プロローグ
僕は何者になるのだろう。いや、なれるのだろう。
規則的に並べられた筐体に疎らに座る客たちは、何かに取り憑かれたように、自分の液晶に夢中になっている。
筐体は部分的に飛び出たり、ライトが付いたり消えたりしていた。ただどれも仕組みは同じで、濁った球体を穴に入れて、騒々しくなるのを待つだけ。
かれこれ一時間ほど右手は血が通うのを忘れたように固まっていた。自然に足が小刻みに揺れる。
周りの様子を伺う為に、座ったままの体勢で上半身を後ろに向けると、汚い格好をした女が筐体を頻りに叩いていた。
身体の向きを自分の筐体に戻すと視線を感じ、黒目だけを右に向けると、恰幅のいい男が咥えている煙草の煙を鬱陶しそうにしながら、こちらの筐体を気にしている。
一定のリズムで吐き出されていた球体が出なくなり、空打ちの音が虚しく響いていた。
デニムのポケットから使い込んだ二つ折り財布を取り出し、最後の一枚になった紙幣を筐体の右上の差込口に入れる。
右隣の男はいつのまにかいなくなっていた。
時間を確認しようと、皺だらけの麻のシャツに入れた携帯に手を伸ばす。
『ユリ』からの着信があったのに気づき、少し迷ったが店を出た。
店内の騒がしさが伝わらないように、駐車場の辺りで電話をかけ直す。
「もしもし? 久しぶり……」
一週間ぶりに聞くユリの声がずいぶん遠くに居るように聞こえる。
「ああ。どうしたの?」携帯を肩に挟み、煙草に火を付けながら答える。
「ううん、何でもないんだけど、何してるかなって……」
ユリのまるで他人のようなぎこちなさに少し苛立つ。
「ちょうど今仕事探してたんだよ」咥えていた煙草を口から離し、溜め息と一緒に煙を吐き出した。
「そうだよね。ごめん、邪魔しちゃって……。また連絡して。じゃあ―――」
電話の切れた音に舌打ちしながら、脂のついた画面に映る自分の顔が嫌になった。
昨日まで降っていた雨で濡れているアスファルトに煙草を押し付け、店に戻った。