決意
アルロンドが屋敷に帰ると早々、執事が彼に話した。
「アルロンド様、あなた宛てに密書が届いております」
「密書?だれから?」
今まで密書が彼宛に送られてきたことなど無かった。しかし、手紙のあて名はアルロンド・アルデリアと書かれており、それは間違いなく彼宛の密書であることを示している。
アルロンドは足早に自室に入り手紙を開封することとした。
封蝋をはがし、密書を開封するとそこにはエリスからの手紙が入っていた。
「エリスがなぜ密書なんて……」
そう疑問に思いつつ手紙を読み始めたアルロンドであるが、手紙の内容を読み始めると彼の手は震えてきた。
その手紙には、エリスがトルネーゼ家へ嫁に行く旨が書かれていた。トルネーゼ家。つまり、アルロンドの親友であるレオポンドがエリスと結婚するということになったのだ。もちろんそのことは、アルロンドは今初めて知ったことであった。
この世界の、この国の、この時代の貴族にとって急に決まる結婚というのは全く持って珍しい話ではなかった。貴族において結婚というのは家と家を結ぶものであり、恋愛の感情というよりも、家と家どうしをつなぐ重要なものという認識だ。誰と誰が結婚するかは、結婚する本人が決めるものではない。この国において貴族というものは、このような方法で家系をまもってきたのだ。アルロンドに何かできるというわけではないのだ。
しかし、そのことを十分に理解できているアルロンドであるが、納得できずにいた。自分はなぜ貴族なのか、エリスはなぜ貴族なのか。貴族はなぜここまで縛られなければならないのか。そもそも、平民と貴族の身分の格差というものは必要なものであるのか。
「貴族というものは、国を守るために鍛錬を積まなければなりません」
思い悩んだアルロンドは、学校の教官から最初に教わった一言を思い出した。
「貴族には、守るべきプライドが必要です。貴族ということに誇りをもって生きていかなければなりません」
なぜ自分は貴族になったのか。そもそも、両親が貴族だという理由で貴族であっていいのか。
貴族についていろいろ考えているうちにある出来事を思い出した。
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今から数えて3年ほど前のことであった。幼いエリスは、学校でいつも仲間外れにされていた。それは、彼女はいつも説教口調でものをいう性格によるものであった。
「きみ、こんなところでどうしたんだ」
幼いエリスにアルロンドは話しかけた。
「私は、いつもみんなに仲間外れにされるのです。普通に話しているだけなんだけど……」
「別に無理して相手に合わせることはないじゃないか」
「無理して相手に合わせることはない?」
「人にはそれぞれの考え方があるんだ。自分の思考と全く同じものを持ち合わせている人なんて一人としていない。だから無理して相手に合わせる必要なんてないんだよ」
「……」
エリスから一粒の涙がこぼれた。その涙をアルロンドが掬い取り、
「君にどんなことが起きようと僕が必ず守って見せるから涙なんて流さないで」
この出来事がきっかけで二人は恋人の仲になった。そう、アルロンドはエリスを守りたかったのだ。
「守りたい人がいるので、貴族や、平民をはじめとした格差がある国を変えました。まあ、あなたたちはまだ若い。私の言葉を理解できる日がいずれくるでしょう」
それは、レオポンドと山に行ったときの出来事であった。ヴァウマン氏は守りたい人を守るために国を変えたといったのであった。
「そうだ、俺はエリスを守りたかったんだ。自分には守りたい人がいる。その人は自分の中で一番大切な人だ。大切な人であるからこそ「守りたい」という感情が生まれるのであろう。
守りたいものを守るためには手段を選ぶことなどない。そのために、何もかもを捨てて戦いに挑む」
貴族は国を守るためにある。一人の女性を守ることもできずにこの国を守ることなどできない。そうかんがえ、アルロンドはこの国の仕組みをヴァウマン氏のように変えることを今決意した。
そして、アルロンドは机の引き出しから羽ペンとインクボトル、封筒と便箋を用意して手紙を書き始めた。
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後日、アルロンドは馬に乗り隣国の旧ヴァウマン領まで足を延ばした。
ヴァウマン氏の屋敷は跡形もなくなっており、アルロンドは唖然とした。
「立派だった屋敷がこんなになってしまったのか」
外壁は崩れ落ち、装飾物はすべて破壊されていてそれはもう見るも無残な姿であった。そんな屋敷にヴァウマン氏はもちろん住んではいなかった。
どうしたらよいのかわからなくなったアルロンドはそこへ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そうした中、急に背後から声をかけられた。
「もしもし、……」
「だれだ?」
アルロンドは急に声をかけられたのに対して驚き、剣を抜いた。
「お忘れになりましたか?」
すると深くかぶっていた帽子をとり、
「このあいだ山でお会いしたヴァウマンです」
「あぁ、ヴァウマン様。大変失礼なことをいたしました。私はあなたにお会いしたくここへ訪れたところであります」
アルロンドは膝をつきながら言った。
「まあまあ、頭を上げてください。この国には身分なんてものは存在しないのですから」
「しかし……」
「私の言葉の意味が分かりましたか」
「はい、私にはどうしても守りたい人がいます。また、貴族として、いえ、人としてこの国を守るためには国の在り方を変えるしかありません」
貴族が平民に対してしたことはお世辞にも良いこととは言えなかった。明らかに平民を見下した態度は、アルロンドは子供心ながらあまり良いとは思っていなかった。この数日で整理した自分の考えをヴァウマン氏に思うままを伝えた。
「あなたなら、あなたの国を変えることができます。ぜひ、あなたの力で国を変えてください」
「自分の力で。私の力には限界があります。ぜひ、ヴァウマン氏にご協力をいただきたい」
「それはできません」
「なぜです?」
「私はあなたの国の民ではないからです。あなたがあなたの国の民を率いて国を変えなければなりません」
アルロンドは目の前に大きな壁がそびえたった気分がした。しかし、彼にとって成し遂げたいことはただ一つ。迷う暇もなくその高い壁を乗り越えなければならないということを決意した。
「わかりました。ヴァウマン様。あなたにお会いできたことを非常にうれしく思います。絶対に私の手でこの国を変えて見せます」
そう言ってアルロンドは故郷に戻った。
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アルロンドは平民街へ訪れた。
さっそく、貴族による国の支配を倒すための軍隊を作り上げようとしたがそれは困難を極めた。
いままで平民を見下していた貴族に着いてくる平民なんておらず、ほとんどが振り向いてくれなった。
「どうか私の考えを聞いてください……」
「今は忙しいんだ」
「そんなの信用できん」
「俺たちに何の力があるっていうんだ」
声をかけるたび冷たい声が返ってくる。これはもちろん今まで貴族が平民に対して行ったことの悪さが響いている。しかし、彼はこんな対応にもめげることはなく、平民に対して交渉をつづけた。