6 初陣
リリアンが新型 魔導銃を完成させたその日の夜。
「それで、この魔導銃はそれほどの物なのか・・?」
バタン・・。 長引いた政務を終えたゴルバルトが首を押えながら部屋に入ってくる。
「はい。兵士達はもちろん、私も使用してみましたが重量が増えたという点以外は全員がその性能に驚いております。いや、むしろ安定して撃てるようになったことを考えれば重量が増えたことはマイナス点ではないかと・・。」
「お前がそう申すなら、間違いないのだろうな・・。それで詳細な性能報告は・・」
「それでしてらこちらにまとめております。」
「まったくお前というやつは相変わらず用意がいいな。では・・。」
ウェスタ―はゴルバルトの言葉が分かっていたかのように、数枚の報告書を取り出した。
だが、その報告書を目にしたゴルバルト、そのあまりの無いようについ声が裏返ってしまった。
「・・・・なっ、これは本当か?!」
「はい、記載されている通りです・・。」
400シルクでの命中率がほとんど十割ではないか・・!
いやそれどころか、600シルクでの命中率も八割を超えている。
今までの二倍、いや三倍近く飛距離が伸びたというのか・・!
ゴルバルトはしばらく報告書から目が離せなかった。
それもそのはず。このような数値は到底信じることが出来ないものだったのである。
そのことが理解できるウェスタ―も、とめどなく噴き出す額の汗を何度も拭う。
「・・・これをリリアンが作ったというのか? しかもたったの5日で??」
「はい・・。リリアン様は少し早く出来ると思っていたようですが・・。」
「それと最後にも記載していますが、200シルクでの攻撃力は少なくとも従来の2倍はあるとお考えください・・。」
「なんだと・・?!」
ゴルバルトはその言葉で急ぎ最後の報告書に目を通すが、その手は小刻みに震えだす。
「・・・これは現実なのか?」
「はい・・。それとリリアン様が考案された魔導銃は銃弾こそ新しく作らなければならないようですが、魔導銃本体には既存の物に多少の加工を施せばいいそうで、すぐにでも改良が可能であると・・。」
パサッ・・。 驚きの連続のあまり、遂にゴルバルトの手から力なく書類がこぼれ落ちた。
なんてことだ・・!
魔導銃は100年前の魔族との大戦で生み出されて以降ほとんど変わることのなかった。
例えリリアンでも多少の飛距離改善がされればいい方だと思っていたのに・・!
だがあやつはとんでもないものを作りよった!!
対応を誤れば伯爵家が王家に反逆の意志ありと誤解されるやも・・。
「ウェスタ―!!」
「は、はい!」
ゴルバルトの突然の声にウェスタ―が珍しく体を強張らせる。
ゴルバルトが声を荒げるということは、まさに緊急事態が起こっているという証なのだ。
「お前は直ちにこの魔導銃を王都に届けるのだ。報告が遅れれば我が伯爵家の行く末が・・。」
「私もそのように考えておりました! 既に王都へ出立する準備は出来ておりますのですぐにでも参ります!!」
ウェスターはゴルバルトに頭を下げると、急ぎ部屋を後にした。
1人になったゴルバルトは、力なく椅子の背もたれに体重を預ける。
はぁ・・。まさかこのような事になるとは・・。
認めていたつもりであったのに、私はリリアンの能力をまだ過小評価していたのかも知れん・・。
「は、伯爵様!!」
バタンッ!! 突然兵士の一人が部屋に飛び込んでくると、ゴルバルトは驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
「な、なんだ?!」
「夜分遅く申し訳ありません! ですが南方行政官から火急の報せが!!」
ゴルバルトはその言葉に急ぎ立ち上がり服の乱れを直すと、目の前の兵士から差し出された報告書を受け取る。
ガタンッ!! だがその内容に、ゴルバルトは目の前の机に勢いよく両手を叩きつけた。
「・・・なんだと、人狼が出ただと?! なぜ人狼がこのような所におるのだ! アルメディア山脈を越えて来たとでも言うのか・・?。」
「分かりません。しかし、既に十人以上の領民が犠牲に・・。」
くそっ!! どうしてこうも問題が重なるのだ!!
