37 会談は終わったが・・。
「それで? そこにいるのが例の魔物か?」
表上は岩窟族との盟約を結びなおすことが出来たイザベラートは、次にその場にいるミュリトールエルバへと視線を移した。
そ、そうだった! こいつの事すっかり忘れてたよ…。
リリアンも、イザベラートのその言葉でミュリトールエルバへと視線を移す。
そしてその場にいた全員の視線がミュリトールエルバへと注がれるのだった。
その後しばらくの沈黙が続いた後、リグルミルドがイザベラートの問いに答えた。
「その通りだ。だがこいつの事は儂に任せよ。」
「ふむ、そうしたいのは山々だが、魔帝が復活した可能性がある以上簡単にそうですかとは言えん。おい、魔物。魔帝が復活したというのは本当に可能性の高いものなのか??」
「誰が魔物じゃ! 私にはミュリトールエルバという名前が…、」
だがミュリトールエルバは自身に向けられる鋭い視線に恐れをなしたのか、その言葉にすぐ力が無くなった。
だがイザベラートのそんなミュリトールエルバに容赦なく話を続けていく。
「ふむ、ではミュリトールエルバよ。お主の言葉が本当だという保証はどこにあるのだ??」
「え、いや、保証とかって言われても…」
「ほう、ではお主は嘘をついているということか?? では私はお主を処分せねばならぬかも知れぬな。」
「しょ、処分?!」
あーぁ、陛下楽しんでるなこりゃ。
イザベラートの言葉にミュリトールエルバは体を小刻みに震わせていた。
恐らく自分が殺されるのではないかと思っての事だろうが、しばらくして会話を聞いていたグストフがため息交じりに口を開いた。
「はぁ、陛下。その辺でよろしいでしょう。見て見なさい、震えているではありませんか。」
「ブルブルブル…。」
「ハハハハッ! すまんすまん。ミュリトールエルバと言ったな? 今のはただの戯言、真に受ける出ない。」
「ざ、戯言…。」
ミュリトールエルバは笑顔で答えるイザベラートの姿に胸を撫でおろしその場にへたれ込んだでしまった。
まぁ、陛下の眼光は初めて見たら怖いよな。
分かるぞ、お前の気持ち。
リリアンは小さく笑みを浮かべた後、イザベラートに口を開く。
「それで陛下はミュリトールエルバをどうするつもりなのですか?」
「ふむ、そうだな。こいつは確か鉱物を食べるのだったな。その上、体内から吐き出された物は普通の物よりも純度の高い鉱物になっているとか。」
「その通りだ。こやつのお陰で里の者達は皆この10年のことなど忘れてはしゃいでおるわ。」
クククッ。リリアンとイザベラートの会話を聞いていたリグルミルドは笑みを浮かべ答える。
その姿に、イザベラートも笑みを浮かべ返すとリグルミルドへと答えた。
「そうか。ではミュリトールエルバの処遇はリグルミルド、お前に任せる。」
「ほう、いいのか?? お前もこの魔物が欲しかったのではないか??」
「フフフッ、このジジイめ。まぁ、最初はそのつもりだったのだがな。岩窟族達がそうも気に入っているのでは取り上げるわけにはいくまい。」
「クククッ、お前も少しは丸くなったようだな。」
リグルミルドは椅子の背もたれに体重をかけ、再び笑みを浮かべる。
どうやらミュリトールエルバの処遇はこれまで通り岩窟族の里に任せることが決まったようで、そのことにミュリトールエルバは涙を流し喜んだ。
あはははは……。何か魔物とはいえ少し可哀そうだなあいつ。
まぁ、ミュリトールエルバは根はいい奴そうだ。この里に人達に危害を加えるようなことはしない気がする。
……手を出したところで返り討ちにされるだろうけどな。
リリアンが未だ泣き止まないミュリトールエルバを見つめていると、イザベラートがリリアンへと口を開いた。
「リリアンよ。それでフリミア鋼の加工の方はどうだ?」
「……えっとですね、フリミア鋼の加工法の方はほぼ身につけました。後は他にも岩窟族の人達に使えそうな鉱石がないか聞こうと思っています。」
ふむ…。イザベラートはリリアンの言葉に口に手を当て考え込むが、しばらくして真剣な表情で答え始めた。
「すまぬがリリアン。あまりそこでゆっくりしている暇もないかもしれん。お主には出来るだけ早く戻り魔導航空機を完成させてほしいのだ。」
「な、何かあったのですか!?」
「少々な…。グストフ、リリアンに話してやってくれるか??」
「承知いたしました。」
グストフはイザベラートにあたまを下げると、リリアンへと向き直り真剣な面持ちで話始める。
なんだ、一体何が起きて…。
「よく聞いてくれリリアン殿。実はルミアドール公爵に不穏な動きがあると報告があった。リリアン殿の魔導航空機開発を妨害しようと魔導機械研究所に自分の手の者を送ったのだ。これはゴルバルト殿が何とか防いだみたいだが、他領に手を出すということはルミアドール公爵も本気で動いてきたということ。君にはすぐにも研究所に戻り開発に専念してほしい、ということですね? 陛下。」
「ああ、その通りだ。」
イザベラートが満足そうに答えると、グストフは無言で頭を下げ一歩後ろに下がる。
そんなことがあったのか…。
そう言うことなら早く戻らないと、Drやイスファリアさんが心配だ。
幸いフリミア鋼の加工法は全て教わった。でも…。
リリアンが考え込んでいると、それを見ていたリグルミルドがため息交じりに口を開いた。
