溝
「やっと着いたなあ」
レオポンドは馬を降りた。
屋敷から馬を走らせて2時間ほどのところにあるこの山では、落葉広葉樹林が広がっていて今は紅葉の季節の真っただ中である。
「どうせここに来るなら、エリスを連れてくればよかったなあ」
「またお前は恋人のことしか考えていないんだな」
「エリスは大切だからね」
「くっさいこと言うやつだな」
レオポンドは、クスクスと笑いながら言った。
彼は、貴族に恋人は不要という考えを持ち合わせており、今までに恋人ができたことは一度もない。
「お前も恋人ができればわかるもんさ」
「どうだかなあ」
二人がしばらく話をしていると背後から平民のような服装をした男がやってきた。
「恐れ入ります、二人はアルデリア様とトルネーゼ様ですか?」
「あなたは?」
レオポンドは不審者を見るような目を見せながら言った。
「失礼、私はジャン・ヴァウマンといいます」
するとアルロンドは驚きながら、
「隣国の貴族、ヴァウマン様ですか?なぜあなたのような方がこのような格好を?」
「私の国ではもう貴族とか平民とかいう身分の違いがなくなってしまいましたからね」
「どういうことです?」
レオポンドはヴァウマンの言っていることが一つも理解できなかった。
「守りたい人がいるので、貴族や、平民をはじめとした格差がある国を変えました。まあ、あなたたちはまだ若い。私の言葉を理解できる日がいずれくるでしょう。そのときはまた、あなたたちとぜひお会いしたい」
ぺこりとお辞儀をして彼は去っていった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヴァウマン氏が去ったのち、二人は弁当を食べることにした。
「なあレオポンド」
サンドウィッチを口にほおばりながらアルロンドは言った。
「どうした?」
「貴族がいない世界ってどんな感じなんだろう」
「知らんよそんなこと。国というものは貴族がいて成り立っているんだ。国防も国政も、しっかりとした家系と教養を持ち合わせた貴族がいなければ国は崩壊してしまう」
「そんなもんかなあ」
「お前、貴族という身分に対してほこりを持とうとは思わないのか?」
「……」
アルロンドは黙り込んでしまった。それも仕方がない。2年前に彼と喧嘩した原因が貴族という身分の考え方の違いから生じたものであったためだ。アルロンドは自分の中でも貴族というものがどのようなものなのかを整理できておらず、この話になるといつも自分の考えを出せずにいる。
「お前は、あの時から変わっていないな」
二人は食事を終え帰路についた。しかし、その道中に二人の会話が生まれることはなく、鞭をいれる音と馬の足音のみが響き渡っていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
アルロンドとレオポンドが山に出かけて1,2週間ほどたった後のことであった。
山での出来事がきっかけで二人は学校でもあまり口を利かずにいた。そんな二人の状況を不安に思ったエリスはアルロンドに話しかけた。
「ねえアル、レオポンドと何があったの?」
「別に、なんでもないよ」
するとエリスは顔をしかめて、
「何でもないのになぜこんな状況になっているの?ここ最近二人とも話してないみたいだし」
「そんなの、エリスには関係ないよ」
「直接的には関係ないけどちょっとは心配になるわよ」
「どうして?」
「どうしてもなにも、二人は友達でしょう。友達同士が仲良くするということは当然のことなのです」
「そりゃそうだけど、考え方の相違とかは生まれてくるものだよ」
アルロンドがそう言うと、エリスはため息をついた。
「貴族の在り方のことについてもめたのね」
「どうしてわかったんだよ」
アルロンドは不機嫌そうに言った。
「2年まえに二人が喧嘩した原因もそれだったからよ。アル、まだそのことについて整理ができていなかったの?」
「うるさい」
エリスは顔をしかめて、
「あなたが思っているものが答えだと思うわ」
「どういう意味?」
「そんなことくらい自分で考えるべきなのです」
エリスはニタッと笑いながらアルロンドへそう言い残し、去っていった。
二人がしばらく会えなくなることを知ってか知らずか。