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5. 幽霊の証明1

 


 過去について話し終えると、ルイはぬるくなったお茶に口をつけた。


(ジルとの最後は自分勝手だった。本心を隠そうとするあまり意固地になって。ジルを傷つけて……子供だったとはいえ本当にバカだ)

 カップの縁を指でなぞっていると、ジェーンが小さく手を上げて尋ねてきた。


「ちょっと待って。話を整理するとルーは男の子と偽って生きてきた女の子で、えっとジルだっけ? ジルは女の子?」

「そう。ジルも女の子。私と違う点は私のお下がりを着て男の子の恰好をしているだけで、中身まで男と偽る必要はないってことかな。因みにこれは墓場まで持って行く秘密だから他言無用だよ?」

(と言っても、ジェーンは既に死んでいるんだけど)


 心の中で苦笑していると、ジェーンは腕を組んで真顔でぶつぶつと呟いた。

「……なるほど、それなら別に問題ないわけか」

「ジェーン? どうかした?」

 ルイはジェーンが心配になって声を掛ける。すると彼女は我に返り、にっこりと笑ってみせた。

「えへへ。こっちの話だから気にしないで」


 彼女はどこか嬉しそうに声を弾ませたると、ふわりと立ちあがる。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌になり、そして軽やかな足取りで居間から出ていく。

 暫くして戻ってくると、彼女は大きな銀のお盆を持って夕食を運んできてくれた。


 テーブルにグラス、カトラリーそしてディッシュカバーが被せられた皿が並べられる。カバーを取れば、ジェーンお手製のウェリンガル地方の郷土料理が現れた。

 赤ワインをたっぷり使った野菜と牛の煮込みで、付け合わせにマッシュポテトが添えられている。バターが入っているのか香りが良く、長時間じっくりと煮込まれた牛肉は大きな塊なのに柔らかそうだった。

 ワインボトルを持ってきたジェーンはグラスに赤ワインを注いでくれる。彼女が作る料理はどれも絶品で、正直なところお城の料理人と引けを取らない腕前だった。

 男として育てられてきたルイはもちろん家事ができない。この休養中にせめて料理でも勉強して身につけようと張り切ったが、結果は炭料理しか作れなかった。

(めちゃくちゃ美人だし、ご飯は美味しいし、きっといい奥さんになれたんだろうな……)

 彼女が死んでいるという事実が残念でならない。


 ジェーンは支度を終えると銀の盆を小脇に抱えた。

「じゃあ、あとはゆっくり寛いで。私はそろそろ部屋に戻るから」

「ああ。いつもご飯を作ってくれてありがとう。君のご飯は美味しいよ」


 ルイは満面の笑みでお礼を言うと、ジェーンは頬を赤く染めてはにかんだ。が、すぐに真顔になった。

「ねえ、ルー。何度も言うけど私が使ってる部屋には絶対入ってこないでね。あなたが男だろうと女だろうと部屋には入って欲しくないの。――おやすみなさい」

 伏し目がちにジェーンは言うと、逃げるように居間から出て行った。




 ルイは食事を済ませると、台所のシンクで食器を洗って片づけた。使った布巾を壁に掛けていると、近くにチリ箱が置かれている。

 中を覗けば見るも無残な姿となったメイセン製の陶器が入っている。それをしげしげと見つめながら、ルイは考えあぐねた。

(ジェーンをあちらの世界へ送るには一体どうすればいいのだろう……)

 まだ先のことではあるが、その方法は模索しないといけない。ルイは祖父の書斎に手掛かりがあるかもしれないと考えた。


 期待を胸に二階の書斎へ足を運んでみたが、成果はなかった。

 本棚はとある一角だけごっそりと書物がなくなっていて、残りの本は宗教関連ばかりだった。

 祖父はオカルト関連の本を全て焚書したのだろう。机の引き出しを漁ってみても同じような結果だった。成果はなく、項垂れて書斎を後にする。


 ルイが廊下へ出て扉を閉めていると、隣の部屋から奇妙な物音がした。書斎の隣はジェーンが使っている部屋だ。何かを打ち付けるような音が漏れ聞こえてくる。

 気になったルイは、悪いと知りながらそっと扉に耳をつけた。それは何かが擦れるような音と誰かが話をしているような声だった。

 声はくぐもっていて何を言っているか、はっきり聞き取れないが、ジェーンの声ではなかった。


 歌を歌っているような響きで高低差がある声。けれど同時に地を這うようなおどろおどろしさがある。時折、呻くような声も聞こえて一層不気味な響きだった。

 その声が突然ぴたりと止むと、辺りはしんと静まり返った。



 ルイは途端に怖くなって、背筋に寒気が走った。

 ジェーンの声ではなければ一体誰が声を出しているのだろう。しかし好奇心はあっても部屋へ踏み入る勇気はない。ジェーンからも入るなと言われている。


(何も聞かなかったことにしよう……)

 ルイは震える足を奮い立たせ、無理やり扉から身体を引き剥がすと、音を立てないように廊下を歩いた。自室に戻り、寝支度を済ませてベッドに潜り込んでも、彼女の部屋から聞こえてきた声が耳に張りついてなかなか寝付けなかった。




 翌日、ルイはいつもよりも遅い時間に目が覚めた。寝返りを打ってベッドの横に置いている銀の懐中時計に手を伸ばす。時間を確認すると、短い針は十の数字を差している。久しぶりの寝坊だった。

 ベッドから出ると顔を洗い、寝間着から昼間の服に着替える。短い髪を櫛で丁寧に梳いて整えるとお茶を飲みに居間へ向かう。


 いつもならピアノの音色が屋敷に響き渡る時間だが、一音も聞こえてこない。不思議に思いながら階段を下りていると、玄関から口論する声が響いた。


 一人はジェーンで、彼女は相手を突き返すべく淑女が使わないような言葉で何度も相手を罵っている。見兼ねたルイは仲裁に入ろうと階段を駆け下りた。



「さっさと帰りなさいこの朴念仁! ここは何の権利もないあなたが来るところじゃない!」

「はんっ。それはどうだろうね。確かにこの屋敷の所有権はルイだ。しかし、ここにある家具や調度品は違うだろ? だから臆病者の父さんに代わって僕が引き取りに来たのさ。庶子なんかには宝の持ち腐れだからね」


 廊下を進んでいたルイの足がぴたりと止まった。声やその高圧的な言葉遣いから顔が見えずとも誰なのかすぐに分かる。

 頭の中に城での記憶が蘇って、眩暈と激しい動悸がする。



「……バーナード」

 ジルは口元に手を当て、顔色を失った。

 それは父の本妻の子で、ルイを休養へと追い詰めた張本人だった。



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