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堅牢すぎた金庫  作者: 若庭葉
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問題編④

 境木の話を聞き終えた僕は、彼の語った事件が思いの外おおごとであった為驚いていた。厳重に管理されていた家族の金が消えたのだから、次村家の住人たちに与えた動揺も、察するに余りある。

「初めにも言ったとおり、僕はお二人の知恵をお借りしたいのです。これから僕と一緒に次村さんのお宅に行って、事件の調査を手伝ってくれませんか?」

 相変わらず上目遣いに睨むような目付きで返事を待つ彼に、緋村はすでに何本目かわからない煙草に火を点け、

「言ったはずだ。面倒ごとにかかずらうのはもうごめんだってな。それに、他所の家の問題に、部外者が立ち入るわけにはいかねえだろ。むしろ、こんな得体の知れない学生が探偵ごっこなんて始めたら、顰蹙を買うに決まってる」

「問題ないです。サキエさんにはもう許可を取っています。『よかったら、今度お友達も連れて遊びに来てくださいね』と言ってくれました」

 それは全く意味合いが違うんじゃないか? そもそも、サキエさんがよくても他の家族がどう思うかは別だろうに。

 緋村は心底嫌そうに唇をひん曲げる。

「そんなモンただの社交辞令だろうが。許可のうちに入らねえよ。──ま、どうしてもお前がこの事件を調べたいって言うなら、俺の横で暇そうにしてるミステリ偏執狂(マニア)でも連れてったらどうだ? 変人コンビで謎解きに挑戦して来いよ」

「待ってくれ。僕は別に変人なんかじゃないだろ。それに境木だって、()()()()癖が強いだけでいい奴だし、君の方がよっぽど変わってると思うけどな」

「知ってるか? 頭のおかしい奴に限って、自分が一番マトモだと思ってるらしいぜ? 自覚がないからこそ厄介なのさ」

「……それって、君も無自覚ってだけなんじゃ」

「とにかく、お前だってこの事件に興味があるんだろ? 話を聴いてる間、気色(わり)いくらい目が輝いてたからな」

 他人の不幸を喜ぶような趣味はない──が、興味を惹かれたのは事実だった。

 この事件はシンプルでいて、実に不可解な状況で起きている。金庫を開けるには鍵と暗証番号の二つが必要だった。しかし、鍵の管理を任されていた倉持さんは暗証番号を知らず、反対に暗証番号を知っていた誠二さんと由美さんは鍵を持っていなかった。サキエさんと彰さんはどちらの条件に当て嵌まらないし、一人で金庫を開けるのはまず不可能だろう。また、家族の中で唯一鍵を持ち、暗証番号を知っていた忠雄さんには、動機がない。

