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11 聖女の弟

「ふざけるな、間違えやがって。男じゃねえか」

「いや、だって、髪色とか特徴が一致してるし、女の子みたいじゃないすか」


 気づいたら森の中にいた。体は動かない。


「まあいい。身なりからして平民だろ。殺すぞ」

「悪いね。女の子だったら人違いでももっと優しくしたんだけどね」


 男の子は、自分が男でよかったなと思った。

 誘拐されたのが自分でよかった。

 自分ならせいぜい……殺されるだけだ。


 ほんの数日前に夜逃げした姉の強運に笑う。


 男の子は死にかけていた。

 仰向けに転がっていたから、ただただ空を見ていた。


 季節外れの、灰色の雪が降っていた。


 今よりも、少し遠い日の記憶。


****


「あ、お姉ちゃんいらっしゃい。今日はご飯作る日?」


 マダム達に囲まれてるエプロン姿の旧弟がエレンに気づいて声をかける。

 マダム達もその声でエレンに気づいて「あらエレンちゃん久しぶり~、元気にしてた?」と声をかけてくる。


「皆さんお久しぶりです~。うん、今日は作るよっ。今日のおすすめなに?」


 一時期、魔獣の影響で果物とかが品薄になっていた八百屋だけれど、もうすっかり元通りになって、色んな種類の野菜や果物が陳列されている。


 ていうか、なんか今日……人が多いような。そしてなんか今日は、黄色い歓声が多いような……。


「今日はねえ、新鮮なレタスが入ってきたよ。お姉ちゃんも味見する?」

「弟よ……君はなにをしてるんだね……?」

「え、試食販売? だけど?」


 そう言いながら旧弟は、味見したがるマダムに「はい、あーん」とか言いながらレタスを食べさせている。


 そして、ぽっと頬を染めるマダムに「おいしい? 何個買う?」とか言いながら甘く微笑むものだから、今も1人につき3玉くらいの勢いで飛ぶように売れていた。


 今日のレタスは1玉200円もするのに!

 旧弟……なんて……恐ろしい子……!!


「大将……いいんですか?」

 この売り方、ものすごく邪道な気がする。

 でも大将はにっこにこだ。


「いやあ、ここだけの話、実はレタスを誤発注しちゃってね……。エレンちゃんもすごかったけど、弟くんもすごく販売上手で助かるよ。100玉あったレタスが定価で完売しそうなんだ」


「ははあ、そういうことですか……」


 なんだ、今日が特別なだけだったのね。ああ、よかった。別のお店になったのかと思った。というか今日の感じを見ていると、お姉ちゃんは旧弟の将来が心配……。

 エレンは普通に、レタス以外を買って帰ることにする。


「あ、重いでしょ? 急がないなら、仕事の後で持って帰るから店に置いててもいいよ」


「あらまあ、ありがとん。んーでも今日シチューにしようと思ってるんだよね……。じゃあ、シチューの具材以外を置いて帰るから、残りのやつお願いしていい?」


「おっけー。まいどありー。気をつけてね」

「うん、仕事お疲れ、頑張ってね『』」


 自分の言葉の一部が打ち消されていることに、今のエレンではまだ気づけない。


****


 と、いうわけで、今日はシチューをことことと煮込みたいから早く帰りたいのだけれども、とりあえず、訓練場に寄り道するエレンである。


「エレン様こんにちは!」

「おーいエレン様が来たぞー!」

「そんな、気にしないで訓練してて。信者達よ!」


 そう言いながら、グリコポーズをしつつ入口をくぐるエレン。


「エ、レ、ン! エ、レ、ン!」


 どう? 謎でしょう? なぜこうなったし。

 いやまあ、みんな、ただ遊んでるだけである。


 壁に貼っている女の子との関わり方、その9「笑顔にさせるべし」の実践だ。「ええ、なにこれ?」ってエレンが最初の時に笑ったから、今も入場の時だけこれをやる。


 でもその11に「しつこいのは無理」というのがあるので、兵士達は「難しいっす!」などと言いながらも、ベストな止め時のタイミングを日々切磋琢磨しているのだ。


 最近、入口に人がいるし、初めて見学に来る人にも男女に限らずジョークなどを言って和ませていたりして、とても雰囲気がいい。

 日々変わっていくのが面白くてついつい覗きに来てしまうのだ。


 イアン様いるかな? あ、いたいた。

 こっちに気づいてそうだけど、相手が強くて打ち合いに必死だ。がんばれー。

 エレンは心の中でこっそりと声援を送る。


 そして打ち合いが終わって礼をした後、エレンのほうに来てくれる。


「いらっしゃい、エレンさん」

「こんにちはイアン様。最近、連日来ちゃいます」

「みんな喜んでますよ。私も嬉しいです」


 そんな会話をしているのを、周りの兵士達がガン見している。


「なるほど勉強になるぜ!」

「さすがイアン様……! こう言えばいいのか……!」

「そしてナチュラルに手を握っている」

「おい信じられるか? あのエレン様がプルプルしながら照れてるぜ……」


「実況するなああーー!?」


 最近イアンの中で『手を握るまではセーフ』になっているようで、会う度にしれっと手に触れる。


 エレンもそれは全然いいのだけれども……。

 顔が真っ赤になるのは、兵士達がそうやって周りでやいやい言うからですぞ!?


「ううー! 今日は早く帰ってご飯作りたいのでこの辺で帰りますね。本当にちょっと寄っただけなので」


「あ、そうなんですね。じゃあ送りますよ」

「ありがとうございますー」


 ヒューヒュー言われてるけどもう気にしないお!

「お疲れ様ー」とみんなに手を振って帰ることにした。


****


「今日はシチューなんですよ」

「シチューってなんですか?」

「んーと、ホワイトソースでドロッとしてて野菜もりもり入ってるやつです」

「へえ、おいしそうですね」


「久々にイアン様もいかがですか? ……荷物も持ってもらってるし。あ、でもあの、結構出来上がりまで時間がかかるやつなんですけど……」


 久々のお誘いは、自分で言っててなんだかすごい言い訳がましい。


「引っ越してから……まだ一度も家に上がってないですよね……。ダメですか?」


「いいえ、喜んで。まあ、緊張はしますけど……ご相伴に預かります」

「ふふ、よかったあ。じゃあ急いで行きましょうイアン様! たぶんですね、イアン様を見たら、うちの新旧家族のほうがテンパりますよ」


 言いながら新旧家族の慌てぶりを想像して笑う。今日はいつもよりも更に楽しい食卓になりそうだ。


 この調子で新しい家にもアパート暮らしの頃みたいに、お友達が気軽に来てくれるようになってほしいな。最初はイアン様でしょ。そして、ウィリアム様とマーリン様も、引き込むべし!

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