いや、今は人狼の事だけを考えねば・・。早急に討伐隊を編制せねば更に被害が出ることに・・。
それに幸か不幸か今はあれがある!!!
「・・・至急、魔導士(マジックキャスタ―)を呼ぶのだ。それと腕利きの兵士を50人直ちに集めよ。」
「わ、分かりました!!」
ゴルバルトの命を受け兵士は敬礼をすると、急いで部屋を後にした。
このことも王都に報告せねばいかんな・・。
もし他にも侵入した魔族がおれば被害が大きくなるかもしれん。
ゴルバルトは立ち上がると、隣に掛けてあるマントを羽織り兵士に続き部屋を後にしていくのだった。
ー翌日 魔導機械錬成場ー
リリアンの姿は朝早くからハグリードの工場にあった。
「ふあぁぁ・・。なぁリリアン、新型 魔導銃も完成したんだし、こんな早くからここに来なくてもいいんじゃないか??」
「そうよね・・。私もまだ昨日までの疲れが取れてなくて・・。」
アストンとニーナは寝ているところを叩き起こされ工場へと連れてこられたため、2人とも大きな欠伸が出続けている。
「あれは、まだまだだよ。これからは全く新しい物を作るために二人のに協力してもらうよ?」
「・・・はぁ、もう抵抗する気力も湧かないぜ。」
「こうなったらとことん付き合ってあげるわよ・・。」
笑顔で答えるリリアンに二人は呆れたように大きく息を吐いた。
それはもはや諦めに近い感情であったかもしれないが、今の2人にはそれすらも分からないのだった。
「それでリリアン様、次はどんな物をお造りになられるおつもりで??」
「えっとね、今の魔導銃は一発一発装填する必要があるだろう?? それだと装填の間に敵にやられるかもしれない。だから何発かを連発で撃てるように・・。」
バタンッ!! だがリリアンがハグリードに答えている途中で、ゴルバルトが鍛冶場の扉を勢いよく開いた。
「やはりここにおったかリリアン!!」
「父上? どうしてここに??」
リリアンはゴルバルトに答えながらもその姿に疑問を覚える。
なんだ? あんな完全武装をしてどこかと戦争にでもなったのか??
「詳しいことは後だ。お前に聞きたいことがある。お前が完成させた魔導銃、何丁完成している??」
ゴルバルトはリリアンの元まで進んでくると、真剣な表情で尋ねた。
その表情からただ事ではないことが起きているということだけはリリアンにも理解できた。
「えっと、そうですね。試作品が10丁ほど完成していますが・・。」
「・・・・なるほど。その魔導銃、この銃弾も使えるか?」
ゴルバルトは手に持つ袋の中から、銀色の銃弾を取り出す。
それはいつも使っている鉛ではなく、恐らく銀で出来ている銃弾だった。
「一応、お前が完成させた銃弾と同じ形に加工したのだが・・・。」
これは銀で出来ているのか・・?
