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1. 曰くつき屋敷1



 季節は晩秋から初冬に移り、吹く風により一層冷たさが感じられる夕暮れ時。

 ルイゼこと、ルイはモーブ色の瞳で側の湖を眺めながら、滞在先のリンドグレーン屋敷へと歩いていた。


 彼女のブルネットの髪は短く、結えるほどの長さはない。

 濃紺のチョッキとズボン、黒のフロックコートを身に纏い、同じ生地のシルクハットを被っていかにも品の良い紳士の恰好していた。

 男の恰好をしているのは変わった趣味を持っているからではない。これは庶子であり、なんの後ろ盾も持たないルイを守るために母が男と偽って育てたからだった。


 この秘密を知っているのはルイと母、そして赤子のルイを取り上げた侍女しか知らない。が、ルイ以外の二人は既に天へと召されてしまったので残りは自身だけとなった。




「――はあ、やっぱり会えなかった」


 ルイはとぼとぼと歩きながら小さなため息を漏らした。

 美しい山々と渓谷に囲まれた自然豊かなウェリンガル地方は、人気避暑地の一つだ。

 湖が多く点在し、夏になると都会から涼しさを求めて多くの富裕層が流れてくる。しかし、賑わいをみせるシーズンを過ぎれば、たちまち閑散とした空気に包まれる。


 湖の向こう側には、ウェリンガルの領主・フェリントン伯爵の立派な屋敷が建っている。ルイが先ほどまで訪問していた場所だ。


 フェリントン伯爵家は魔法使いの末裔で代々呪術師を輩出する家柄だ。もともと魔力を持つ人間の数は少なく、希少な存在である。それにも拘らず魔力持ちが多く生まれるフェリントン家は上流階級の間では一目置かれ、有力貴族の一つに数えられていた。


「なんの約束もなしに会いに行ったことは失礼だし反省するけど。まさか門前払いにあうなんて思わなかったな」



 約束も取り付けず、突然屋敷を訪ねることは非礼にあたる。

 ルイは重々承知していたが、訪問に踏み切った。形式的な手紙のやり取りをしていては風船のように膨らんだ勇気が、会うのを待たずして萎んでしまうことが容易に予想できたからだ。

 それに相手が返事をくれるとも限らない。


(私から拒絶しておいて、今さら会いたいだなんて……虫のいい話だとは思う)


 瞳に嘆きの色を滲ませ、今度は深いため息を漏らした。




 鬱蒼とした森を抜けて広い並木道に出ると、樫の木に囲まれた一軒の屋敷が見えてくる。

 正面に差し掛かったところで、見計らったように玄関の扉が開き、中から同居人の少女が現れた。


「……お帰りなさい、ルー!!」


 彼女は金髪を綺麗に編み込んでまとめ、漆黒のドレスに身を包む。

 背は高くも低くもなく、身体つきは華奢だ。肌は透きとおるように白く、桃色の薄い唇と青色の瞳を惹きたてていた。

 その整った華やかで美しい顔立ちは、女優としてでもモデルとしてでもやってけそうなほどで、望めばどこでも雇ってくれただろう、とルイは常々思っていた。


「ただいま、ジェーン」

 ルイはシルクハットのツバを掴んで少し持ち上げると、にっこりと微笑んだ。

 ジェーンはぽっと頬を赤く染めてから微笑み返し、玄関の扉を開けてくれる。


 屋敷の中へ入ると、ルイは身につけていた手袋やシルクハット、フロックコートを脱いでいく。

 普通ならここで出迎えた執事なり侍女なりが手伝ってコートを脱がせてくれる。が、ルイは淡々と自分一人で済ませ、壁に備えつけられたコートラックに掛けてしまった。


「私の手は必要ない?」

 背後から声をかけられ、ルイは僅かに身じろいだ。

「あ、うん。自分のことは自分でするから大丈夫。君は、私の侍女じゃないんだから、気を遣わなくていい」


 ルイはジェーンに向き直ると無理矢理笑顔を作って応えた。

 じーっと見つめてくるジェーンの瞳は茫洋としていて怒っているのか、悲しんでいるのか分からない。ルイは居たたまれない気持ちになり、彼女から視線を逸らした。



 ふと、玄関隅のチリ箱に目が留まる。中には今朝家を出る時には花瓶の形をしていた陶器が無残な姿となって入っていた。


「――花瓶が割れてる」

 再びジェーンに目をやれば、彼女の視線は彷徨い始める。やがて、耐えられなくなったのかしゅんと肩をすぼめた。


「ごめんなさい。くしゃみをしたら花瓶が移動してテーブルから落ちてしまって……」

「ああ。ポルターガイスト現象っていうんだっけ?」

 尋ねると彼女は申し訳なさそうに頷いた。

「気にしなくていいよ。そんなに高いものじゃないから」

「あとメイセン製の陶器皿を十三枚割りました」

「多っ! しかも高価な皿ばかりっ!!」

「……白状するなら洗面の鏡も割りましたとも」

「嗚呼っ! あの鏡は大きくてお気に入りだったのにっ!!」

「えへへ。これで被害総額の新記録は達成かなあ。……本当にごめんなさい」

「……いや、起きたことはしょうがない。誰も怪我していないんだし、気にしなくていいよ」


 頭痛を覚えるも、今にも泣き出しそうな彼女を非難するのは心が痛む。

 慰めようと彼女の頭に手を伸ばしかけたルイは、我に返ると慌てて手をひっこめた。



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