 いったい犯人はどのようなトリックを用いて、この「堅牢な金庫」の扉を突破したのか……。

「お願いします。若庭さんが協力してくれるだけでも、有り難いです」

 境木の言葉に後押しされ、そしてミステリマニアの(さが)に負け、僕は調査を引き受けることにした。

 そして僕たちが《えんとつそうじ》を出て行く間際、緋村はこう言って変人コンビを送り出す。

「一つアドヴァイスしてやるよ。必要以上に難しく考えることはない。おそらく、犯人が用いたトリックは非常に単純な物だ」

 偉そうに。さっそく知的興奮に水を差された形だが、ひとまずありがたく受け取っておくことにした。


 ※


 次村家の邸宅に到着したのは、十四時になる手前頃だった。話に聞いていたとおり、塀に囲まれた庭を持つ立派な邸宅で、表札の隣りには小さなポストが設え付けられていた。

 境木に続き庭の中に入る。そこには今日も、ワンボックスカーとスクーターが一台ずつ停められていた。

 玄関の前に立ち境木が呼び鈴を鳴らすと、昨日と同様、倉持さんが応対に現れた。境木は僕が大学の同期であることと、例の事件を調べる為に連れて来た旨を伝えてくれる。

「あ、ホンマに応援を呼びはったんですね」

 微苦笑が浮かぶ。マジで来たよ、と呆れているのかも知れない。まあ、予想していた反応ではあるが。

 とは言え、来てしまった以上門前払いするわけなもいかないと考えたのか、倉持さんは僕たちを客間へ通してくれた。

 案内された和室には、サキエさんの他に彰さんが待ち構えていた。

「どうも。もしかして、君がヒムラくん? 境木くんから話は聞いとるわ。頭ええんやってな」

 残念ながら、「頭のええ」ヒムラくんではないことを伝える。ついでに彼は用事があって来られなかった、と言うことにした。

「ああ、じゃあヒムラくんの相方のワカバくんか。文学青年の。まあどっちにしろ、知恵を貸してくれるんなら大歓迎やけどな。()()

 つまり、他の家族の中には快く思わない人もいるわけか。

 しかし、少なくともサキエさんはそうではないらしく、

「わざわざお越しくださって、ありがとうございます。境木さんのお友達と会えるなんて嬉しいわ。どうぞ、ユックリしていってくださいね」

 温かい言葉にかえって恐縮しつつ、僕は境木の隣りに腰下ろした。倉持さんが人数分のお茶を運んで来たところで、さっそく本題に入る。

「まず、みなさんに質問したいことなあるんですが、よろしいですか?」

「はいはい、何なりとお訊きください」

「ありがとうございます。では──」

 メモとペンを構えた僕は、少し考えてから、質問を開始する。

「お金や通帳が金庫の中にあることが最後に確認されたのは、いつなのでしょう?」

 これに答えたのは、若い家政婦だった。

「昨日──事件があった日の朝です。忠雄さんが出勤される前に金庫を開けたそうなんですけど、その時は確かに、お金は無事やったと……」

「忠雄さん本人がそう言っていたのてすか?」

「はい。それに、由美さんもその場におって、お金があったのを確認してます。そもそも昨日の朝忠雄さんが金庫を開けはったのは、由美さんがお金を借りる為やったんです」

 つまり、犯行が成されたのは、少なくとも昨日の朝忠雄さんが出勤した後と言うことか。白昼堂々金を盗み出すとは、なかなか大胆な犯人だ。

 となると、次は境木が訪れるまでの間の、各人の動きを知ることができれば、さらに犯行時刻を絞り込めるのではあるまいか。

「昨日、忠雄さんが出勤されてから、境木がこのお宅を訪問するまでの間、みなさんはどのように過ごしていましたか? できるだけ詳しく教えてください」

「詳しく、ですか。そうですねぇ……」サキエさんは少しだけ考え込んだ後、「あの子が仕事に行った後、ちょうど朝ご飯を食べ終えた私は、自分の部屋でテレビを観て寛いでました。後片付けを手伝おうと思ったんですけど、由美さんがやってくれるって言うのでお任せすることにしたんです。そのうち九時ごろになると倉持さんが来てくれて、入れ替わりで由美さんが出かけて行きました」

 彼女は昨日、学生時代からの友人と会食する予定になっていたらしい。朝から出かけたのは、待ち合わせの前に美容室に寄る為だそうだ。

「それからお昼ご飯までは、基本的に部屋におりました。まあ、ご飯を食べてからも、だいたいそんな感じでしたけどね。──お昼前に彰が来て、三人で昼食を摂りました。倉持さん一人では準備が大変やろうから、定食屋さんの出前を取って。……それで、ご飯を食べてしばらくすると、だんだんと眠くなって来たので、布団を敷いてもろて、そのままお昼寝をしました。二、三時間くらい寝とったんかな。起きたらちょうど境木さんがお見えになるくらいの時間やったので、着替えて客間で待っとったんです」

 そしてその後すぐに、境木が訪ねて来たわけか。

「お昼寝されている間、途中で目が覚めることはなかったんですか?」

「ええ。それはもう、グッスリでした。誠二が来ていることにも気付かんくて、ビックリしたくらいです」

「では、何か不審な物音を聞いた、と言うこともなかった、と」

「そうなります。すみませんねぇ、あまりお役に立てませんで」

 役に立つか立たないかはまだ何とも言えないが、これ以上彼女から聴けることはなさそうだった。

 僕は続いて、倉持さんと彰さんに話をしてもらうことにする。

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