それに何か刻印の様なものが掘られているし、青白く発光している。
「使えるとは思いますが、これは一体・・?」
リリアンは手渡された銃弾を見つめながらゴルバルトに尋ねる。
「実は領内で人狼が出現したのだ。これは対 人狼用の魔導弾。人狼にとって銀は毒だからな。さらに退魔の術を組み込んだこの銃弾であれば一発当たれば打ち取ることが出来る。」
「人狼だって?!」
ゴルバルトの言葉に、アストン達から声が上がる。
ニーナも同様に、ゴルバルトの言葉を受けその表情は見る見るうちに青ざめていくのが見て取れた。
人狼・・。たしか文献によると100年前の大戦では一番人の被害が多かった魔族だったな。
でも魔族はアルメディア山脈の向こう側、暗黒世界にいるはずじゃ・・。
「それで新型 魔導銃が必要という訳ですね・・。」
「ああ。私には不要だが、兵達に持たせようと思ってな。」
ゴルバルトは腰の剣を抜くと、その刃をリリアンに見せながら答える。
「この剣は銀でコーティングしてある。私にはこれで十分だ。」
「な、なるほど・・。」
ハハハハッ!! ゴルバルトは笑いながら剣を腰へと収める。
その後、リリアンはしばらく考えた後、ゴルバルトに一つの提案をした。
「分かりました。魔導銃はお渡しします。でもその代わり私も連れて行ったください!!!」
「なっ!! バカを申すな。人狼の危険性はお前も学んでいるだろう?!」
「連れて行ってもらえないのであればこの話はなしです! 魔導機械の所有権は最初は製作者にある。いくら父上と言えどこれは変えられませんよ??」
「ぐっ・・。お前というやつは・・・」
笑みを浮かべるリリアンにゴルバルトは何も言い返せないでいた。
ゴルバルトは伯爵という立場。その様に高い地位にいる者が国の方を曲げるわけにはいかないためだ。
そしてついに諦めたように頭に手を乗せリリアンへと答えた。
「・・・あー、もう分かった!! お前の好きにせよ!!」
「やったぁぁ!! ありがとうございます!!」
リリアンはゴルバルトの言葉に満面の笑みを浮かべると、大急ぎで出発の準備を始める。
リリアンももう15歳・・。
初陣を飾るにはよい年齢かもしれぬか・・。
「リリアンが行くなら俺も行きます!!」
「わ、私も!!」
2人のやり取りを聞いていたアストンとニーナが意を決して声を上げる。
その言葉に、ゴルバルトは再び頭が痛くなるのを感じていた。
「お、お前達まで!! 本当に危険なのだぞ?? それにお前達の父も許可せんだろう!」
「俺の役目はリリアンを助けること、そう父には言われてきました。もし父が同行を許さないとすれば父は自らの言葉を否定することになります!」
「私も二人が行くならどこまでも付いていきます! 父の意思など関係ありません!!」
だが、ゴルバルトは2人の表情に、考えを改める気はないことを感じると大きくため息をついた。
そしてとうとう2人にも同行することを許可するのだった。
「はぁ・・。全くリリアンに毒されよって・・。いいだろう、好きにせよ。」
『はい!!』
二人は笑みを浮かべると、リリアンの元に急ぐ。
ははははは!! しばらくしてその様子を眺めていたハグリードが笑いながらゴルバルトの元に近寄ってきた。
「武勇で知られる伯爵様もあの三人には敵いませんな!!!」
「ふっ・・、そのようだな。ではハグリード、新型 魔導銃の準備を頼めるか?」
「はっ!! 直ちに!!」
ハグリードは頭を下げると、奥の保管室に向かい魔導銃の準備を始める。
まったく、あいつらは本当に分かっているのか??
まるでピクニックに行くような顔をしながら準備しよって・・。
「準備が整い次第、出発するぞ!!」
『はい!!!』
その答えにゴルバルトは三人の神経の図太さに呆れながらも、その場を後にするしかなかった。
─伯爵領 南方砦─
「隊長! 既に街は全滅のようです!! ここに避難してきた領民200名が全てかと・・。」
「くそっ・・。50人以上やられたか・・。」
ドンッ!! 報告に来た兵士の言葉に、兵隊長は足元の椅子を怒りのあまり勢いよく蹴り上げた。
伯爵様には魔通信で既に知らせてある・・。
早ければ明日にもここへ到着するだろう。
それまで何としても持ちこたえなければ・・!!
「隊長!! 兵三名が負傷!! これで死者4名、負傷者は50名を超えました!!」
「くそっ!! 夜が明ければ人狼は森に帰る!! それまで何とか持ちこたえろ!!」
「おぉぉぉぉぉ!!!」
隊長の声に砦を守備する兵士達は一斉に声を上げる。
しかし、砦の外は複数の人狼が既に取り囲んでおり、暗闇の中には赤い眼光がゆらめいでいるのだった。
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