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 ユリと初めて会ったあの時以来、今までアツシと二人で遊んでいたのが、四人で遊びに行く事が増えた。


 海に行ったり、バーベキューをしたり、ベタな夏休みの過ごし方だったが、ユリに会えるという事で、僕には特別な夏休みになった。

 ユリと過ごす時間が増えれば増えるほど、ユリの魅力を次々と見つける事が出来た。



 夏休みもそろそろ終わりに近づき、騒々しい虫の鳴き声は落ち着きを見せて、少しずつ陽が短くなった頃。


 僕はアツシに勧められて、二人きりで遊園地に遊びに行く約束をする事にした。

 緊張しているのを文体で悟られないように自然な内容で、そんなに長くも無い内容のメールを何回もチェックして、やっとの決心でユリに誘いのメールを送る。

 メールを送った後も、携帯の画面から目を離す事が出来なかった。


 返事が返って来るのが何時間にも感じたが、まだ数分しか経っていない。

 人生でこれだけ携帯の同じ画面を眺めていた事は無かった。


 数回画面が暗くなったのを、ボタンを押し明るさを戻していた時、ユリからの通知が来て、急いでメールを開けると、ユリからは二つ返事で「OK!楽しみ」と緊張していた分、少し拍子抜けした返事が来て、安堵した。


 緊張が解けたのもつかの間。三日後に控えたユリとのデートを想像するだけで、また緊張が襲って来た。


 早速僕は次の日、気合いを入れようとあまり普段は気を遣わないが、服を買いに行く事にした。


 ユリに初めて会った時に褒めてもらったTシャツはアツシに選んでもらった『ブレッザ』というブランドのものだった。


 その事が頭に残っていた僕は、余程のことがない限り、一人でそんな店に行く事は無かったが、今回は行かざるを得ない状況だった。



 電車に三十分ほど揺られながら、市内へ向かう。

 改札を抜けると、大通りの道なりに、スポーツブランドやハイブランドなどのさまざまなブランドが軒を連ねている。その中に『ブレッザ』は建っていた。


 昼前だというのに、スーツを着たサラリーマンや、俺と同じでおそらく夏休み中であろう学生達が色とりどりなブランドのショッパーを抱えて、行き来していた。

 僕も居酒屋のバイトで貯めた、なけなしの金を抱えて『ブレッザ』に向かった。



 緊張して俯きながら、空調が良く効いた店内に入ると、きつめの香水の匂いが鼻をつく。

 所々から聞こえるいらっしゃいませーという抑揚の付いた声に目線を上げると、近くにいた小柄でショートカットの女性と目が合った。

 女性は少し微笑んでこちらに近づき、「何かお探しのものがあれば仰って下さいね」と着ていた派手なTシャツに似合わない、柔らかい口調で喋りかけてきた。


 小さく、はい。とだけ答えて、すぐに目線を外し、店内を物色する事にした。


 広い店内には、『SALE』や『NEW』などのポップが並び、流行りの洋楽が間を空ける事なく響いていた。

 初めて一人で入る店内に何を見ていいのか分からなくなり、アツシに何を買えばいいか、聞けば良かったと少し後悔する。

 ひと通り店内を見終わり、結局何を買えばいいか決める事が出来ず、少し時間を置いてからまた来ようと、店を出ようとした時「当店に来られるのは初めてですか?」と、さっき話しかけられたショートカットの女性に尋ねられた。


 最初に少しそっけない返事をした罪悪感から「一人で来たのは初めてです。いつもは友達が選んでくれるんですけど、今日は来れないみたいで」とつい、いつもより積極的に話してしまった。

 それを聞くと女性は、眉毛を八の字にして「あ、そうだったんですね。お洒落な友達がいらっしゃるんですね。じゃあ今日いらして頂いたのは急用だったんですか?」と尋ねてきた。


 図星を突かれた俺は、ユリとのデートの為に新しい服を買いに来た事をいつのまにかその女性に伝えていた。


 その女性は、熱心に僕の話を聞いてくれ「そしたら、私に少しお手伝いさせて頂けませんか?」と少し目を輝かせて訴えかけてきた。

 その目に負けてまんまと「はい。お願いします」と言うしか無かった。「じゃあ少し待ってて下さいね」と言うと女性は店のあちこちから服を持って戻ってきた。


「ちなみにいつもは今みたいにTシャツにデニムとかが多いですか?」と僕の服を手で指しながら女性が聞く。

「んーそうですね。暑いんで夏はTシャツしか着ないです。」

「でしたらこの麻のシャツなんかどうですか?Tシャツに一枚羽織るだけで大人っぽく見えますよ」と持ってきたネイビーの麻のシャツを見せてくれた。


 着たことが無い服を前に、少し戸惑っていると「一度試しに羽織ってみて下さい」といつのまにかボタンを外し、シャツを広げて待っていた。


 恐る恐るシャツに袖を通し、鏡を見た。


 いつも見ている自分じゃないような気がした。格好を変えるだけで、印象がこんなに変わるんだという事に驚いていると、女性も鏡を覗きながら、「すごい印象変わりますね!大人っぽくて格好いいですよ」と少し興奮気味だった。


 それから女性に言われるがまま試着を繰り返し、結局麻のシャツに『ブレッザ』のロゴが入ったTシャツ、グレーのシャリ感のあるハーフパンツと、全身のコーディネートで買う事になった。


 レジに誘導され、持ってきたお金で何とか足りた事に胸を撫で下ろしていると、女性が「そういえば、『ブレッザ』ってどういう意味かご存知ですか?」と尋ねてきた。


 いきなり質問に僕は首を横に振ると、女性は手際良くショッパーに服を詰めながら、説明をしてくれた。

「うちはイタリアのブランドなんですけど、『ブレッザ』っていうのは、イタリア語でそよ風って意味なんです。お客様の初めてのデートで、うちのお洋服が追い風になる事を願ってますね。」

柄にもなく照れながら、頑張ります!ありがとうございます。と伝え、店の出口までついて来てくれた女性に軽く頭を下げる。


 少し離れた場所から店を振り返ると、女性は小さくガッツポーズをしてくれていた。

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