悪魔は白鳥を愛す
今更ながら、婚約破棄ものを書かせていただきました。やっと、やっと投稿できました……!
初投稿なので至らぬ点も多いですが、楽しんでいただければ幸いです。連載版もご希望いただければ描きたいなと思っております。
「オデット・レービチ公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」
ああ、やっぱりこうなってしまったのね。
これもゲームの強制力なのかしら。それともまた別の力か。
「それは出来ませんわ。第3王子ジークフリート殿下。私達の婚約は陛下とお父様がお決めになられた事。勝手に取り消せるものではありません故、どうしてもと仰るなら手順を踏んで下さらないと」
突然の宣言にも関わらず、彼女は冷静だった。むしろ、声の主の方が呆気に取られている。
「貴様の罪を考えれば、どうってことはない! ここで謝れば国外追放くらいで許してやろう」
「なんのことでございましょうか」
扇で口元は見えない。しかし真紅の瞳には何の感情も映していない。ただ形式だけの淑女の微笑みを被っている。
この国の王子と公爵令嬢のただならぬ雰囲気の会話に人々は遠巻きにしつつも行く末を見詰めていた。
「オデット様! 私はただ罪を認めてさえくだされば、それで良いのです! それさえして頂ければ、きっと、ジーク様も許して下さります」
来たか。
栗色のウェーブのかかった髪を肩で切りそろえ、新緑の大きな瞳に涙を溜めて訴える令嬢。
「エリー! 危険だから来るなと言ったろう!」
「私には出来ません! だって、オデット様があのような事をしたのは私のせいなのですよ! 私が、ジーク様を好きになってしまったから……!」
「なんて君は美しいんだ…… 陽だまりのようなエリー、君こそ私の妃、いや王妃に相応しい! 生涯一緒にいてくれるかい?」
「ジーク様、嬉しい……! 一生傍でお支えします!」
金髪碧眼の王子と可憐な美少女が抱き合う姿はまるで絵画か恋愛小説のワンシーンのようだが、周囲の目は冷ややかだった。
「なるほど、ご愛人を娶るのに私が邪魔だから排除しようということですね」
「違いますよ、オデット・レービチ公爵令嬢。殿下は君が王妃に相応しくないとお考えです」
「エリーちゃんが取られちゃうのは残念だけど、殿下なら仕方ないねぇ。君がなるより素敵な王妃になれるよ」
「国王陛下もお前の行いを聞けば、殿下の訴えを通して下さるだろうよ」
王子の側近である3人がエリーと呼ばれた少女を守るように立つ。恐らくタイミングを見計らってきたのだろう。目の前の敵しか見えていない彼らには後ろで不気味な笑みを浮かべている少女の事は気が付いていない。ここまで来ると怒りを通り越して呆れてしまう。
そもそも、彼は第3王子。2人の兄はかなり優秀で一応王位継承権第3位ではあるが、彼が国王になる可能性は少ないというのに。はぁ、早く終わりにしたい。着慣れない燕尾服は窮屈だし、人の目も気になる。肉食女子ってすごい。
「心当たりが御座いませんわ」
「惚けるな! エリーのこと苛めていたのは知っているんだ!」
王子は少女の肩を抱いて叫ぶ。それに続いて側近達も犯したという罪について語り始める。
曰く、エリーザ・ロッドバルト男爵令嬢が下級貴族でありながら王族で婚約者のジークフリート第3王子と親しくしている事に嫉妬し、あらぬ噂を立てて孤立させた。
曰く、お茶会でエリーザ嬢に暴言を吐き紅茶を掛けて笑いものにした。
曰く、教科書や制服を破損させるだけでは飽き足らず、領地にいる母から贈られた大切なネックレスを壊した。
曰く、階段から突き落として怪我を負わせた。
