12 聖女と家族と騎士
「ただいまー」
「おかえりなさーい。ってあらまあエレン誰なのそのお方」
玄関先で迎えてくれた旧母さんの瞳がキラリと光った。エレンの心の中で警報が鳴り響く。
や、やばい……旧母さんがなぜか、獲物を狙う時の目をしている……。
超目玉タイムセールや福引きとかの時に、極まれに見る目だ。この目をした時の旧母さんは、不可能を可能にし、必ず獲物をものにする……!
新お父様だったらイアン様のこと見慣れてるし、新お母様なら優雅に迎えてくれるだろうし、旧父さんなら「はわわわわ」って言うくらいなのに……旧母さんのこのモードの時だけはやばい……! なんで!? よりによって!?
さりげなく、さりげなくよエレン。
なにが起きるかわからない謎の恐怖。
エレンは内心冷や汗を流しながら紹介した。
「イアン様、こちら私の生みの母です。
母さん、こちらはイアン様という方で、マーシャル男爵家跡地のご近所さんだった方……その縁でずっとお友達なの」
「ええ! じゃああのその……結構な身分の方?」
「うん、由緒正しい騎士家の方だよ」
「はじめまして、イアン・スタークと申します」
「まあー!」
優雅に微笑みお辞儀するイアンと、テンションが爆上がりしている旧母さん。
エレンは『あ、これもうダメかも』と思ったけれど、『諦めたら試合終了だよ。ほっほっほ』と言う声が聞こえた気がして『逃げちゃダメだ』と心の中で3回唱えた。
「エレンの元母ですー! あらまあ、かっこいいわあ、しゅっとしてるわあ。しかも騎士様? ちょっとちょっとエレンたらこんないい人どこに隠してたの。あらまーまあまあまあまあ。エレンとはどのようなご関係で?」
「だから元ご近所さんでお友達だってば!」
「エレンには聞いてないですー! イアン様に聞いてるんですー! イアン様は我が家の一員になる気はありません?」
「母さん……お、と、も、だ、ち!」
エレンは、旧母さんの胸ぐらをぐいっとつかむと、真っ赤な顔を近づけて、一文字一文字強調して言う。だが、旧母さんはこの程度では動じないのだ。エレンに胸ぐらをつかまれたままひょいっと顔だけイアンに向ける。
「はいはい、で? イアン様としてはうちのエレンはどんな感じかしら? ラブ? ラブなの?」
「うわーんもうやだー!」
ひええん、気まずくなったらどうするの!?
一旦自分だけ先に家に入って、じっくり話してからイアン様を招いたらよかった……と思っても後の祭りなのだ。
エレンは恐る恐るイアンを見た。
イアンは旧母さんとエレンを見て微笑む。
「エレンさんとはただの友人です。今のところは、残念ながら」
「えっとその残念ながらと言うのは、私にとっての残念なのか、イアン様にとっての残念なのかどっちですか?」
イアンの絶妙な言い回しにより、旧母さんが混乱した。そして、その間にエレンは立ち直った。
「もー、母さんいいでしょ? 普通に仲良しのお友達。微妙な空気になるから本当に止めて」
「はいはい、わかったわよもう」
って言うかここまでで1200文……字?
まだ玄関先なんですけど。
あまりにも招待が困難すぎてエレンは遠目だ。
やっと旧母さんが静まったので、イアンにお客様用スリッパを出す。エレンは前世を思い出して以来、家では靴を脱ぐのだ。
だってずっと靴履いたままの生活とかしんどくて無理。西洋の靴履いたまま文化って不思議だよねえ……。水虫とかにならないんだろうか。エレンの中で西洋7不思議の1つである。
ちなみにアパート住まいの時はちゃぶ台でご飯を食べて布団を敷いて寝てたので、スリッパはないが靴を脱いでもらっていた。
素足生活は最初だけ驚かれるけど、靴を履かない生活はやはり慣れると快適なようだ。今の家では家族もお手伝いさんも玄関でスリッパに履き替えている。
さらにもっと言えば、イアンとエレンが再会してアパートに招待した日。イアンが新お父様にシャッキーンと剣を突きつけて、あわや新お父様が亡き者にされる……ということがあって、その時はさすがに『靴脱いで』と言うタイミングがなかったのだけれど……先に入ったエレンが靴を脱ぐのを見て、イアンも靴を脱いでくれていた。
あの日はびっくりしたけれど、そんな時でもこういう細やかなところで気遣いできるイアンはすごいと思う。
エレンが最初に思った通り、最大の難関は旧母さんだけだった。四天王の中で最強。
イアンをリビングに案内したところ、新お父様はイアンのこと見慣れてるし、新お母様は優雅に迎えてくれるし、旧父さんは「はわわわわ」って言うくらいでイアンを迎え入れる。
獰猛に情報を引き出そうとするのは旧母さんだけだ。普段はまったり系なのに!
ついでに旧母さんがそんなだと、新お母様も好奇心をにじませて旧母さんに便乗する。
「ご趣味は? あらー剣術素敵ねえ」
「どんな魔法を使うんですか? まあ、風魔法。爽やかですわね」
「どんな子がタイプ?」
「あらそれは是非伺いたいですわ」
「もう~そうやってはぐらかして~。学園でもおモテになるでしょ。ラブレターとかもらいます?」
ちなみにゲスいほうが旧母さんだ。
イアンは困りながらも丁寧に答えている。
エレンは恥ずかしくて『母さんもうやめてよう!』と何度か言いかけたけれど、イアンの答えがついつい気になってしまうので止められない。
だが、旧母さんの次の質問で初めてイアンの言葉が詰まった。
「婚約者とかはいらっしゃるの?」
「……いえ、その……」
「……もしかして、婚約者がいるのに、うちのエレンと特別親しくなろうとしています?」
旧母さんのテンションが急降下した。
エレンも内心びっくりしながらも、ようやく旧母さんを止めようと動く。
「母さん、私達はさっきも言ったように……お友達、だから。ねえ、もうやめよ? こういう質問」
あれ? でもじゃあなんで、キスしたの?
エレンはそんな疑問を感じている。
「ダメよ、エレン。友達でも、異性なのだから、こういうことを曖昧にしてはダメ」
旧母さんがそう言った時、イアンが口を開いた。
「……すぐ答えられず申し訳ありません。
婚約者はいないです。エレンさんに不義理を働くつもりもありません」
そう言ってイアンが新お父様を見た。
なぜかびくっとする新お父様。
「ええと……思い出したことがあって、言葉を止めてしまいました。
……以前、エレンさんと婚約する約束で父がお金を貸したそうなのですが……婚約前に夜逃げしてしまって」
「え……えええええーー!?」
なんだってええーー!?
え? え? なにそれ初耳なんだけど……。
って、イアン様の実家に日々一生懸命返してた借金てもしやそれ?
エレンがとてもびっくりして叫んだ大声は、屋敷の外まで響き渡った。




