらったの!」

「えー」


 ちょっとそれどころじゃなくてシチュー作ってる暇なかったけど。今日はエレンがシチューを作るから、お手伝いさんはパンとサラダだけ作りますねと言っていた。


「いい加減遅くなっちゃうから作ってくるね」


 と声かけて、イアンの手をつかんでキッチンに向かう。

 新旧家族が「あら」とか「おお」とか言うけどいた仕方なし。



 エレンは、そうして2人きりになるとイアンに文句を言った。


「なんで、私に一言言ってくれなかったんですか?」

「返済前に言うと、脅迫みたいになりません?」

「んー……な、なるほど?」


 そして即効、言いくるめられる。


 婚約者がイアンと思うとそうでもないので、エレンは油ギトギトビールっ腹のギャランドゥおじさんに借金のカタに婚約を迫られる様子を想像してみた。確かにやばし。


「はっきりさせるのも怖かったですしね。

婚約話を父から聞いた翌日、会いに行ったらもぬけの殻で……嫌われていたのかと思いました」


「うわぁ……なんか、すみません」

「いえ……よかったです。気になってたことがやっと聞けて」


 そんな話をしながらも、エレンもイアンも手を動かしている。


 イアンがフライパンでホワイトソースを作っている間に(やり方は最初に伝えた)、エレンは野菜や鶏肉の皮を剥いてほどよいサイズに切って沸騰した鍋にひょいひょい入れる。


 料理の話と昔話が交錯する不思議な流れになる。


「あんまりでも、ご近所だった頃は今ほど会ったりもなかったですよね」

「そうですね、話す機会も少なかったし……でも私は、少ない機会をいつも心待ちにしてましたよ。お土産をきっかけにしたりとかして。あ、エレンさん、ソースこんな感じですか?」


「あ、いいですね、完璧です。じゃあ火を止めて待っててくださいね。今お鍋のほう、あくと鶏ガラ取るので……。そういえばお菓子をよく持ってきてくれて、お茶しましたね」


 話しながら菜箸でひょいっと鶏ガラを取りだそうとしたら、意外と重たくてボチャンと鍋に落ちた。

 油断したーと思いつつ後ろに下がったから大丈夫なのだけど、飛び散る熱湯からイアンが風魔法で守ってくれる。


「うわ……危なすぎる。大丈夫ですか?」

「はい、いける気がしたけど重たかったです……ありがとうございます……えへっ」

「代わるので貸してください……」

「へい、旦那」


 しゅっと菜箸を両手で手渡すエレン。

 昔の話をしたからか、男爵令嬢時代を少し思い出す。昔からイアンはこんな感じで、危なそうな時は代わってくれてた気がする。


 だんだんシチューらしくなってきて、最後に味見して塩胡椒を足す。ベーコンも一応いれててよかった。非常にまいうー。イアンにも小皿にシチューを入れて味見してもらった。


「あ、おいしい」

「へへー、ここまできたらあと少しですよ。あとは火が通るまで、焦げないように適当にまぜまぜするだけです」


「じゃあ、それやらせてください」

「はい、お願いしますー」


 そうして、イアンがゆったり鍋をかき混ぜて、その横でエレンはジャガイモとかを菜箸でぶしっと差して火の通りを確認する。空いてるほうの手はどちらからともなく繋いでいる。


「あ、できたできた。完成ー」

「おー、お疲れ様でした」

「イアン様もお疲れ様でした」


 イアンに笑顔を向けておや? と思う。

 イアンは微笑んでいるけど、少しだけ真面目な顔をしていた。


「……ずっと好きでした。出逢ったばかりの頃から。

ある日から会えなくなってからも、ずっと……。

また再会してからは、それまで以上に……」

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