なんとまぁ、テンプレの数々。
「私はしておりません」
それでもオデットは動じない。
「何を巫山戯たことを!」
「でしたら」
パチン、と扇を畳み、王子達をまっすぐに見詰める。鋭い視線に5人は口を噤んだ。
「証拠の提出を求めますわ。それらの罪を犯したという証拠を」
「エリーに涙ながらに相談されたのだ! そして階段で銀髪の令嬢の姿を見たと!」
そのような事が証拠になるものか。そもそも証言ですらないではないか。5人以外の心がシンクロした瞬間だった。王族とはいえ、準王家とも言われるレービチ公爵の一人娘を証拠もなく断罪しようとは。王国一のエリート校である王立魔法学院で学ぶ中で少しはマシになるかと思いきや、王子は馬鹿のままだったのね。
「くだらない」
「なんだと……? 誰だ! くだらないと言った奴は」
心の声が出ちゃった。王子達には見つかっていないものの、周りにいた人たちには気が付かれているので、バレるのも時間の問題。仕方がなく前へ進み出す。予定より少し早いが何とかなるだろう。
「貴様か、私にそのような口を聞くとは不け「オディロン! 来てくれたのね!」……エリー?」
王子の声を遮る彼女も十分不敬罪な気がする。しかし、これで確信した。やっぱり彼女は私と同じであることが。その忌々しい名を知っているというのはつまりそういう事だろう。
「オディロン! 私をさらっ、て……オディロン?」
欲にまみれた顔で近付いてくる少女も、その急な態度の変化に困惑する4人も無視し、私は真っ直ぐオデットに近づく。
「お久しぶりです、オデット嬢」
結い上げられた銀髪のあえて残された1束を掬い取るとそのシルクのような髪に口付けする。ルビーのような鮮やかな瞳に私の姿が映るだけで胸は甘い幸福で満たされていく。自分はこの子の為に生きていると確信させられる。残念ながら、彼女は私に気が付いていない。「誰?」と目が語っているのに思わず笑みがこぼれる。
「会いたかった、私の可愛い白鳥」
彼女だけに聞こえる声で囁けば、1度瞬きをしてから瞳が大きく見開かれる。
「まさか、オディールなの?」
「ええ、私は貴女の悪魔ですよ。可愛い白鳥」
「ああオディール! 1年ぶりね、会いたかったわ」
嬉しさを声にのせ、涙を浮かべたオデットは私の手を握った。立派な令嬢になったのに泣き虫なのはまだ治らないわね。
「どうしてオディロン! 貴方が愛するのは私のはずじゃない! オディロン誘拐ルートに入るために私は、」
オデットとの感動の再会を邪魔された私は機嫌が悪くなった。邪魔した少女を睨みつければ、ひっ、と肩を震わせた。仕方ない、終わりにしましょうか。
「じゃあ聞きますが、貴女は3年生からの編入でしたよね」
「そうよ。一年近く前、去年の春に魔力が目覚めたから」
設定通り。そしてシナリオ通り。魔力を所有していないと通えない王立魔法学院。逆を言えば魔力を所有しているものは入学することを義務付けられている学院。子供のいないロッドバルト男爵家に養子になって育てられた捨て子のエリーザは主に上流貴族にのみ継承されるはずの魔力を覚醒させる。そして3年からという中途半端だが学院に入ることとなる。天真爛漫で無邪気な彼女に上流貴族の令息達は惹かれて恋に落ちていく。王子に愛され、貴族に愛され、そして悪魔に愛された彼女が運命の相手と結ばれる物語。
そのライバルとなるオデット・レービチ。彼女を守るために私がやってきたことがようやく結ばれるのだ。
「ならやはり、オデットが貴女を苛めるのは不可能」
「どういうことだ! エリーが嘘をついているというのか!」
「ち、違うわジーク様!オディロン!信じて!」
