5 新型魔導銃
1シルクは1mと考えてください。
「はーいリリアン! 美しいお姉さまが差し入れに来てあげたわよー!!」
リリアンが工場に籠ってから5日が経過した朝、マリーがウェスタ―を連れ魔導機械錬成場へと姿を見せた。
「マリー様、ここは危険ゆえ本当は伯爵様からあなたをここへは連れてきてはならぬと言われているのです・・。その様に大きな声を出されては・・。」
「固いこと言わないの! それ以上言ったらあのこと皆に言いふらすわよ??」
マリーは後ろに控えるウェスタ―に不気味な笑みを浮かべながら振り返る。
だがその表情にはいつもの様な生気はなく、どこかやつれて見えた。
「そ、それだけは・・! 申し訳ありません、これ以上は何も申しません・・。」
うぅ・・、何で昨日に限ってあんなことをしてしまったんだ・・。
ウェスターはゴルバルト達に出された菓子類の残りを食べていた場面をマリーに目撃されたことを思い出すと、頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。
だがそんなウェスタ―に追い打ちをかけるようにマリーは懐から魔念写で写し取った写真をウェスタ―に見えるように取り出すのだった。
「まさか無口でクールなウェスタ―と言われる人がこんな緩み切った表情でお菓子を食べているなんてねぇ~・・。皆驚くでしょうね。」
「や、やめてください!! それにここにお連れしたのですからそれはお返し頂けるのですよね?!」
伯爵様はお菓子の残りを食べた位、笑って許してくれるだろう・・。
だが屋敷の者にバレれば私が長年築き上げてきたイメージが・・!!
「分かってるわよ。私は人を脅すことはあっても、約束を違えることはしないわ。それよりもリリアンはどこにいるのかしら・・、おーい、リリアーン!!」
「約束でございますよ?? はぁ・・、リリアン様は確か魔導銃製作の工場におられると伺っております。」
ウェスタ―は諦めたように一度ため息をつくと、ようやく立ち上がりマリーを工場へと案内し始めた。
「ここでございますが・・、誰もおりませんね・・。」
「ほ、ほんとね・・。」
「おい、君! ここに伯爵様のご子息、リリアン様がおられるはずなのだが・・。」
「これはウェスタ―様! リリアン様でしたら、奥の鍛冶場の方でハグリード様とずっと籠られていますよ。何やらすさまじい剣幕で何かをお造りになられているので誰も近寄れなくて・・。」
ウェスタ―達ははしばらく進むが何故か誰にも会うことがなく、ようやく見つけた工場から出てきた一人の男性に声をかけた。
だがその男性は、頭を下げ答えるとすぐにその場を後にしていくのだった。
「・・となればこの奥に行くしかありませんね。」
「・・えーい! 可愛い弟に会うためですもの、どこへでも行ってやろうじゃない!!」
二人は意を決すると、ゆっくりと工場の奥へと足を踏み入れていった。
「なにこれ・・・。」
奥へと進むにつれ、マリーの目の前には眠りこける作業員の姿が現れ始める。
みんな死んだように眠っているし、ちょっと匂うわね・・。
こんな所で眠るなんてよっぽど疲れてるのかしら・・。
マリーとウェスタ―は眠り続ける作業員に当たらぬよう慎重に更に歩みを進めると、しばらくしてようやく通路の奥に開けた空間が現れた。
「ここが鍛冶場のようですが・・、マリー様! あれを!!」
「な、なによ! いきなり大きな声出さないで・・、アストン?! それにニーナも!!」
マリーが声を上げたのも無理もない。彼女の視線の先には地面に倒れピクリとも動かないアストンとニーナの姿があったのだ。
「ウェスタ―、水を!!」
「は、はい。ただいま!!」
マリーと共にウェスタ―は2人の元に駆け寄ると、手をアストンの頭の上に当てそこから魔法で水を発生させた。
その水を浴びしばらくするとアストンが目を覚まし、しばらくするとニーナもマリーの魔法によって目を覚ました。
「・・ん、ゴホッゴホッ!! あれ、ここは・・?」
「気が付いたようですね。一体何があったのですか??」
「これはマリー様! お久しぶりでございます!!」
「あなたも元気そうねニーナ。それよりもどうしたの? 体もこんなに汚れて・・。それにあなた達結構匂うわよ?」
「す、すみません。もうここ数日お風呂にも入ってなくて・・。」
ニーナは恥ずかしそうに服装を整えながらマリーに答えた。
マリーはそんなニーナの姿に笑みを浮かべ、さらに話を続ける。
「それで? リリアンはどこにいるのかしら?」
「あ、ああそれなら奥の部屋に・・」
バンッ!! だがニーナがマリーにに答えようと口を開いた瞬間、奥の部屋に通じる扉が開きリリアンとハグリードが現れた。
ハハハハハ!! さらにリリアンとハグリードはお互いに肩を組みながら笑い声を上げ上機嫌なようだった。
「ついに出来たよアストン、ニーナ!! これが新しい魔導銃(エスペンサ―)だ!!」
「ついにやりましたな、リリアン様!! これでここ数日の苦労が報われましたわい!!」
「ちょ、ちょっとリリアン!! なんて汚い格好をしているの!! せっかくの綺麗な金の髪が煤で汚れて真っ黒じゃない!!」
「あれ、姉上? どうしてこんなところに??」
マリーの姿を見つけたリリアンは、その言葉を受け自分の髪を触り汚れを確認しながらマリーへと答えた。
うわっ!! こんなに汚れてたのか!!
