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堅牢すぎた金庫  作者: 若庭葉
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解答編②

 今度はさほど意外な展開とはならなかった。共犯者の条件に当て嵌まる人間は、非常に限られているからだ。

「へえ、なんでそう思うんや?」

 この状況を楽しんでいるのか、それともまだ言い逃れが可能だと高を括っているのか、彰さんは余裕のある表情で問い返す。

「彰さんしかいないからです。誠二さんに犯行が可能だった時間こちらのお宅にいた人間の中で、金庫を運ぶことができたのは。まず、お年を召していて、体調を崩しがちだと言うサキエさんにはまず不可能。そして、倉持さんも女性である為、難しいでしょう」

「わからんで? 彼女元気な()やし、若いんやから意外とパワーがあるんかも知れん」

「だとしても、倉持さんが共犯者だと言う可能性はあり得ません。もし彼女が犯行に関与していたのだとしたら、お二人はわざわざ()()()()()()()()()()()()()。鍵と暗証番号の両方が揃うのだから、そんなことはせずとも、直接金庫から金を盗むことができます」

 しかし、何度も言うように、金庫はすり替えられていた。よって、誠二さんと倉持さんの組み合わせで犯行に及んだと言うことは、考えられない。

「彰さんは、倉持さんが受け取った鍵が本物かどうか確かめる為に金庫を閉めた際、開け直すよう指示をしたそうですね? なんでも、帰って来た忠雄さんに見せる為だと仰って。あれは、本当はトリックが露呈するのを防ごうとしたのではないですか? もし帰宅された忠雄さんが自身の鍵で金庫を開けてしまったら、書斎にあるのが別の金庫だと一発でわかってしまいます。ちょうど、たった今行った実験のように」

「なら、お袋はどうなんや?」

「わ、私がそんなことするわけないやろ! だいいち、私はその時家におらんかったやないの」

 自分が俎上に載せられるとは思っていなかったのだろう。由美さんは心外そうに指摘する。

「ホンマに犯行が成されたんが、叔父さんがうちに来た後やったとしたら、な。実はお袋が出かけるよりも先にコッソリ来とって、婆ちゃんが気付かんうちに金庫を運び出したんやないか?」

 確かに、実際の犯行時刻を特定することはできない。が、しかし、

「由美さんにはできないでしょう。三年前にギックリ腰をして以来定期的に整体に通っているんでしたよね? 当然、重い物を持つことは極力避けていたはずです。腰を痛めたのは金庫を購入する前なのですから、その時から計画を立てていて重い物を運べない演技をしていた、とも考えられない。先ほども言いましたが、彰さんしかいないんですよ。誠二さんの犯行に協力できた人は」

 これを聞いた彰さんは、大きく息を吐き出した。

「あー、どうしたらええんやろな。もうちょっとくらい、反論できると思ったんやけど」

「……やめとけ。ここらが潮時や」

 それまで貝のように口を噤み、視線を自らのつま先に這わせていた誠二さんが、諭すように言った。

「お二人とも、犯行を認めてくださるんですね?」

「ああ。金庫をすり替えたのがバレた時点で、俺は諦めとったんやけどな」

「まさか、弟と息子に家族の金を盗まれるとはな」

 忠雄さんが嘆息と共に言う。

「しかし、金庫はどこへやったんだ? あれだけ探し回ったのに、見付からんかったってことは、家の中にはないんやろうが……」

「とは言え、遠くまで運ぶ余裕もなかったはずです。誠二さんたちは倉持さんが買い物に出ていた二、三十分の間で犯行を済ませなければなりませんでした。また、家の中にいながら金をポストに投函することができた以上、隠し場所はこの家の付近と言うことになる」

「どこなんだね、それは」

「誠二さんの車の()()()()ですよ。あの車種であればトランクの広さも十分でしょうし、庭に停めてあったのだから、運搬にはさほど時間はかかりません」

 答えた緋村は、「合ってますか?」と二人に確認する。

「なんでもお見通しやな。どうしてそんなことまでわかったんや?」

「半分は当てずっぽうです。と言うか、ダミーの金庫は車で運んで来たはずですから、それと入れ替える形で隠したと考えるのが自然でしょう。ただ、一応ヒントはありましたが」

「ヒント?」誠二さんが鸚鵡返しをする。

 そんな物どこにあったのだろう? 僕も一緒になって頭を捻ってみたが、シンキングタイムはロクに与えられない。

「玄関の床に残っていた砂です。倉持さんはあれを『見落としていた汚れ』と仰っていましたが、実際には彼女が買い物に行っている間に付いた物だったのでしょう。では、何故あんなところに砂が付いていたのかと言うと、おそらく、お二人が運んで来た()()()()()()()()()()()()()からです」