「盛り上がっている所悪いですが、私はその、エリーザ嬢? とは1度もお会いしたことが御座いませんの。知らない人を虐めるなんて出来ませんわ」
王子の問いにオデットが答えた。
「同じ学院に通う同級生だぞ!? 会わないことがあるものか!」
「通っていませんもの。お伝えしましたよね? 1年間隣国に留学すると」
「なっ」
「留学!? 嘘言わないでよ! それは私が来年いくものよ!」
あー、IIもやってたのね。オディロンルート目指しておいてそっちも攻略しようとしてたとは。エリーザの声に乗せられて馬鹿共も嘘だ、証拠を出せと騒ぎ出す。
「なら、僕が証言しよう」
「なっ、なんで!? 」
「に、ニコライ様、どうしてここにっ」
現れたのは褐色の美青年。少し癖のあるアッシュグレーの髪に知的なアイスブルーの瞳。ニコライ・サヴァー殿下。隣国の皇太子。彼の登場に、オデットは透き通る肌を紅潮させ、瞳を潤わせる。そんなオデットを見てニコライは満足げに笑う。
「この卒業パーティーの後、君は正式に王子と婚姻すると聞いてね。最後の思い出に1曲だけでも踊って頂こうと来てみたのだが、僕は運がいい」
流石は5つ上とでも言うような大人の余裕でオデットの手の甲へ口付けを落とす。オデットは耳まで赤くなった。
「彼女、オデット・レービチ公爵令嬢は確かに1年間我が帝国に留学していた。希望があれば正式な文書も用意しよう。ちなみに、彼女が帰国したのは昨日だ」
隣の大国、サヴァー帝国の皇太子の証言とあれば流石に反論出来ないらしい王子達はその場で立ち尽くした。
◆❖◇◇❖◆
いったい、何が起こっているのかしら。隣国との留学を終えて卒業パーティーに出てみれば、殿下に婚約破棄されて、オディールは男になってるし、ニコライ様はいらっしゃるし。
「婚約者がいるからと身を引いていたが、破棄されたなら遠慮する理由もあるまい」
殿下達を黙らせたあと、ニコライ様はまた私を見た。アイスブルーの瞳に私が映る。瞳の色が混ざるのが見えて恥ずかしくなった。
「オデット嬢」
「は、はい」
「僕は君を愛している。私の妃になってくれないだろうか」
心臓の音が早く大きくなってしまっている。顔も真っ赤だろう。今までの淑女になる為の努力はどこに行ってしまったのか、動揺が隠せてない。
叶わないと思っていた。
1年だけの思い出にするはずだったのに。
「私も、お慕いしておりました」
差し出された手に自らの手を添えると、勢いよく引っ張られ、温かさに包まれる。
「に、ニコライ様!?」
「やっと、君をこの胸の中に閉じ込めておける」
ぴったりと密着してしまって、ニコライ様の鼓動が聞こえる。それは私のと同じ早さだった。
「なんなのよこれ!」
幸せに包まれていた中、金切り声がホールに響く。
「どうして! こんなのシナリオと違うじゃない! 折角逆ハールートやってたのに! オディロンもニコライもおかしい! 私がヒロインなのに! 愛されるのは私じゃなきゃいけないのに
バグは消えろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお」
血走った目でこちらに掛けてくるエリーザ嬢。急な行動に身を強ばらせて目を閉じる。ニコライ様は私を守るように腕に力が篭った。
しかし、衝撃がこちらに来ることは無かった。
「やっぱり、こうなるわよね。よかった」
「ぐっ、なによ、これ」
目を開くとそこには黒い影に縛られたエリーザ嬢と美しい黒髪の少女が立っていた。
「オディール!」
それは私のいつも見ていた親友の姿。黒く艶やかな髪を腰まで伸ばし、瞳は私と同じルビー色。青白いほどの肌とは対象的な黒いドレスを纏っている。小さい頃から私の味方になってくれた。