日本にいた時も論文が近くなると風呂に全く入らなくなってたもんな・・。
自重しないと・・。
「もう! 屋敷に戻るんならどこかで水浴びしてから帰りなさいよ、全く・・。」
「はい、そうします!!」
リリアンが笑顔で答えると、マリーは呆れたようにため息をつく。
これは、マリーも既に何年もリリアンと共に生活してきた中で、彼に何かものを言っても無意味なことを悟っているためである。
「それよりもリリアン様、先ほど新しい魔導銃と聞こえたのですが・・。」
「あ、そうなんだ! 結構時間がかかったけど、これが新しい魔導銃だよ。」
ウェスタ―は気になっていたことをリリアンに尋ねる。
リリアンもその言葉を受け、改良に成功した魔導銃をウェスタ―に手渡した。
「これが・・。以前よりも少し重量が増しましたね。」
「そうなんだ!! 以前の物は台座となる部分が少なくて持ちにくかったからね! でも、違うのは見た目だけじゃないんだ・・、」
リリアンはウェスタ―に新型魔導銃についての説明をさらに続けていく。
「あーあ、ウェスタ―の奴リリアンに捕まっちまったな。」
「ああなるとしばらく誰も止められないもんね。」
「ねぇ、それよりも何であなた達はこんなに疲れ切ってるの? 魔導銃一つならここまで大変じゃないんじゃ・・。」
「ああ、それはですね・・」
リリアンの姿にアストンとニーナが呆れてように笑みを浮かべる。
彼らもここ数日で、同じような説明を何度も受けているため、これからそれらを受けることになるウェスタ―に同情の視線を向けていたが、マリーの言葉で何があったか話始めるのだった。
マリーが来る二日前、伯爵領内のとある草原。
「標的捕捉、発射!!!」
ドンッ!! ドンッ!!!
リリアンとアストンが放った銃弾は、300シルク先にある標的にかろうじて命中した。
これを後方から魔導照準で標的を見ていたハグリードは困ったように後頭部を掻きながら呟く。
「うーん、確かに命中力、威力共に上がってるのですがリリアン様の計算よりもかなり低いですなぁ・・。」
そうだよなー・・。
俺の計算だと倍以上の距離でも大丈夫なはずなんだけど・・。
リリアンは手に持つ魔導銃に目を落とす。
ハグリードの腕は完璧だ。たった二日足らずでこの魔導銃と銃弾を作り上げたんだからな。
ライフリングもちゃんとついてるし、銃弾の形も完璧・・。
やっぱり俺の計算が間違ってるのかな・・。
「まぁでも今までのものよりかなり飛距離も上がってるんだしいいんじゃない?」
「そうだよな、これだけでもかなりの進歩だ! もっと胸を張れよリリアン・・、ってお前何食ってんだよ!」
「えー、だってこんなに暑いのよ?? 氷菓子でも食べてないとやってられないわ。」
「だからってこんなとこで食べるなよ・・。」
「なによ、本当は羨ましいんでしょう?? それにこれ今街で流行ってる、氷の器が解けて中が広がることで味が変わるって評判の最新氷菓子なんだから!!」
「うぅうぅぅ・・、何て旨そうなものを・・・。 俺にも食わせろ!!」
ニーナはそう答えると、どこから持ってきたのか氷で出来た器に入った氷菓子を口いっぱいに頬張る。
その姿に、アストンもついには我慢できなくなり、ニーナに飛びかかり氷菓子を奪おう2人は格闘を始めた。
はははは・・。相変わらずだな二人とも。
それにしても味が変わるのかー・・。多分氷の器自体に味が付いてるんだろうな。
それが入っているお菓子と解けて混ざることで・・。
ん・・??? 穴・・・、広がる・・・・、そうか!!
