7 人狼討伐戦 前
伯爵領南方 大森林。
ここは100年前の魔族との戦い、いわゆる退魔大戦で主戦場となった内の一つである。
この大森林は魔力溜まりが多くあるため木々は大きく成長、それを盾とし魔族に対する防衛線として人種が大規模な前衛基地を建設したため、双方共に7割を超える死者を出す激戦が繰り広げられたことから、後世の人々からは鮮血の森林 (ブラッド・フォレスト)と呼ばれる王国最大の大森林である。
その大森林に向け出発したリリアン達は、半日をかけ大森林に最も近いアスタ村のすぐ近くへと迫っていた。
「リリアン。もうすぐアスタ村が見えてくるはずだ! 今日はそこで一晩宿を借り、明日早朝から人狼の捜索を行うぞ!!」
「了解しました父上!!」
ゴルバルトは後方に続くリリアンに声をかける。
リリアンもその言葉に答えると、自身が任されている部隊にゴルバルトの命を伝えていった。
「それにしても、やっぱり馬ってお尻が痛くなるよなー・・。」
「文句を言うなアストン! 伯爵様を始め皆が同じ思いをしておる。ニーナを見てみろ! 女子なのに文句一つ言わぬではないか!!」
「いや、あいつは女っていうより男よりも男っていうか・・、痛ってぇぇ!!」
ゴンッ!! 最早恒例となったスラッタリーのアストンへの制裁に、周りの兵士から笑い声が起きる。
その姿に、ニーナは馬をアストンの隣まで進ませると蔑むような目を彼に向け口を開いた。
「ふん! いい気味だわ!! 私をバカにするから罰が当たったのよ!!」
「・・うるせぇ! 泣き虫親父の子供のくせに!!」
「なっ・・!! 言ったわねぇ!?」
ニーナの父、行政官アブドールはニーナが街を出発する際に、娘を心配するあまり討伐隊を見送る民衆の前で大号泣し、民衆の笑いを誘っていた。
そのことをバカにされたニーナは顔を紅潮させ、一足早く逃げたアストンを追いかけ馬を走らせた。。
「ははははは! あの二人は相変わらずだな。ねぇ父上。」
「これから人狼を相手にするというのにあのように緊張感がない者は初めて見たわ。」
「あの二人は神経が図太いですからね!」
「・・・もう一人を含めてな。」
ゴルバルトは後ろで暴れているアストンとニーナを見ながら笑みを浮かべているリリアンに聞こえないように小さく呟く。
だが、すぐに前方から上がる黒煙に気づくと、腕を上げ隊の進軍を止めさせた。
「・・全軍停止!! スラッタリー! 部下を数人連れ、進路の偵察を行え!! あの煙の正体を知りたい。」
「了解いたしました!! おい、お前達! 私に付いてこい!!」
ゴルバルトの言葉で、スラッタリーは2人の部下を連れ、煙が上がっている場所へと馬を走らせる。
「いかが致しましたか父上。」
「・・いや、杞憂であればよいのだが何か嫌な予感がしてな。」
父上のこんな顔初めて見る・・。
なんだか俺まで嫌な予感がしてきた・・。
それ以上何も言わないゴルバルトが見つめる前方に上がる煙に、リリアンもしばらく目が離せなくなるのだった。
しばらくすると、偵察を終えたスラッタリーが顔色を変えゴルバルトの前まで馬を走らせ戻ってきた。
そしてそのスラッタリーの報告に、兵士達からざわめきが起こるのだった。
「伯爵様! 大変でございます!! アスタ村は既に全滅、生き残った者達は警備隊が駐屯する砦へと非難している模様!!」
「何だと!! それでどれくらいの者が生存しておるのだ!!」
「分かりません! ただいま部下2人が砦に入り警備隊から詳細を聞いております。我らも急ぎましょう!!」
「・・・そうだな。よし、全軍直ちに砦へと向かうのだ!!」
『はっ!!』
ゴルバルトが砦に向かい馬を全速力で走らせると、その姿に意を決した兵士達がゴルバルトに続き一斉に馬を走らせ始めた。
「こ、これは・・。」
ギィィィィ・・。砦の門が開き、砦内へと入ったゴルバルトは目の前に広がる光景に言葉を失う。
だがゴルバルトはゆっくりと馬から降り立つと、地面に横たえられ手を胸の上でクロスさせる多くの遺体の前まで進み、胸に手を当てその死を悲しむのだった。
何ということだ・・。
まさかこれほどまでに被害が大きいとは・・!