「はぁ、まったくそういうことなら早くリリアンには里を去ってもらおう。新型魔導銃や魔導コアについてはもう里でも試作品が出来上がっているし、リリアンもフリミア鋼の加工法を身に着けた。ならもうこの里によそ者を置いておく必要はない。明日にでも出ていってもらおうではないか!」
「な、何を言っているのですか…」
そうか、族長はあえて辛辣に当たることでリリアン殿を里から出ていかそうと…。
リリアン殿はどこかお人好しだからな、また何か申し訳ないとか考えているんだろうな。
フッ。クリュートはリグルミルドのあまりの言葉に一瞬声を上げるが、次の瞬間にはリグルミルドの考えを汲み、その思惑に乗ることにした。
「確かにその通りですね。リリアン殿とは盟約も結びましたし、これ以上我々が何かをする義理も無いでしょう。」
「リグルミルドさん、クリュートさんも…」
だがリリアンに彼らの思惑が分からない訳がない。そのため喉から出かかっていた「もっと役に立ちたい」という言葉を飲み込み、しばらく考えた後、勢いよく2人に頭を下げた。
「分かりました。では僕達はすぐにでも支度を整えこの里を去ります。ですがこれだけは最後に言わせてください。……ありがとうございました!」
リリアンはそう言うとイザベラート、グストフと順に挨拶をしたのち部屋の扉を開け、その場を後にしていった。
イザベラートは扉が閉まりリリアンが去ったのを確認した後、小さく息を吐いたリグルミルドへと話しかけた。
「リグルミルドよ。お主も変わったな。以前のお前であればあのような小芝居はしなかったであろう?」
「そうだな、儂も老いたのかのぉ。だがイザベラートよ、あのリリアンという小僧を大切にするのだな。あいつは将来、いや近くこの世界を変えてしまうことをやってのけるだろう。儂はその将来にかけただけだよ。」
「クククッ、言われずとも分かっておる。リリアンはこの国の宝、私が必ず守りぬいてやるわ。 では、私はそろそろ失礼するとしよう。リグルミルド、今回の事は礼を言う。久しぶりに話せて楽しかったぞ! それではな。」
パンッ! イザベラートは珍しく自ら頭を下げた後、両手を鳴らした。
すると魔通信の映像は消えてゆき、水晶はその輝きを失った。
全く、似合わない真似を……。
イザベラート、お主はこのことが全て終わった暁には……。
いや、まさかな。
「リグルミルド様。では私もリリアン殿達と共に里を発ちます。」
「そうか、ご苦労であったなグストフ。」
「では、失礼いたします。」
しばらくして、書類や水晶など机の上に広げられていた物を片付け終えたグストフはリグルミルドに頭を下げると、リリアンと同じように扉を開き部屋を後にした。
残されたクリュートは一度椅子の背もたれに体重をかけた後、姿勢を正しリグルミルドへと視線を向けた。
「今回の事、本当に良かったので?? 下手をすれば王国の内乱に巻き込まれることになるやもしれませんぞ?」
「ハハハハハッ!! そのような事百も承知よ! だがその危険を冒してもあのリリアンと縁を結ぶのはこの里にとって利益になると考えた。それに……、まぁ半分は私がリリアンに惚れたのだよ。やはりおかしいかの?」
まさかあの族長が誰かにこれほどほれ込むとは。
いや、相手があのリリアン殿ではそれも致し方ないか…。
「フフッ、いえ? 私にも分かる気がいたしますので。それに里の者達も自分達を救ってくれたリリアン殿であれば喜んで手を貸すでしょう。異存はございません。」
「……そうか。」
ハハハハッ…。2人はそう言い合うとしばらく笑い合い、その笑い声は部屋の中に響き渡っていった。
─ 王都エストリアーナ ─
魔通信を終えたイザベラートは会談にいささかの疲れを感じ体を伸ばしていく。
しばらくすると、そんなイザベラートの元に一人の兵士が報告のため彼女のいる執務室へと入ってきた。
「失礼いたします! 魔通信が終了したとお聞きしましたので、報告をと。」
「そうか。分かった、聞こう。」
「はっ!!!」
イザベラートは小さく笑みを浮かべると、右手を兵士へと差し出す。
兵士はその右手に1枚の報告書を手渡し、イザベラートはそれに目を通していった。
……やはりそうであったか。
「これは本当なのだな?」
「は、はい! 確かな情報であります!」
「分かった。引き続き何か分かったら知らせてくれ。」
「了解いたしました! では、失礼いたします!!」
兵士はイザベラートの鋭い眼光に一瞬身じろぐが、すぐに気を取り直すと彼女に敬礼を行う。
そして報告を追えると急ぎその場を後にしたのだった。
1人執務室に残されたイザベラートは手元にある報告書に再び視線を向ける。
「まさか、本当にお前であったとはなファナリスよ。方向は違えど、お前もこの国の事を思っていると思っていたのだがな…。」
パラッ…。イザベラートは報告書を机の上に離し、悲しげな表情で窓から王都の風景を眺めていく。
そこにはいつもと変わらない多くの人々、そして見渡す限り続く街の風景が広がっていた。
イザベラートは光景をしばらく見つめ続けた。
そしてその彼女の後ろにある報告書にはこう書かれているのだった。
(ファナリス・ルミアドール公爵と帝国の関係についての報告。)
(ルミアドール公爵に情報流出の疑いあり。)