「ハグリードさん! 何で計算通りいかないか理由が分かりましたよ!! すぐに工場へ戻りましょう!!」
「へ・・?? で、ですが今日から工場の人間はほとんどの者が休暇を取っておりますが・・。」
「ならアストン、ニーナ! お前達にも手伝ってもらうからな。2人とも少しは魔導工学を学んでるし・・。 これは次期伯爵命令だ。」
「そ、そんな!!!」
リリアンは氷菓子を取り合うアストンとニーナの首元を掴むと、ハグリードと共に2人を引きずりながら急ぎ錬成場へと戻っていった。
「・・とまぁこういう訳で。」
アストンはマリーに話し終えると再び大きくため息をついた。
「なるほどね・・。」
確か王都に収める魔導銃を作り終えたってお父様が言ってたものね。
それで少ない人数で作っていたから皆疲れ切っているのね・・。
「まったく、リリアンは皆に無理させて・・。」
「でも皆楽しそうにしてましたよ? 多分リリアンのあの性格のおかげだと思いますけど。」
「・・・確かにね。」
ニーナが笑いながら答えると、マリーは小さく笑みを浮かべながらリリアンへと視線を移す。
そのリリアンはと言うと、なおもウェスタ―に魔導銃の説明を続けていた。
「リリアン様、もう分かりました! それでその最後の工夫とは・・?」
「それはね、銃弾の底に窪みを作ったんだ!」
リリアンは銃弾を取り出し底に施された窪みをウェスタ―に見せる。
そこには確かに銃弾の底から中央に懸けて窪みが作られていた。
「最初の銃弾だと、銃身との間に僅かな隙間が出来て回転がうまく伝わらなかったんだ。でもこの窪みを作ると、魔導コアから流れ込んだ魔力が爆発したときの衝撃が窪みに入り込むことで内側から銃弾が膨らみ、銃身と隙間なく合わさる。それでライフリングの回転が上手く伝わるようになったんだ!!」
「・・・なるほど。」
「これもハグリードさんの腕があってからこそ出来たんだけどね!」
リリアンがハグリードに目線を向けると、ハグリードは大きく笑い声を上げ答えるのだった。
「はははははは! リリアン様のやること、全て初めてすぎて腕が折れましたわい!! でもこういった仕事が出来るのは職人冥利に尽きますぞ!!」
ウェスタ―は笑い合う二人を横目に、手渡された銃弾と魔導銃をゆっくりと観察した。
確かにリリアン様が仰ることは言われてみればその通りのことだ・・。
だがそれを思いつくなんて常人では不可能・・。このお方は将来とてつもないことを成し遂げるのではないか・・?
「そ、それでこちらの射程距離はどれくらいで・・?」
「そうだな・・。風向きなどもあると思うけどそれを考慮しても500シルク内の標的には確実に命中するかな。」
「なっ!! 500シルクですと・・!!」
「うん。それに今までの二倍は威力があると思うよ!」
ウェスタ―は驚きのあまり言葉を失う。
そしてさらに続くリリアンの言葉には眩暈すら感じるのだった。
なんてことだ・・・。
これでは完全に今までの軍事バランスが崩れてしまうぞ!!
早く伯爵様に伝えないと・・。
「リリアン様、私はこのことを急ぎ伯爵様に伝えようと思います。ではこれにて失礼を!」
「そうなんだ! それなら父上には今日はきちんと帰るからって伝えといてくれるかい?」
「分かりました。では!!」
ウェスタ―はリリアンに頭を下げると魔導銃を抱え、笑い声を上げているリリアン達を背に急ぎ屋敷へと戻っていった。
伯爵領南方 大森林。
「今日も大量だな。」
「そうだな、これだけあれば金貨一枚にはなるだろう。」
「・・おい! 誰かがこっちに近づいてくるぞ!?」
日も十分に当たらない森の中を、男達が十数人薬草採集のためゆっくりと進んでいると、しばらくして一人の男性が上げた声で、全員が男性の指差す方向に目を向けた。
するとそこにはユラユラと一人の女性がこちらに近づいて来ていたのだった。
「おい、どうしたんだ?? 何かあったのか???」
「ウッ・・。ウゥゥゥゥ・・。 ガァァァ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
男の一人がうめき声を上げる女性へと近づいた瞬間、突然女性が豹変し男の肩に噛みついた。
ブシュゥ!!! 噛みつかれた男性からは鮮血が噴き出し、その身体はみるみる内に青白く変色していく。
「人狼だ!! 人狼が出たぞ!!!」
うわぁぁぁぁぁ!! 何が起きたか理解した男性たちは、誰が発したかも分からない混乱の中、一斉に背中の籠に集めていた薬草を放り出し逃げ始める。
「何で魔族がこんなとこにいやがるんだ!!」
「し、知らねぇよ!! そんなことより早く逃げないと・・、ぐぁぁぁ!!!」
「ひっ!! た、助けて・・!!」
だが、人間が人狼に敵う訳がない。逃げまどう男性達は次々と人狼の餌食となり、運よくそこから逃げ出し街に辿り着いたのはたった一人だけであった。
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