「・・私達がもう少し早く到着しておれば!」
「伯爵様・・。我らは最短でここまで参りました。伯爵様がそのように自分を責めずとも・・。」
「分かっている・・。分かってはいるが・・。」
ゴルバルトはしばらく死んだ兵士達を見つめると、ゆっくりと頭を下ろし黙とうを捧げた。
スラッタリーもその姿に同じように兵士達に黙とうを捧げる。
しばらくしてその2人の元に、数人の傷だらけの兵士が現れ、膝を付き頭を下げ挨拶をした。
「これは伯爵様! お待ちしておりました!!」
「うむ。それで被害の状況は?」
「はい。アスタ村の住民250名の内、200人は砦に避難しております。残りは恐らく・・。」
兵士は立ち上がり報告するがそこで声を詰まらせ、見かねた後ろの兵士が続けて報告をした。
「我ら警備隊の死者は20人を超え、怪我人は50人近くに・・。回復薬も既に底を尽き、出来れば回復魔法を使える者をお貸し頂きたいのですが・・・。」
「そうか、では直ちにそのように取り図ろう。お主達もご苦労であった。」
ゴルバルトの言葉に兵士達からは涙がこぼれ落ちる。
これだけでも、この兵士達がどれほど厳しい状況下で生き延びたのかということを知りえたゴルバルトは兵士の方に手を置きこれまでの事を労うが、そこであることに気が付いた。
「・・・・そう言えば隊長の姿が見えぬが。どこにおる?」
「そ、それが・・・。動ける者10人弱を連れ、人狼の寝込みを襲うため今朝大森林へと出発致しました・・。」
「なんだと・・!!」
ゴルバルトは兵士の言葉に声を荒げる。
愚かなことを・・・。
確かに人狼は夜に動くが、日中でも動けない訳ではない!
それにここには魔導弾もなかったはず。
「スラッタリー! 直ちに出発する! 兵達にそう伝えよ!!」
「ですがもうすぐ夕暮れです! 夜になればこちらが不利に・・。」
「彼らを見殺しには出来ん!」
「・・・了解いたしました。」
スラッタリーは頭を下げると、急ぎ兵達に出発の準備をさせる。
しばらくすると、その騒ぎを聞きつけたリリアンがゴルバルトの元に駆け寄ってきた。
「父上!! どうされましたか!?」
「警備隊の一部が大森林に向かったようなのだ。我らも後を追いすぐに大森林へ向かう!」
「わ、分かりました! 私も直ちに準備を・・!」
「・・・あぁ、頼む。」
ゴルバルトは喉まで出かかった言葉を飲み込み、リリアンに毅然と答えた。
お前は砦に残れと言っても聞かぬであろうな・・・。
それに今は一人でも腕に自信がある者が欲しい。
リリアンは剣の腕も他の兵士より上だ・・、しかし・・。
ゴルバルトはリリアンの身を案じながらも、自身の責務を果たすため兵士達の元へと戻っていった。
リリアンたちが砦を出発し大森林内を捜索し始めたころには日が落ち始め、徐々に森の中を闇が包み始めていた。
「父上、光魔法で辺りを照らした方がいいのでは・・?」
リリアンの言葉にゴルバルトは首を左右に振る。
「それでは我々を見つけてくれと言っているようなものだ。まぁ、奴らは夜目が利く。それがなくても見つかるのは時間の問題だろうがな。それよりもリリアン、魔法薬は飲んでいるか??」
「勿論です。」
リリアンは笑みを浮かべながら、空の容器を取り出しそれをゴルバルトに見えるように左右に振った。
人狼は攻撃力もそうだが、最も脅威なのは彼らが持つ毒だ。
少しでも噛みつかれると、全身に毒が回り死に至る。
これはそれを防ぐための解毒薬の様なものらしい・・。
「それならいいのだ。奴らの毒はまさに猛毒だからな・・。それに僅かだがその毒と順応し、自らも人狼に変化する者もおる。これが奴らの本当に恐ろしいところでもある。」
ゴルバルトはそこまで話すと、ゆっくりと腰に装着していた剣を抜く。
村人50人が少なくとも噛まれている。人狼に変化する割合は約1割・・。
5体はいると考えるのが妥当か・・。
・・・ん?? あれはなんだ???