「なっ、どうして女の姿なのよ! そうか、貴女もバグなのね! 私のオディロンを返してよ!返せぇえ!!」
「私はオディールよ。オディロンとは違う。もし、私がオディロンだったとしても貴女を愛することは無いわ。だって、貴女はエリーザじゃないもの」
2人は何を話しているのかしら。私とニコライ様、それに殿下達も不思議そうに見ていたが、エリーザ嬢はオディールの言葉を聞いてぐったりと倒れ込んだ。黒い影は消えた。
少しして近衛兵がホールに入ってきて、エリーザ嬢や王子達を捕らえて消えていった。
しばらくして、ジークフリート第3王子は王位継承権を剥奪され幽閉。王家を惑わした罪でエリーザ・ロッドバルト男爵令嬢は処刑。その他側近も嫡男が多かったが、除籍されたと言う。
ちなみに私はニコライ様と帝国へ戻り、ニコライ様の妃となったのですが……これはただの惚気になりますので、割愛いたします。
え、オディールがどうなったか? 彼女は自由な悪魔ですので、きっと今も住処の湖でゆっくりしていることでしょう。
◆❖◇◇❖◆
「ねぇ、どうして泣いているの?」
「王子にね、わたしの髪はおばあちゃんみたいって、めは、おばけみたいって」
「そんなことないわ。貴女の髪は誰にも染まらない純粋な色。瞳は生きる命の色。澄んだルビーのようでとっても素敵」
「……おねぇさんの瞳みたいに? 赤くてとっても綺麗」
「そうね、私と貴女の瞳はお揃いよ。大丈夫、貴女はこれからどんどん美しくなるわ。私がいつでも、貴女の味方」
私の可愛い白鳥、貴女を初めて見た時に気が付いた。私がここに生まれ落ちたのは、貴女を幸せにする為だって。
「幸せにならないと許さないんだからね」
設定と登場人物
「泉のほとりで愛を誓う」
乙女ゲーム。駆け落ちした伯爵令嬢の娘エリーザは湖に捨てられてしまう。彼女の魂に一目惚れした湖の悪魔オディロンは彼女の魂がもっとも美しくなる時に自分のものにしようと湖に投げ入れられたエリーザをロッドバルト男爵家の前に預け、それから幾度となく彼女に試練を与え続ける。
苦しい環境にいながらも真っ直ぐに生きたエリーザは逆境に耐えながらも本当の愛を見つける。
続編は「海に向かって愛を誓う」
オディロンからの呪縛から開放されたエリーザが隣国への留学した1年間で恋を楽しむゲーム。比較的内容は軽い。
オデット・レービチ
レービチ公爵家の一人娘。ジークフリート第3王子の婚約者。
令嬢の中の令嬢とまで言われるほど模範的で憧れの的であるが、本当は泣き虫。
留学中にニコライに恋をするが、婚約者のいる身であるため隠していた。
乙女ゲームの中ではオディロンの企みによってプライドの高いワガママ悪役令嬢にされていた。
オディール
湖の悪魔。現代日本人の前世記憶あり
ゲームもプレイしていた。純粋な無垢なロリオデットがめっちゃすこ。よってオディロン大嫌いだったのに、まさかの自分がオディロンに。
元々性別の無い悪魔だった為、自然とオディロンのような男性的な体でなく、女性の体に。
オデット至上主義。
エリーザ・ロッドバルト
駆け落ちした両親に湖に捨てられてしまうが、オデットに助けられロッドバルト男爵家で育てられる。原作ゲームでは優しい心を持った少女だが、今作では前世の記憶を持った自己中心的な残念少女になってしまった。
逆ハーを達成すると現れるオディロンルートを目指していた。
ジークフリート・オーゼラ
オーゼラ王国の第3王子。馬鹿。
「湖のほとりで愛を誓う」メインヒーロー
その為攻略対象
宰相家嫡男(堅物)、伯爵令息(チャラ男)、騎士団長次男(脳筋)