「金庫の裏に? でも、どうして」

 家政婦が小首を傾げる。僕も心の中で同じジェスチャーをした。

「誠二さんは車のトランクに偽の金庫を乗せていました。そして、本物の金庫を書斎から運び出した後、トランクの中身を入れ替えたのでしょうが、その為には当然元々しまってあった方の金庫を一旦地面に置くことになる。砂は、その際金庫の裏側に付着したのでしょう。それから本物をトランクにしまい、偽物を書斎まで運ぶ途中、お二人は()()()()()()、金庫を玄関の床に置いた。偽物の金庫の裏に付着した砂の一部が、その時床に移ったんです」

 どうやら僕が見逃してしまっただけで、トリックの痕跡はシッカリと残されていたらしい。そう言われれば、金庫の下を覗き込んだ際、埃に混じって少量の砂が落ちていたが、あれも元々は、金庫の裏側に付着していた物だったのだろう。

「とにかく、これで全て解決したわけか。金も戻って来たし、ひとまずこの件は終わりにしてやってもええ。ただし、お前らが犯罪に手を染めたことは紛うことなき事実や。もう二度と金を貸してやるつもりはないし、うちの敷居も跨がさんからな」

 忠雄さんの言葉は単なる脅しではないのだろう。事実上の絶縁を告げられても仕方のないことを、彼らはしたのだ。

「ああ、わかっとるよ。……すまんかったな、兄貴」

 素直に謝罪し、誠二さんはうなだれた。彰さんも、特に反駁するつもりはないらしく、むしろどこかサッパリした表情で、息を吐き出した。

 こうして、次村家で起きた不可解な盗難事件は、幕を閉じた──

 かに見えた。

「待ってください」

 そんな声を発したのは、それまで昏い瞳でことの成り行きを静観(みまも)っていた境木だ。

「緋村くんの話は、()()()()()()()

 予想だにしない発言である。

 どうしてまた、この期に及んでそんなことを言い出したのか。万座の注目が、今度は彼に集約された。

「……どうしてそう思う?」

 緋村が、問う。

「何故って、おかしいからです。緋村くんの言ったトリックを実行するには、当然入れ替える金庫を買う必要があります。しかし、お二人にそんなお金があったと言うのが疑問です。金庫は十万円近くもしました。無論、折半すれば、それくらい購入できたのかも知れません。が、果たして、お二人にそこまでの余裕はあったのでしょうか? 金銭面で困窮していたからこそ、お金を盗んだのではありませんか?」

「けど、どう言うわけか金は一文も手を付けないままで、戻って来たけどな」

「それも矛盾している点です。手付かずのままお金が返却されたと言うことは、犯人の動機はお金を得ることではなかったと考えられます。だとしたら、何故お二人は金庫の中身を盗み出す必要があったのでしょう? わざわざ安くもない──いえ、むしろ高いです──出費をしてまで、そんなことをする理由がわかりません」

 言われてみれば。もっともな指摘だ。犯行の内容と動機が噛み合っていない。金庫の購入資金は盗んだ金から差し引くことで十分元が取れるとして、それを丸々返してしまっては、儲けが出ないどころかマイナスである。

 そんな無意味な犯罪を、大の大人二人が果たしてするものだろうか?

「緋村くんは、この疑問に答えられるのですか?」

 境木は、相変わらず上目遣いに睨むような形で──しかし、それでいてまっすぐに──、彼のことを見つめる。

 対して、緋村もまたその視線から逃げるようなことはせず、いつになく真摯な表情で受け止めていた。

 暫時の沈黙の後、彼は、

「もちろん、思い付いていることはある。──金を盗み出したのは、確かに誠二さんたちです。しかし、そもそも今回の事件の()()()は別にいたのではないかと、僕は考えています。ダミーの金庫を用意したのも、その人だったのでしょう」

 つまり、実行犯である彼らの他に、黒幕とも言うべき真犯人がいると言いたいのか?

 だとしたら、それはいったい誰なのか……。

「その人物の目的は金を得ることではなかった。だから、盗んだ物を返して来た。では何故、このような犯行に及んだのか。それは、おそらく()()()()()()()()()()()()()です。その人は、金庫に保管されている金が幾らなのかを知らなかった。だから、それを数える為に、誠二さんたちに金庫を入れ替えてもらったのです」

「ですが、それなら誠二さんがお金を借りる際に、コッソリ確認してもらえば済むはずです。わざわざこんな大掛かりなことをする必要はありません」

「次村家の財産は、何も金庫の中身だけじゃない。当然、銀行に預けている金も含まれる。──昨晩、事件のことを知らされた忠雄さんは、帰宅するとすぐ通帳が無事かどうかを確かめに向かったそうですね? その様子を、その人は密かに盗み見ていたんです。そして、忠雄さんが皆さんの元に戻った後で、通帳の隠し場所に忍び込み、残高を確認した」

「それじゃあ、まさか……」

 忠雄さんが通帳の元へ向かい戻って来るまでの間、次村家にいた人間は全員玄関に集まっていた。

 ()()()()()()()()

「そうだ。今回の事件を企図した人物は──」

 彼が言いかけた時。

 書斎の戸口に、彼女は現れた。

「お話、全て聴かせてもらいました」

「……サキエ、さん?」

 呆然とした声音で、境木が呟いた。

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