解答編③
「誠二たちに今回のことを持ちかけたんは、私です。全て、私が望んだことなんです。……ごめんなさいね、みんなに迷惑をかけてしもて。でも、どうしても知りたくて……この家に今、幾らのお金があるのかを」
「な、なんだってそんなこと。俺がお袋に秘密にしとったんが、そんなに気に食わんかったんか?」
「そうやない。あんたが家のことを考えてくれとるのはわかっとるし、文句なんて何もあらへんわ。それに……隠し事をしとるのは、お互い様やから」
「隠し事?」
彼の鸚鵡返しに答えたのは、緋村だった。
「これまた単なる勘で言いますが、サキエさんは金庫にしまわれていた物とは別に、自由に使えるお金を保管されているのではないですか? そして、今回の事件は、そのお金の使い道を決める為に必要なことだった。そう考えたのですが、違いますか?」
「緋村さんは不思議な人ですね。そんなことまで言い当ててまうんやから。──正解です。私は忠雄に渡したお金の他に、ヘソクリを隠し持っとるんです。家族の誰にも教えてへんかった、口座の中に」
誠二さんたちの他は本当に誰も知らなかったのだろう。みな意外そうに彼女のことを見返す。
「でも、お義母さんいつも言うてはりましたよね? 『自分のお金はもうない』って」
「サキエさんは『この家にはない』と仰っていました。つまり、裏を返せば『ご自宅以外の場所にならある』と言うことになります。現に、度々ご実家に帰られた彰さんに、小遣いを渡していたそうですね。この小遣いは、ご自身の預金から工面していたのでしょう」
緋村の推測は正しかった。「そのとおりです」と、サキエさんは静かに応じる。
「我が家に何かあった時の為にと思って、コッソリ貯めていたお金でした。けど、最近になって、急に自分の好きなように使いたくなってしもたんです。それで、私のお金がなくてもこの家は大丈夫なんか、確かめる為に、誠二たちに協力してもらいました」
「そんな金があったんか……。しかし、いったい何に使うつもりなんや? まさか、妙な買い物や投資でもする気やないやろうな?」
「当たり前やろ。私はもう、欲しい物なんて何もあらへん。だからこそ、手放す気になったんやから」
手放す? まさか、金を誰かに譲ると言うことか? だが、いったい誰に……。
その時まっさきに思い浮かんだのは、僕たちがこの事件に関わるキッカケとなった友人だった。
僕は反射的に、境木の姿を盗み見る。しかし、幾ら彼が底抜けの善人であり、日頃から話し相手になってもらっているからと言って、そんな大切な財産を、軽々に譲渡しようなどと考えるだろうか? 疑問に思ったところで、答えがもたらされる。
「境木さんの人助けのお話を聞いとるうちに、私も誰かの役に立ちたいと願うようになりました。ですが、私にできることなんて、大してありません。せやったらせめて、私のお金を贈らせてもらおうと考えたんです。それを必要としている人たちに」
それでは、彼女の希いと言うのは──募金をすることだったのか。
そして、自らの財産を支援金に充てる為に、家の金が十全か否か──それを家族たちに残さずとも支障がないか──を確かめる為に、彼らに手伝ってもらったのだ。
もしかすると、境木のボランティア精神や、災害の頻発した平成最後の一年が、彼女の心境に大きな影響を与えたのかも知れない。それにしても、意外すぎる動機だが。
「二人とも、よくお袋に協力する気になったな」
「確かに、少なからずもったいないような気もしたけどな。でも婆ちゃんの金は婆ちゃんのもんやし。どう使おうが勝手やろ」
サバけた口調で彰さんが答える。誠二さんも同意見だったようで、
「俺もそんなところや。それに、俺としては兄貴やのうて俺を頼ってくれたんが嬉しかったのもある。ま、やったことは褒められたもんやないし、ちゃんと然るべき罰は受けるつもりや」
真摯な言葉を受け、忠雄さんは戸惑っている様子だった。低く唸ったきり、黙り込んでしまう。
入れ替わるように、彼がわずかに震えた声音を零す。
「……僕のせい、なのですか? 褒められていい気になって、ボランティアの話ばかりしてしまったから……だからサキエさんは、そんな風に考えてしまったのでは? ……だとしたら、本当に罰を受けるべきは、僕なのです」
境木に非はない。彼の行動には善意しかなかったではないか。そうは思ったものの、僕はすぐには彼の言葉を否定できなかった。
その役目は、きっと僕の物ではないから。
「境木さんが気にしはることやありません。悪いのは全て私です。だから、どうか、これからも誰かの助けになってあげてくださいね」
狼狽える青年に、彼女は微笑みかけた。それが心からのエールであることは、疑うべくもない。
どうかサキエさんたちの罪が赦されることを、そしてできることならば、彼女の想いが尊重されることを願いつつ、僕は緋村たちと共に、次村家を後にした。
※
その後、次村家でどのような協議が行われたのかは、僕も詳らかでない。しかし、幸いなことに、サキエさんたちへの処罰は特に行われず、それどころか彼女の意思は尊重される運びとなったようだ。
事件後しばらくの間は次村家への出入りを控えていた境木も、ほどなくして、これまでどおりお茶に招かれるようになっていた。人助けと並ぶ大切な趣味を失わずに済んだのである。
現在は具体的な募金先をどこにするか、境木にも意見を聴きつつ、検討しているらしい。
「君は、《えんとつそうじ》で境木の話を聞いた時点で、トリックの見当が付いていたのか?」
境木と別れ、下宿へと帰る道すがら、僕は並んで歩く緋村に尋ねた。《えんとつそうじ》を出る間際、彼は「難しく考える必要はない」と、意味ありげに笑っていた。
「まあな」
「でも、どうして」
「堅牢すぎたからさ。金庫を開けるのが難しい以上、他の方法で金を盗んだことになる。ではその方法は何か……パッと思い付いたのが、金庫ごと持ち去って、偽物と入れ替えると言う、至ってシンプルなトリックだった」
それこそ単純な発想である。しかし、やけに納得することができた。
「境木、落ち込んでいたようだけど大丈夫かな」
元からのなで肩をさらに落とし、アパートへと帰って行く姿を思い出す。あまり気にしすぎていないといいのだが。
「心配要らねえだろ」彼は相変わらずそっけない。「ああ言う変人に限って、妙に打たれ強いならな。どうせ、放っておいても勝手に立ち直るさ」
そんなことを言っていたが、もしこのまま彼が立ち直れなかったから、放っておけないことは、容易に想像が付く。
毎度毎度、なんのかんのと悪態を吐きながらも、最後には依頼を引き受け、事件を解決して来たのだ。もしかしたら、この男もまた境木同様の「お人好し」なのかも知れない。
そう思いはしたが、敢えて口にはしなかった。