「・・リリアン、アストンとニーナにも魔導銃を構えるように伝えよ。何かこちらに向かってくる・・。」
その言葉にリリアンがゴルバルトに視線を向けると、その片目には既に魔導照準が浮かび上がっていた。
そうか、この暗さだ。
魔導照準の魔力探知を使って前方を見ているのか!!
「来るぞ!!」
ガチャ・・。 その声でリリアンを始め、兵士達が魔導銃を構える。
そして兵士達の指が引き金にかかったその瞬間、前方から声が上がった。
「ま、待ってくれ!!」
その声と共に暗闇から徐々に近づいてきた何かは、片足を引きずった兵士だった。
兵士はかなりの重症なのか、その足からは大量の血が流れだしている。
「・・・味方だ! すぐに回復薬を飲ませてやれ!」
「あ、ありがとうございます・・!」
ヴゥゥゥゥン・・。 兵士が手渡された回復薬を口に運ぶと全身が青く光り傷がゆっくりと治癒していった。
「お前は警備隊の者だな?? 一体何があった?!」
「あなた様は・・!? じ、実は・・・。」
兵士はゴルバルトの鎧の貴族紋で目の前の人物の正体に気が付くと急ぎ頭を下げ、その後ゆっくりと何が起きたのかを話始めた。
数時間前。
「・・ここが奴らの住処だ! ようやく見つけたぞ。」
ひと際巨大な大木の根元に出来た洞穴に、数体の人狼を見つけた隊長がゆっくりと兵達の元に戻っていく。
「よし、やはり奴らは伝承通り日中は眠っているようだ。我らはこれからあの洞穴を取り囲むように散らばり、一斉に攻撃を開始する。」
『はっ!!』
「では直ちに各々の配置に付け。 ただしゆっくりと物音を立てずにな・・。」
コクッ・・。 兵士達はゆっくりと頷くと、各自の配置場所へと移動を開始した。
一度攻撃を開始すれば、奴らに居場所を悟られる。
決して外すわけにはいかない、チャンスは一度のみ・・。
「隊長、配置に付きました。」
しばらくすると、魔通信により兵士達の配置完了の報告が次々と隊長の元に入ってくる。
兵士達は隊長からの命令を今か今かと待っており、その声はどこか流行る気持ちを抑えているようであった。
「よし、では私の合図で一斉に魔導銃を放て。いいか、狙うのは頭、特に目だ。」
「魔導銃では至近距離でなければ人狼の鋼鉄毛は貫通できない。鋼鉄毛で覆われていない部分を狙うしかない。」
「了解しております。必ず命中させて見せますよ。」
「そうか。なら人狼を打ち取った者には私の奢りで死ぬほど飲ませてやるぞ。」
隊長の言葉に、兵士達は小さく笑い声を上げる。
これで兵士達の緊張はほぐれ、全員が各自の標的へとゆっくりと魔導銃の銃口を向けるのだった。
「よし、そろそろ行くぞ・・。全員射撃準備・・。」
「3・・、2・・、1・・、放てっ・・。」
ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!
しかし攻撃直前、兵士の一人から叫び声が上がる。
その直後、隊長の元に兵士達から次々と魔通信が入り、その内容は耳を塞ぎたくなるような内容だった。
「敵襲、敵襲!! 後方から人狼二体!! 至急救援を・・、ぐあぁぁぁ!!」
「くそ、こっちも一人やられた!!」
ドォォン、ドォォンッ!!!
森の中に銃声が広がるが、それ以上の兵士達の叫び声が銃声をかき消すように森の中に響き渡る。
「くそ! 前で眠る奴らは罠だったのか!! このままでは全滅だ! 全員直ちに持ち場を離れ退却せよ!!」
「了解!!!」
「・・・隊長! 何をしているのですか!!」
兵士の一人が後方で敵に向き直る隊長に声を上げる。
だが隊長はその兵士の言葉に笑みを浮かべると、その身体を前方へと突き飛ばした。
「ここは私が引き受ける! 早く逃げるんだ!!」
「ですが・・!!」
「急げ、早く!!!」
隊長は腰の剣を抜くと、立ち止まる兵士に声を荒げた。
・・・すみません隊長!!
ザッ・・。その言葉に生き残った数人の兵士達は隊長を背に走り出し、しばらくすると隊長の叫び声が森の中に響き渡った。
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