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2. 曰くつき屋敷2

 


(いけない、いけない。私が触れれば傷つくのは彼女だ。死んだことを思い出させてしまう)


 ジェーンはこの屋敷に住みついた幽霊だ。

 ルイが落ち着いた態度で彼女に接していられるのは、身内の間でここが曰くつきの屋敷で有名だったから。


 その原因は半年前に死んだ祖父・リンドグレーン子爵にあった。



 祖父は熱心な宗教家であると同時に幽霊や黒魔術といったオカルトが大好きな超自然主義者だった。晩年の彼はこの屋敷に籠もって何かに憑りつかれたようにそれらを研究していたという。


 薄気味悪さを覚えた父は、屋敷を手放して万が一にでも呪われるのが恐ろしかったらしい。考え抜いた末に庶子であるルイに所有権を与えた……正しくは押しつけた。

 そして五日前にルイが来てみれば、彼女は何食わぬ顔でここにいたのだった。



 最初出くわした時は悲鳴をあげて腰を抜かした。ジェーンもまたルイに驚いて悲鳴をあげると、その声に反応して廊下の壁に掛けてあった絵画や肖像画が次々と床に落ち、仕上げに壁のランプが弾丸に撃ち抜かれたように割れ落ちた。


 身の毛もよだつ光景を目の当たりにしてもルイが逃げ出さなかったのは、怖くて足が竦んでしまったが四割。ジェーンが一般的な幽霊のイメージと掛け離れていて、普通の人間と同じ姿をしていたからが六割だった。

 これが血塗れだったり、半透明だったりしたならば、一目散に教会へと駆けこんで祓魔師を呼んだだろう。


(もっとも、こんな地方の教会じゃ祓魔師はいないだろうな)

 日曜の教会で見た牧師を思い出す。車椅子がなければ移動できない老残の身で、誰が見ても戦力外だ。



 少し不思議なことといえば、ジェーンは初めて会った時からやたら触れてこようとすることだ。その意図を考えても、ルイには的確な答えが見つからない。


(ジェーンが触れてこようとするのは、もしかすると人恋しいからなのかもしれない。でも、毎回悲しい想いをするのはジェーンなのに……)



 死者は生者に触れられない。魂だけがこの世に残り、肉体は存在しない。仮にもしジェーンがルイに触れても身体をすり抜けてしまう。


 ただ一つ驚くべき点といえば、ジェーンは屋敷内のものであればなんでも触れられることができることだ。彼女は書斎で本のページをぱらぱらとめくって読むし、居間のピアノで曲も演奏する。


 幽霊だということも忘れて生き生きと楽しそうだ。だからこそルイは、自分から彼女に触れるようなことはしなかった。自分と触れ、彼女の瞳が憂いを帯びた切なげなものになるのが耐えられなかったから。



「ジェーン、熱いお茶を淹れてくれるかい? 流石にこの時期のウェリンガルは冷える」

「分かったわ。ルイは居間で寛いでいて」


 促されて居間へ移動すれば、暖炉の薪がオレンジ色に燃えながら爆ぜている。脇にあるひじ掛け椅子に身を沈め、冷えた身体を温めた。


「ウェリンガルに来て五日か……」

 遠くの、天井に近い壁を見つめながら独り言ちる。

 ルイが季節外れにこの屋敷にやってきたのは休養のためだった。




 リンドクレーン家の庶子であるルイはお城の郵便係として働いていた。仕事内容は城内の手紙の仕分けから配達に加え、代筆。

 最年少で入ったため年の離れた上司や同僚たちから可愛がられ、仕事も人間関係も順風満帆だった。

 ところが、働く場所は違えど同じお城で働く嫡子から陰湿な嫌がらせを度々受けた。


 ルイが届ける手紙は必ず受け取り拒否される。

 嫡子から代筆の依頼で呼び出されれば、ルイ宛に「庶子と同じ空気を吸うのが耐えられない」だとか「売女の母親同様に媚を売る才能だけはある」だとか散々な悪口をひたすらタイプライターで打たされる。


 一年以上耐えてきたものの蓄積されたストレスが限界に達し、とうとう精神的に滅入ってしまった。そして、見かねた上司から暫く休養するように言いつけられた。


 先輩からは「元気になったら戻ってこい」と激励されたが、ルイはこの休養が終わったら仕事を辞めようと思っている。

 最初からある程度お金が貯まったら仕事を辞めて、国を離れる心づもりだった。


 父はルイに関心はなく親子の交流もない。それにもう母はいない。味方してくれる人がいないことに加え、どこへ行っても「庶子」という色眼鏡で見られることが耐えられない。

 そして性別を偽り続けることも……。



 この屋敷は資金の足しにするため、金になるなら売り払いたいところだが、祖父のせいで曰くつきとなってはきっと価値は低いだろう。

 売れるかどうか分からないが今度業者に掛け合ってみようと思っている。


(だけどそれはもう少し先の話……今はまだここにいたい)


 肘掛けに肘をついて頬を乗せ、ぼんやりと暖炉の炎を眺める。と、ジェーンがお茶を乗せたお盆を持ってやって来た。要望通り、白い湯気が立つ熱いお茶だった。


 サイドテーブルに置かれたお茶に早速手をつけていると、ジェーン自身もカウチソファに座り、お茶を飲み始めた。



「ねえ、ルー。訊いてみたかったんだけどあなたはどうしてここに来たの? その、休養にしたって、オフシーズンで王都より寒い場所にわざわざ足を運ぶなんて……変だわ。それにいつもどこに行っているの?」


 ジェーンは遠慮がちに質問を投げかけた。

 ルイはカップをソーサの上に置くと、首後ろに手をやって微苦笑を浮かべる。


「そうだなあ、簡潔に言えばある人に会いにきたんだ」

「ある人? それってルーとどんな関係?」

 尋ねられてルイは、肘掛け椅子に置いた指をとんとんと叩いて考える素振りをする。

「向こうがどうかは分からないけど、私にとっては大切な人、かな」


 ルイは瞼を閉じると、やがて静かに昔のことを話し始めた。



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