一
「いやあ、流石だね!やっぱお前持ってるわ」
半分ほど飲み干したジョッキを片手に、カウンターで隣に座っているアツシが、機嫌良く僕の肩を叩く。
「だろ?最後の千円で当たったと思ったら閉店まで止まんないんだよ、これが」焼き鳥を頬張りながら僕も上機嫌だった。
小学校から幼馴染のアツシと飲みに来る事だけが最近の楽しみであり、パチンコに勝ったときは僕が奢るのが通例になっていた。
いつもの焼き鳥屋で飲み始めて二時間程経った頃「そういえば……今日の昼間にユリから電話があったんだけどさ……」ユリからの電話を思いだしながら、もう何杯目か分からなくなったビールを飲み干す。
「なんか最近連絡もろくに取ってなかったから、変な空気になっちゃってさ……」ユリの顔が浮かび、自分の不甲斐なさが嫌になる。
「そりゃあそうだろ。ユリちゃんもお前みたいな奴とよく今まで付き合ってくれてると思うよ。」アツシは指を指しながら笑って「それにしてもお前、いつまでこんな生活するつもりなの?昼はパチンコ、夜は居酒屋。絵に描いたようなクズ人間じゃん」と僕を馬鹿にした。
こちらを向いているアツシの指を軽く叩き落とし「こっちが悪いってのは分かってるんだけど、連絡するに出来ないんだよ。」今の状況で、ユリに連絡する資格さえ無いと勝手に思い込んで、ユリとは一ヶ月に一、二回連絡を取る程度になっていた。
僕がユリと出逢ったのは、高校二年生の時。アツシと一緒に地元の花火大会に行った時だった。
アツシはナンパをする気満々で意気込んでいたが、人見知りの僕は屋台や、花火の方が楽しみで、そんな気は全くといって無かったのを覚えている。
そんな僕を他所にアツシは「ちょっと待ってろ」と言い捨て、浴衣を着て手を繋いだカップルや、くじ引き屋の前で楽しそうに騒いでいる子供達の奥へと消えていった。
ソースの焦げる香ばしい匂いと、紙袋に入った焼きたてのカステラの匂いを鼻の端で感じながら、屋台の横の空いたスペースで煙草をふかして時間を潰していた。
四本目の煙草に火を付けようと左手で風よけを作りながら、視線を上げると、アツシが鼻を膨らませながら浴衣姿の二人の女の子を連れて帰ってきた。
「そこでたまたまミキちゃんと逢ってさ、ちょうど友達と二人で来てるから、一緒に花火見よっかって言ってたんだよ」
アツシと同じクラスのミキちゃんは、ピンクの浴衣を着て、夏休みに入ってから染めたであろう栗色の髪を綺麗に巻いていた。クラスの違う僕は、ミキちゃんとは直接話した事は無かったが、よくアツシの口からミキちゃんの話を聞いていた。
ミキちゃんに軽く挨拶をし、隣の女の子に目を向けると、綺麗に整ったまつ毛と目が合った。
――数秒にも、数時間にも、感じられる時間が流れ、しばらく経ってその子が水色の浴衣を着ている事に気付く。
挨拶を忘れていた事に気付き、慌てて自己紹介をすると
「初めまして。ユリです――」
頬を少し朱色に染めて肩をすぼませながら、恥ずかしそうにユリは返した。
初めて聞くユリの鈴を転がしたような声に、耳が少しこそばゆくなった。
「まあまあ自己紹介もそこそこに、屋台でも見に行こうよ」アツシはミキちゃんに笑顔を見せながら、屋台が並ぶ方へと歩き出していた。
アツシとミキちゃんが並んで歩き、その後ろをユリと二人で付いて行くような形になった。
前で普段のように仲良さげに話す二人を見て、僕は初対面のユリと、何を話題に喋ればいいのか分からず、ただただ黙って二人の後をついていった。
「そのTシャツかわいいね」
隣からユリが少し顔を覗かせ、一瞬目が合う。咄嗟に目線を逸らし、自分のTシャツを引っ張りながら「そう?ありがとう……」と上手いことも言えず、またアツシ達の後ろを付いて行った。
風に流れてユリから微かに蜂蜜のような甘い香水の匂いが時折鼻に入ってくるのが心地良かった。
「ユリちゃんはミキちゃんと同じ中学だったんだってよ」
前からアツシが僕たちに気を使い喋りかけてくれ、そこからしばらく四人で喋りながら屋台を見てまわった。
アツシのおかげもあり、ユリとも少しずつ打ち解けられた。金魚すくいをして、手で口を隠しながら笑うユリや、花火の赤や緑に照らされたユリをバレないように、眺めていた。
ユリには一つ一つの動作に気品があり、今まで僕が関わった事のないような、女の子のように感じた。
その日、四人でお互いの連絡先を交換し、また遊ぶ約束をして別れた。アツシは帰り道にミキちゃんの話を興奮しながらしていたが、僕の頭の中には、ユリの声がずっと響いていた。